孤児院 (前編)
「お父さん、フルトにある孤児院知ってる?」
孤児院に向かう前、朝食を食べながら父に何か情報がないか聞いてみた。この世界では、直接聞かないと情報が集まらない。ネットやテレビに依存していた事につくづく実感を覚えていた。
「あぁ、行ったことはないけど知っているよ。身寄りのない子供たちが住んでるらしい。周りからは煙たがられているらしいな」
「それって、差別? 偏見?」
「そうかもしれないな、障害を持って生まれてきた子も居るみたいだから、そのせいかもしれない」
父には、昨日の物乞いの事や、今日行くことを伝えてある。止める事はされなかった。頑張ってこいと背中を押されたのだ。
俺は荷物をまとめて、フルトの孤児院へと出発した。初めて会う人たちがたくさんいるのだろう、少し緊張してきた。
「重っ!」
馬車から降りてしばらく歩いていると、持ってきた大荷物に後悔の念を覚える。30キロほどだが何度か分ければよかったと、しかし、後戻りは出来ないため、気合を入れて歩み出す。
朝市のおばちゃんに道を尋ねて歩き20分、それらしい建物が見えてきた。
「アグリ兄ちゃーん」
孤児院の入り口から男の子が走ってきたのが分かる、昨日のアルスだ。俺は手を振り挨拶する。
「本当に来てくれた!」
「約束したもん、来るよ」
アルスは「こっち」と、年齢に見合わない細い手が俺の手を握る。
敷地内に入ると衝撃を受けた。
ボロボロの建物に、杜撰な修理後。草が生い茂る庭には、ボロボロの服が干してあった。
「これは……きついな……」
アルスの手を持ちながら建物に入る。
「せんせーい! 来てくれたよ!」
大声で叫ぶアルスは、とても嬉しそうだった。
中には見えるだけで、10人……いや、20人の子供たちが居た。これは、大変だ。
「アグリさんですか?」
孤児院の中から、70代くらいだろうか。杖を突いた女性が出てきた。この方が、アルスが先生と言っていた人みたいだ。
「どうぞ中へ」
「はい」と返事をして付いていく。中も見た目通りボロボロで、子供が歩くには危険な場所もあるくらいだ。雨漏りの跡も見受けられる。
連れられて入ったのはキッチンで、そこにはもう一人の若い女性が立っていた。
「こんにちは、よく来てくださいました」
「こんにちは」
俺はまず自己紹介を始めた。
「ホルンの村から来ました、アグリです。昨日、アルス君たちに約束した者です」
「ありがとう、聞いてるわ。私はここの先生をしているメリスよ、よろしく」
「私はメリスの孫のダリアです」
よろしくお願いしますと挨拶を交わし、メリスさんが座ってと言ってきたが、俺はまずやりたい事があった。
「あの、パンを焼いても良いですか?」
ジンさんが持たせてくれた小麦粉を出すと、2人は目を見開いて喜んでくれた。それから3人でパン生地をこね、焼いていく。見ると匂いに誘われた子供たちが集まって来ていた。それは可愛く微笑ましい。なんとかサポートしたい、そう感じる。
いつの間にか、院の子供たちが全員集まり、目を輝かせながら椅子に座っていた。
しばらくしてパンは焼きあがった。美味しそうな焼き目が付き、香りが部屋いっぱいに広がる。
「アグリ兄ちゃん! 食べて良い?」
机に焼きたてのパンと新鮮な水。来るときに買ってきたバターが並べられ、みんな俺の顔をじっと見つめ、許可を待っているみたいだった。
「焼きたてのパン、たくさん食べな!」
そう言うと、子供たちは勢いよくパンを手に取り食べ始める。1つ、2つ、3つとどんどん、お腹に入って行く。
「美味しいね」
「臭くないパン久しぶり」
「温かくてもちもちしてる」
「この黄色いの塗るともっと美味しい!」
良かった。本来の子供の笑顔に戻っていく。それが見られただけで、俺は幸せだった。
お腹いっぱい食べた子供たちは、遊びに行ったり、お昼寝を始めた。
その後、ダリアさんと片付けを進めていく。
「本当に、ありがとうございました」
ひと通り綺麗になり、メリスさんとダリアさんは改めてお礼を言ってきた。メリスさんは涙をぬぐいながら言う。
「久しぶりに、子供たちがお腹いっぱいになる姿を見る事が出来て幸せです」
「喜んでいただけて、俺もう嬉しいです」
俺は続けて、この院の事を聞いた。
「ここには何人の子供たちが生活しているんですか?」
「今は27人の子供が居ます」
「この孤児院について教えてくれませんか?」
すると、メリスさんが机に両肘を置き、ゆっくりと院の歴史を教えてくれた。
「私が結婚してしばらく経った後、主人がこの院を作ったんです。子供たちを守りたいって。主人は手に職があり資金面は問題ありませんでした。でも20年ほど前に亡くなってからは、お金を用意することが難しくなって今はこんな状態にまでなってしまいました」
「なるほど、ご主人さんがこの院を作ったんですね」
「今いる子供たちは、捨てられたり、暴力を受けたり、望まない妊娠で出来た子供……。親が亡くなってしまったり、障害を持った子供もここに集められています」
「大きくなった子はどうしているんですか? ここには、小さい子供が多いですけど……」
「巣立った子供もたくさんいます、でも……」
「でも?」
「出て行くときは、お金を稼いで恩返しすると言ってくれるんですが、差別され雇ってくれる場所が少ないんです。最後は奴隷になり、体を売る子も居ました。自ら命を絶つ子も……」
「そうですか」
「こんなことなら、孤児院をやめてしまった方がとも思いましたが……、子供たちを見捨てる事は出来ず、これまで来ました」
「なるほど、聞かせていただきありがとうございます」
思ったよりも深刻な状況に、頭を抱える。長期的に救うなんて甘えた考えをしていた自分に、怒りを覚えた。
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