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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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稲刈り

「お父さん、おはよう」


 ついにこの日がやって来た。待ちに待った、収穫の日、稲刈り。

 気合を入れて起きたはいいが、肝心の父が見当たらない。先に家を出た痕跡は見当たらないので、まだ部屋に居るのだろうか。


「お父さん? 朝だけど……」


 部屋に向かい、ドアを開けるとベッドにはまだ父が横たわっているのが見える。起きてはいるようだが、動いていない。いや……、動けない?


「すまないアグリ……」

「どうしたの?」


 ベッドに近づくと、腰のあたりをさすってうつ伏せになっていた。

 俺が部屋に入ってきた事に気付いた父は、絞り出すようにかすれた声を出し始めた。


「腰をやってしまった……」

「腰!? 大丈夫なの!?」


 父の腰をさすってあげると「すまんな」と声をあげた。


「昨日、古い米を食べるのに持ち上げたら……」


 やっぱりそうか。重い物を持つとたまに引き起こるアレ。


「それぎっくり腰だよ……」

「ぎっくり腰?」

「うん、しばらく治んないやつ、安静にしていて」


 俺も昔はよくやってしまったぎっくり腰。本当に辛いものだ。治療も難しく、安静にする、それが一番の療養だ。


「稲刈りは任せて! 俺がやるから休んでて!」


 そう言いうと父はしばらくごねていたが、本人も動けそうにない事を自覚して、稲刈りを任せてくれた。


「腰のどっちが痛い?」

「こっち」


 父が触った腰は左側だった。

 父の体を支えて、痛い方の左側を上に向くように動かす。そして、俺の部屋から布団を持って来て丸め抱き枕を作った。


「お父さん、これ抱いて、足で挟むと少しは楽になるよ」

「すまん、助かった……。マシになったよ」


 父は1つ息を吐き、寝る体勢が整った。昔、同じ症状になった経験が生きたみたいで良かった。


「水とかここに置いておくから」


 その後、父から稲刈りの説明を受け、いざ出発だ。



『アグリー! 俺の朝ごはん、アグリ!? アグリー!』






 農道を歩くと、朝日に照らされた村の人が少しづつ稲刈りを開始していた。気温が上がると体もしんどくなる。朝か夕方にまとめて作業しているのだろう。


「おはようございます!」


 元気に挨拶をして小屋に向かった。


「これか」


 小屋に着くとすぐに分かった、父が稲刈りに向けて準備していた稲架の骨組み。ジンさん家みたいにしっかりしたものではないが、必要最低限の強度は持ち合わせている。それで、父の説明通り組み立てていく。


「昔は1人の仕事の方が楽しかったのにな」


 今はそうでもなく、友達や、父と一緒にする方が楽しい、そう感じたりもしていた。


「俺も変わったな」


 ニヤリと笑う俺は、この世界に来て良かったとつくづく感じる。そんなことを考えながら作業を続けていた。


「出来た!」


 汗をぬぐい稲架が完成した。体重をかけ、揺らしたり負荷をかけても倒れたりしないか確認する。


「よし、大丈夫そうだ」


 ジンさんの所で経験した事が、ここで役に立った。この世界に来て成長を実感できる、何事も経験だ。

 稲刈りの準備が整ったところで、父の田んぼに向かった。





「おぉー、育ってる育ってる!」


 気持ちのいい風で、重そうな穂は揺れる。ざぁーっと波の音も聞こえてくる。上空にはたくさんの鳥が早く刈れと言っているようだ。


「はいはい、今やりますよ」


 小屋から持ってきた鎌を握り、稲刈りを開始した。

 1つの株が、10本から20本に成長した稲を、土から5センチ程上で鎌を入れる。



 ザクッ。ザクッ。ザクッ。



 一株一株、丁寧に刈っていく。途方もない作業量だが、任されたんだ。最後まで頑張ろう。


 しばらく刈り続けていると、稲の陰に隠れていたカエルや蛇が顔を出した。それに気づく鳥たちは、待ってましたと急降下し捕食していく。


「あぁ、食べられた」


 これが食物連鎖の現実だ。鳥が畑の虫を食べ、糞を落とす。それが野菜たちの肥料となり芽を出すと、また小さな虫たちが寄って来てカエルたちの餌となる。結局人間は、そんな自然の中に生きる事しかできない。


「ありがとうございます、皆さん」


 なんて冗談を呟きながら稲刈りを続ける。



「さて、今年もアレやりますか」


 休憩がてら手を止める。埃だらけになった腕を強い光が照りつけてくる。そのためすぐに体の水分が枯渇してしまう。


「意識して水分取らないとな」


 一定間隔に植えられた稲を刈ると、当たり前だが一定間隔に株が残る。それを思いっきり踏み付ける。


 ゴリッ。ゴリッ。ゴリッ。


 足の裏に伝わるこの感触は、何にも代えられない気持ちよさがある。毎年毎年同じことをやっているが、この気持ちよさは世界共通みたいだ。


「うぉぉぉ!」


 試しに走りながら踏みつけていく。


「気持ちー」


 はぁはぁと荒れた息を整え顔を上げると、どこかで見たことがある目で俺を見るローラちゃんが立っていた。


「お兄ちゃんってやっぱり変だよ。お医者さんに診てもらったら?」

「いや……これは。たまたまで……」


 何の説明も出来ずに、また変人扱いされてしまった……。この気持ち良さはやってみないと分からないだろう。





 しばらく誤解が解けるように話を聞いてると、ローラが口を開いた。


「家にね、着られなくなった服があるの。捨てるのはもったいないし、でも私が来てたのだから売りたくないし困ってるってお父さんが」

「大きくなって着られなくなったって事?」

「そうだよ」


 なるほど……。村の人やこの世界の人は、不要になったものはどうしているのだろうか。俺のが使ってたものは妹に使ってもらっていた。おさがり……。


「あぁー! それだ!」

「なに、なに、どうしたの? 」

「ローラちゃんの服俺にくれない?」

「えっ……、嫌だ、気持ち悪い」


 ローラはそう言うと、走って逃げて行った。状況がつかめない。孤児院の子たちに、ローラのおさがりを使ってもらおうと考えただけなのに、なんで気持ち悪いのか……。俺は冷静に会話を振り返り、何がいけなかったか考えてみる……。


「うわぁ、俺、めっちゃキモい」


 答えはすぐに出たのだった。




 昼からの仕事はテンションが下がり、肩を落としながらの作業となった。

 半分ほどを刈り終え、ジンさんに習った通り結んでいく。それをひとつずつ、できるだけ穂が落ちないように稲架に掛けて行き、今日の作業は終了した。



「ただいま!」


 家に戻り、父の居る部屋に入る。灯りを付ける事も出来なかったのか部屋は薄暗かった。


「おかえり、アグリ」

「調子はどう?」

「あぁ、無理に動かなければ痛みは少ないよ、けど」

「けど?」


「腹が減った。朝、アグリが先に出てしまったから」

「あ、忘れてた……! 今、急いで何か作るよ!」

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