風邪 (後編)
朝という事が目を開く前から分かった。外から差し込む光が、俺の体を照らす。意識を体に向けて状態を確認すると、風邪の症状はある程度治まっているように感じる。ただ病み上がり特有のふわふわした感覚はまだ残っていて、本調子とは言えないかもしれない。
寝返りをした。顔を横に向け、まだ寝たいと思う気持ちに抗う事はしなかった。ただ、いつもとは違う何かがそこにはあった。耳を澄ますと「すぅーすぅー」と吐息が聞こえる。普段はこんな音、俺のベッドからは聞こえる事はない。いろいろ思考を巡らすと頭が痛くなりそうで止めた。
目を開き音の正体を確認する。
目の前にはアリアが顔をこちらを向けて眠っている。何も考えず、衝動に負け気付けばアリアの肌に触れてしまっていた。顔に掛かるサラサラの髪をサイドに退かすと、目を逸らすことを決して許してはくれない。
一瞬の瞬きをすると、宝石のような魔女の瞳が俺を見ていた。それでも俺は手を退かすことは出来ず触れ続けてしまう。
「なーに? 恥ずかしいんだけど?」
「綺麗……だったから」
これが大人の余裕って奴だろうか。俺はこの世界に来て、やりたい事を全力でする無邪気な少年と見られていそうなくらい子供っぽいのは自覚している。
アリアはクスクス笑って俺の額に手を当てる。
「うん、熱は下がったかな」
「今また熱が出そうだった」
そんな事を冗談で言うとアリアはまた笑う。
「体調はどう? 辛いとか痛いとか」
「昨日よりは楽になったよ。でもちょっとふらふらする」
「今日はしっかり休みなさい。水もたくさん飲んでね」
アリアは立ち上がり「ご飯作ってくるね」と言って部屋を出た。もし、この世界でパートナーになる事が出来たなら、こんな生活が毎日待っているのだろうか。
「うん、大丈夫そう」
部屋の中をゆっくり歩き、体を動かした。頭はまだ働きそうにないが、体は元気だ。少しくらい大丈夫だろう。
俺は服を着替え、部屋を静かに出る。音のならないようにドアを閉め、身をかがめながら足を進める。もう少しで外への道が開かれる。悪い事をしているようで心臓が高鳴る。
「どこ行くんですか?」
突然そんな声が入り、ビクッと反射的に体が反応してしまった。見上げるとアリアが腕を組み、待ち構えていた。ちょっと怒ってる?
「いやー、そのー、突然たい肥の事が気になって」
「ご飯もまだなのに、休みなさいって言ったでしょ?」
見つかってしまっては目的は果たせない……、残念。
「ごめんなさい」
「ほら、部屋に戻った戻った!」
アリアに誘導され、部屋に追い戻される。
「すまんなアリアちゃん、世話になって」
父もその様子を近くで見ていたのかと途方に暮れる。外に出れても、結局はバレていたみたいだ。
部屋に戻りしばらくすると、アリアが温かい朝ごはんを持って来てくれた。
ベッドの近くに座ったので、あーんと口を開けて見せる。
「外に行こうとした元気あるんでしょ」
軽くあしらわれる。分かっていてやってみたのだが、心にかなりのダメージを受けた。告白もしていないのに振られたような感覚だ。
アリアが作ってくれたご飯に口を付ける。スープは特に身に染みた。病み上がりの体には回復薬のようにも思える程だ。
その後、大事に大事にアリアのお手製ご飯をいただいた。
「じゃあ、私は店に戻るからね」
「うん、ありがとう」
ご飯の片付けが終わったアリアはそう言って、身支度をしている。外にはロットとリユンが待っている声が聞こえた。
「今日は絶対外に出ない事、しっかり休むの。分かった?」
さっきの事もあるためか、いつもより強い口調で言ってくるアリアは口をとがらせていた。
「分かった、約束する」
「絶対ね?」
「うん!」
念を押したアリアは鞄を抱え、手を振りながら部屋を出る。数分後には馬の蹄の音とが聞こえた。
この日は約束通りゆっくり体を休ませた。
「完全回復!!!」
昨日は1日中ゴロゴロと寝転がっていたため、風邪の症状は一切消えて疲れも吹き飛んだ。軽く部屋の中で運動しても問題はなく、完全回復となった。
「おはよー」
「アグリ、調子はどうだ? 辛くないか?」
父の優しい声とともに手を額に当てて確認をとってくれた。
「うん! 大丈夫!」
今日から仕事の再開だ! 気合を入れて畑に向かう準備を始めた。
小屋に到着し、たい肥制作実験中の木箱の蓋を開ける。生ごみを入れたであろう場所まで掘り返してみる。
「おっ? おっ? 無い!!!」
どこを掘り返しても生ごみの存在は確認できなかった。
一緒に入れた土はふかふかで、立派なたい肥へと進化している。
「成功だ!!! どんどん作ろう!」
これは大きな成長だ。生産量アップと土の改善が見込める! 野菜の質も上がるだろう。このたい肥を使って作る最初の作物は!
「ジンさんから貰ってきた麦!!!」
いよいよ本格始動だ。よく耕して、肥料も撒いて、良い麦作るぞ。
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