大切なのは気持ち
孤児院の子供たちと出会ってから数日が経った。今日は朝からリユンに付いていき、アリアのお店の様子を見る予定だ。馬車に揺られているとジュリが話しかけてきた。
「孤児院に行ったんだって? どうだった?」
「みんな良い子だったよ、農業も手伝ってくれるかもしれなくて、忙しくなりそう」
「そっか、今度私も一緒に行きたい」
「うん、そうだね。みんなにも紹介したいし、行こう」
その後、無事に到着して、修理の状況をリユンから聞いた。それを語るリユンはとっても楽しそうで、俺も綺麗になっていく店を見ると心が躍った。
「どのくらいの予定で終わりそう?」
「外装はもう終わりそうだよ、でも内装は……」
リユンは周りを見て少し小声になった。「どうしたの?」と聞くと耳元で話し続ける。
「アリアちゃんの要望が多くて少しかかりそうかな」
「そっか、ありがとう。よろしく頼む」
せっかくリニューアルするんだ、多少のこだわりもあるだろう。それから俺は、リユンの仕事を手伝って、アリアの要望も出来る限り聞いた。
すると、ロットが「アグリ、ちょっと」と手招きしてくる。
「何かあった?」
ロットは、二人になりたいと声をかけてきて、外に出た。
「その……、相談があるんだ」
「相談?」
ロットは顔を赤らめながら俺に近づく。何を言われるのか俺も少し緊張してしまう。
「アグリとアリアちゃんはどうやって付き合うようになったんだ?」
「――。え……?」
「だ、か、ら。アリアちゃんとはどうやって恋人同士になったのかって聞いてるんだよ」
ちょっと待て、ロットは何を勘違いしているんだ!? 俺がいつアリアと付き合ってるなんて言った? そもそも、アリアの事をす、好きなんて誰にも言ってないぞ。
俺の体温が上がっているのを感じるが、きっと、いやたぶん、気づかれてないだろう。
「えっと、恋人同士になったつもりは無いんだが?」
「そうなのか?」
何でロットが急にこんな話をしてきたのかは大体見当がついている。だが、まぁ、どういう事を言えば良いのか分からない。
「ロットは、恋人関係になりたいと思っている人が居るのか?」
「ここだけの話だぞ、誰にも言うなよ? アグリだから言うんだからな?」
真剣に話を聞くようにロットに近づくが、心の中では分かっていた。ロット君、みんな気付いてるから大丈夫だぞ。
「実はな、ジュリの事が……、好きだと思うんだ……」
顔を真っ赤に染めて放たれた言葉は予想通りで、少し安心した。思うと言ったのは少し気になるが、その気持ちは本物だろう。アリアが好きともし言ったら……。
「もし言ったら、アリアはどうしてたんだろう……」
「え? アグリ?」
思わず声に出てしまっていたのか、ロットがキョトンと俺を見ていた。急いでごまかしの言葉を言う。
「いや。なんでもないいよ」
「それで、どうしたらいいと思う? 俺はこの気持ちをどうしたら良い!? 」
俺は別に、前の人生でも結婚していたわけでも彼女が居たわけでもない。だから適切な答えなのかは明らかではないが、言える事はこれだけだ。しっかりロットの目を見て真面目な雰囲気を醸し出し、真剣な口調で当たり前の事を言った。
「その気持ちを伝えるのは俺じゃなくて、ジュリ本人じゃないなか?」
「俺の気持ちをジュリに……」
「そう、後はどうなるかは俺にも分からないけどな」
ロットは「えー」と少し不満そうだった。少しの時間沈黙があり、何かを考えている様子だ。
「アグリは、言わないのか? アリアちゃんに……」
「俺は……」
いつかは伝えたいと思っている……。しかし、かなりの年の差だ。正確な年齢は聞いたことないが、おそらく前の俺と同じくらいだろう。だが今は、ただの少年にすぎない、望みは薄いだろう。
「まぁ、いつかな……」
そもそもなんで俺がアリアの事を好きである前提で、ロットが話しているのかは分からない。もちろん好きなのかと聞かれたら否定はしないが。
少しマイナス思考になってしまった頭を切り替え、みんなでコバトさんの店で昼食を取った。
リユンとロットは休憩を挟み仕事を再開している。みんな働き者で輝いて見える。俺も頑張らないと。
「アリア、ちょっと聞いてもいい?」
「どうしたの?」
鞄から例の魔石を見せた。小さなヒビが入ってしまった魔石。何か嫌な予感がしてならないのだ。
「これってヒビだよね?」
「そうね、ヒビが入り始めたわね」
「どうなったらヒビが入るの?」
アリアは言葉を良く選んでいるようだった。しばらく考えた後「よく聞いて」とアリアが意を決して口を開く。
「これは、ルツちゃんの心の状態を表しているわ」
「心の状態?」
「訓練学校に行ってた私の想像だけど、ルツちゃんはかなりのストレスを抱えてると思う」
「そんな……」
あのルツが? 元気で、人懐っこくて、素直なあのルツが? 血の気が引いていくのを全身で感じた。開いた口がふさがらない。何か辛いことでも起こっているのだろうか。アリアからの言葉を受けて急に心配になってくる。
今すぐに、何か手を差し伸べた方が良いのか。それともルツを信じて、待つべきか。
「今度は冬に帰ってくるのよね?」
「うん、そうだったはず」
慎重に、ゆっくりとした口調で話してくれた。
「帰ってきたら、しっかり話聞いてあげて?」
俺は少し拍子抜けだった、もっと効果的で実際的なアドバイスを、ルツを助けてくれる言葉を期待していたのだが……。俺がルツを助けないと。
そんな俺の様子に気付いたアリアは、言葉を続ける。
「アグリはすぐに問題を解決しなきゃって思う癖があるわ」
「それはだめなの?」
「いいえ、とても大切な事よ? でも……」
アリアは俺の胸に手を当てて、目を合わせる。
「大切なのは、気持ちよ」
「気持ち?」
「必ずしも、問題の解決が相手にとって助けになるわけじゃないの。アグリが干ばつで大変になった時、その問題はすぐに解決しなかったけど、私はアグリが抱きしめに来てくれて、助けになったわ」
アリアの顔はほんのり赤く、でもまっすぐに俺を見ていた。
「ルツちゃんにもそうしてあげて? 話を聞いて、理解してあげて。1人じゃないってお兄ちゃんもお父さんも、いつもルツの事想ってるって、心から感じられるようにしてあげて」
「難しそう」
「そうね、問題を解決するより難しい事もあるわ」
アリアはにこっと笑みを浮かべた。
「そんなお兄ちゃんが居たら、大好きになっちゃうわね」
そんなアリアの言葉に、俺は勇気を貰った。やってやろうじゃないか、ルツにとって自慢の兄に俺はなってやる!
それから俺たちは、仕事を終えて帰途に着いた。
「ジュリ、勉強はどんな感じ?」
「正直、すごく難しい。魔法使いってすごいのね」
ジュリはいつ見ても一生懸命だった。臨時的に開けている魔石販売スペースに立ち、お客さんと会話しているのを見るとすごく楽しそうにやっている。
「そういえば、野菜をここで買えるようになるって宣伝もしておいたわ」
何から何まで、優秀だ。俺も最善を尽くそう!
「リユン。俺は稲刈りと、孤児院の畑の整備に取り掛かるから店の事はお願いするよ」
「分かった、任せて」
俺は何も出来ないし、能力も無いが、こんな最高の友達がいて頼もしい限りだ。
「安全第一で頼む!」
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