心の焦点
「こんにちは」
店に入るとアリアとマリーさん、椅子にはブロードさんが座って話していた。俺を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくる。
「アグリ!」
アリアは会いたかったと言わんばかりに、抱きしめてくれた。ちょっと、苦しい……。けれど、悪くなく魔法かと思ってしまうほど元気が貰えた。
「アグリ、良かった。良かった。調子はどう?」
目に涙を浮かべているのを見ると、俺も嬉しくて泣きそうになってしまう。
「ありがとう、アリア。大丈夫だよ」
「良かった」
余程心配だったのだろう。俺もこうしてここに戻ってこられて幸せを感じる。
俺は店に入る前、気付いた事を聞いてみる。
「お店直さないの?」
店の周りを見ても、干ばつ時のままで、店も周りも荒れたままだったのだ。アリアは悩みを話し始めた。それは国全体の悩みなのかもしれない。
「もちろん直したい。でもなかなか人が来られないみたいなのよ、依頼は出しているけどね」
するとブロードさんも話に入ってきた。
「僕も調べてみたんだけど、人手不足みたいなんだ。どこもかしこも荒れていたからね」
ブロードさん、調べるって、簡単に調べられるものなのだろうか……。
「気になってたんですけど、ブロードさんって何者なんですか? 馬車を出したり、部屋を貸したりって、ただのお金持ちじゃないみたいですけど」
「アグリ、知らなかったの?」
アリアが呆れたように言った。有名人なのだろうか。ブロードさんは自分で言うのが嫌なのかアリアに教えてやってくれと目線を送っている。
「ブロードは、国王の孫よ」
「えぇーーー!? 全然そうは見えな……。知らなかったです」
「ほとんど言ってたけどね」
飲み込むのが遅くなり、口が滑ってしまった。
「すみません……」
「大丈夫よアグリ。みんなそう思ってるから」
「そうだったの!?」
笑いに包まれたこの空間は、干ばつ前に戻ったみたいで楽しかった。でも、何とかしてあげたい。何とかして、この店を綺麗にしたい。
「話は変わるんだけどさ」
ブーロドさんがそんなことを言って、鞄から何かを出して来た。紙?
「よし、アグリ君!」
ブロードさんがビシッと立つので、俺も背筋を伸ばす。
「はい!?」
「感謝状。この度のバーハル災害である干ばつで貴殿の活躍とたゆまぬ努力をここに称え、国王、アスリストが感謝を伝える」
「えっ? なになに? 何なの?」
なんか表彰式みたいなんですけど!?
「ほらアグリ、受け取りなさい」
「う、うん」
両手をあげて賞状の様な紙を受け取った。それはもちろん印刷なんかではなく、国王の直筆だ。
「すごいね、アグリ。こんなの欲しくても手に入らない貴重なものだよ」
貴重……か。俺がこれを貰う資格、あるのだろうか。
少し頭を下げていた俺に気付いたのかマリーさんが「アグリ」と声をかけてきた。
「アグリは今、出来なかった事とか、後悔とかの方が気持ちの中で大きくなってない?」
「えっと……、はい、たぶん……」
「これを見て?」とブロードさんに小さな紙くずを持たせた。
「アグリにはどう映ってる?」
「ゴミを持ってるブロードさん?」
「そうね、ゴミを持ってるけどブロードは変わらずブロードね」
何を言おうとしているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「じゃあ、ゴミに目を向けながら近付いてみて」
そんな指示があり、ゴミに焦点を合わせながらブロードさんに近付く。すると、ゴミが目の前に来た時にはブロードさんの存在が消えていた。
「どうかしら? 今はどう見えているかしら?」
「ゴミ……ですね」
「そうね、持ってるのはブロードで変わらないけど、ブロードごとゴミになったように見えるでしょ?」
「ちょっとひどくない?」
そんな声にはお構いなしにマリーさんは話し続ける。
「アグリは今、そういう状態にあるのよ。だから一歩下がって周りを見てみなさい。そうすれば、あなたがしてきたこと、それによって助けられた人達ががよく見えるようになるわ」
それを聞いた俺は、なんだかスッキリしたように感じた。そうか……、出来なかった事ばかりに焦点を当てて、出来たことに目を向けなかったんだ。もしかしたら、俺が思ってるより出来たことのほうが大きいかもしれないのに。
「ありがとうございます!!!」
自信を持っていこう。お母さんもきっとそう望んでいる。
「アグリ、僕に出来ることが合ったら何でも言って、全力で協力するよ」
「アグリ、私もよ」
二人にそう言われて、胸を張ってアリアの店を後にした。
雨がパラパラと振り出し、涼しい風が吹く。急いで馬車乗り場に向かい、家路に付いた。
家に入ると父が夕食の準備を始めていた。今日あった事を話し、俺の奥底にあった気持ちも話した。父は手を止めて聞いてくれて、俺の心はよりクリアになった気がした。
「お父さん、ブロードさんって国王の孫なんだって、知ってた?」
「あぁ、もちろん」
父は当たり前だろと言わんばかりに、苦笑いを浮かべる。
「俺、知らなくて、失礼な事たくさんしたかも……」
すると父は、「ははは」と口を大きく開けて笑う。
「ブロードさんはそんな事気にする人じゃないよ。謙遜な人だから、アグリにも自分から国王の孫だって言わなかったんじゃないのか?」
「そうだと良いけど……」
それから父に、感謝状を貰ったことを話した。父はそれを見ると、感謝状を掲げて嬉しそうに言った。
「すごいな、アグリ。国王様からこんなのを貰えるなんて。自慢の息子だ」
父はそんなことを言ってきたが、俺にとっては父の褒め言葉の方が嬉しく感じたりもした。
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