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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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孤児院 (後編)

「一緒に遊ぼ」


 メリスさん達の話を聞いていると、誰かが俺の服を引いてきた。少し緊張気味で、震えた声だ。


「うん! 遊ぼう!」


 そんな緊張を吹き飛ばすように言って、持ってきた鞄を持ち、中からジンさんの畑から持ってきた麦を出した。


「これで遊ばない?」


 麦ストローと石鹸、少しの水を持って外に出る。みんな「何するの?」と興味深々な様子で付いてくる。

 麦ストローの先に切り込みを入れ広げる。水に石鹸を溶かし混ぜた。


 外に出てお手本を見せるように準備を進める。


「みんな、よく見ていてね」


 みんなが注目する中、麦ストローの先に液を付けて息を吹き込む。すると、空いっぱいにシャボン玉が飛んだ。


「すごい! すごい!」

「なにこれー」

「キラキラしてる!」


 ふわふわと空を舞う球体は、子供たちの心を掴んだ。


「これがシャボン玉だよ。やってみたい子は居る?」


 するとみんなが「はいはいはいはい」と元気に手を上げた。俺は順番に説明と注意点を教えた。それからしばらくの間、シャボン玉は屋根まで高く高く浮かんでいた。みんな思い思いに、追いかけ、走り回り、シャボン玉を吹いた。そんなみんなの笑顔は俺にとって決して決して、忘れる事は出来ない思い出になった。

 子供たちはどうなのかな……、喜んでくれたかな?


「お兄ちゃん、これすっごく楽しいね」

「俺も子供の頃たくさんこれで遊んだよ」

「これより大きいのも作れる?」

「ん-、今度また試してみようか」


 そんな約束をすると「やったやった」と飛び跳ねる。楽しそうで良かった。





 日が傾き、笑顔が満ちた空は赤く染まる。俺が帰る準備をしていると子供たちは少し寂しそうだ。


「アグリ兄ちゃん、また来てくれる?」

「うん、必ずまた来るよ」

「また遊び教えてね」

「分かったよ、考えてくるね」


 外に出てもみんなが付いて来ている。1日で人気者になったものだな、なんて心の中で笑ってしまった。

 敷地を離れようとすると、メリスさんが最後にお礼を言ってきた。


「アグリさん、今日は本当にありがとうございました。また遊びに来てください」

「はい、必ず!」


 俺は院を後にして、馬車乗り場に向かった。




「アグリさん!!!」


 もうすぐ、馬車乗り場という所で、どこかで聞いた声が響き、振り向く。声の主はダリアさんだった。シャボン玉の時から居ないと思っていたが……。夕日に照らされた顔は何かを決意したかのように俺を見据えている。


「ダリアさん?」

「お願いがあって来ました」

「お願いですか? 俺に出来る事があれば何でもしますよ」


 ダリアさんは、俺に近づき静かに足元で膝を落とした。


「えっ……、ダリアさん、何を!?」


 急な事で焦ってしまい、俺も膝を付く。


「アグリさんに、お仕えさせていただきたいんです」

「ダリアさん、仕えるって……、そんな、なんで……」

「私の事はどう扱ってもらって構いません、奴隷でもなんでもやります。だから、どうか……、どうか……。あの子たちを助けてやってくれませんか!」


 そう言いながら、俺の足に頭を付けてきた。涙が俺の足を濡らしたのが分かる。

 本気なんだこの人は。自分より子供の事を心から大切にしたいと思っている。


「アグリさんの身の回りの事も、お仕事もします。お金もご飯も要りません。だから院の子供たちを……!」


 そうやって涙ながらに訴えてくる。どんな言葉を掛ければ良いのか、いや、言葉だけなら何でも言える。大切なのは行動だ。なら俺に出来る事は……。


 少し頭を整理して答えを出した。


「ダリアさん、顔を上げてください。元よりそのつもりでしたから、ダリアさんが身を削る必要はないですよ」

「どういう……事ですか……?」





 ダリアさんの手を取り、立ち上がる。握った手には、たぶん俺の決意が込められていた。


「院の周りの土地を使って畑をしませんか?」

「畑ですか?」

「はい、今友達とお店を作っているんです。そこに置く野菜を作る人員が足りなくて、困っていたんです」

「でも、私達、畑の経験はないですよ?」

「大丈夫! しっかりサポートしますので。もちろん、働いてくれた分、お金を出します。やってみませんか?」


 もし、院の子供たちを含め、ダリアさんが農業をしてくれたら、安定供給は容易い。畑の整備の時間は少しかかるだろう。でもやってみる価値は絶対にある! 何より、仕事がある事で長期的に見て助ける事が出来る。その働きを見て偏見や差別が少しでもなくなればいい、そんな想いだった。



「是非、やりたいです!」


 俺は、リユンや、アリアにも報告するのに少し時間がかかる事を説明して、話がまとまったらまた来ることを伝えた。「ありがとうございます」とダリアさんは何度も頭を下げてきた。それでもダリアさんが馬車乗り場まで付いて来て「私をアグリさんの傍に」と言ってくる。


「ダリアさんは、子供たちに必要な存在です。子供たちを見ていてください」


 そんなお願いをすると、目を輝かせた。


「自分からお願いしてこんな事聞くのも変ですけど……、どうしてここまでしてくれるんですか?」


 俺はそんな事を聞かれ、少し考え込んでしまった。何でこんな事をしたいと思ったのか……。それは……。


「子供たちが否定されるのは、思っている以上に辛い事だと思うからです」

「否定……ですか?」


 俺は前の人生は、否定され続け生きてきた。何をやってもだめ。しようとしてもだめ。そのうち俺の行いだけでなく、俺自身を否定されているように感じ始め、最後には自分で自分を否定した。それは本当に辛い事だった。


「子供の頃、父とジャガイモを植えた事があったんです。でも上手くできなくて、怒られたり、直されたりするだろうなって思ってたんですけど」

「どうなったんですか?」


 俺はあの時の事を話した。


「父は、そのままジャガイモを植えてくれたんです。それが俺にとってはとっても嬉しくて、認めてくれてる、大切にしてくれてるって感じたんです」

「良いお父さんですね」

「はい、とっても……。だから、院の子供たちの事、俺は否定したくない。俺に出来る事を精一杯やりたいと思ったんです」


 それを聞いたダリアさんは、俺の手を握って「私も出来る事を頑張ります」と言って院に戻っていった。


「不思議な人だったな……」


 そんな事を呟き、馬車に揺られている。

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