表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
34/187

決断の責任

 ブロードさんが操る馬車に揺られて家に向かう。日も傾き、地元の風景が広がってきた。


「大丈夫? 顔色悪いようだけど、酔った?」


 例の説明書を読んでから、どうにも頭が回らず、顔に出ていたのかもしれない。


「ブロードさん、アヤさん。今日家に帰って妹が寝てから、時間作ってもらえますか? 明日の事話したくて」


 2人は快く承諾してくれた。

 どう解決しようか……、俺だけじゃ、力不足だ。みんなの力も借りよう。





「お父さん! ただいま!」


 無事に帰ってくる事ができ、家に勢いよく入ると、最初はルツのお出迎えだ。


「お兄ちゃん!? 良かった! 帰ってきた!!!」

「心配かけたな」

「馬鹿ー!!!」


 ルツは飛び込んできてくれて、泣いている。心配してくれたのかと嬉しくなる。

 するとすぐ後に、父も部屋から出てきて「おかえり!」とルツと共に抱きしめてくれた。


「どうだった、やるべきことは出来たか?」

「もちろん!」


 みんなを救える所まで来た、自信を持って答えることができた。母にもしっかり顔を見せてただいまを伝えた。「よく頑張ったね」と笑顔で言ってくれ、嬉しかった。


「コバトさんも大丈夫だったよ」

「行ってくれたの!?」

「うん!」

「ありがとう、良かったわ」


 母は嬉しそうに頭を撫でてくれた。

 行動して、助けたいと決断して本当に良かった。そう、心から感じた。




 その夜、妹が寝た後。約束通り父と俺を合わせて4人が集まった。


「さて、明日のことなんだけど……」


 アヤさんが話を始めたが、俺が「その前に少しいいかな」と話を止めた。説明書の件を伝えるためだ。

 みんなが俺に注目する。深呼吸して、話した。これは重要な話。


「賢治さんが作った装置、もう1つ条件があるんだ」

「まだあったの?」

「うん……」

「どんな条件?」


 どんな言葉で伝えたらいいか迷いつつ、誤解や勘違いが無いように、シンプルに伝えるよう意識する。


「スイッチを入れる人が必要なんだ。でも、スイッチを入れる人は帰ってこれないと思う」

「えっと、つまり……?」

「スイッチを入れると、直後に爆発が起こって、空に魔力が届くんだって……」

「それじゃあ、スイッチを入れた人は死んじゃうって。そういう事!?」

「そういう事になる……」


 説明が終わり、皆が状況を理解すると部屋の空気がずっしりと重くなった。さっきまで、無事に帰り、喜んでいた部屋とは思えないくらいだ。世界を救うために、誰かが犠牲になる必要があるなんて、そんなのあんまりだ。

 でもまだ可能性は残っているはずだ。俺が馬車の中で考えていた事を話した。


「俺が行こうと思ってる。俺が行ってスイッチを押してすぐに走れば、怪我くらいで済むと思うから」


 ここは一番若い俺が行くべきだろう。怪我をしたって治りも早いし、仕事の責任だって、他のみんなに比べれば軽いものだ。これが最善の手だと考えていたのだが、みんなは賛成してくれなかった。


「それはだめだ」

「アグリ、それはだめよ。私が行くわ。私は、訓練を受けているから自衛だって出来る。怪我すらしないわ」


 父に反対されると、アヤさんが説得力のある提案をしてきた。確かに、アヤさんやマルコさんなら……。

 すると、父はそれにも反対する。


「それも賛同できない、アヤさんはこれが終わっても仕事がたくさんあるだろう。国を守る責任があるアヤさんにもしもの事が合ったら大変だ」


 父が威厳たっぷりにそう言うと、部屋の会話は止まった。ならば助かる確率が高いのはやはり俺だ。近くに岩でも置いて隠れたって良い。自分を守るくらい、俺にでも……。



「僕は、ごめん……。勇気が出ないよ……」


 ブロードさんが肩を落とし、申し訳なさそうに言うが、ブロードさんを責める人は誰も居ない。その気持ちはみんな持っている。


 「俺が」と父が言うと、他の三人は言葉を止めるように拒否した。みんな二児の父であることを知っているからだろう。

 会話がピタリと止まって数分。居心地の悪い空気が流れ始めたその時、隣の部屋からルツに支えられながら出てきた母が、まっすぐこちらを見て言った。



「私にやらせてもらえないかしら」



 ――――――――――



 アリアやマルコさん、賢治さんと装置が無事に届き、準備が始まっていた。俺の思った通り、例の場所は風が無く絶好の場所だった。朝の内にアヤさんとブーロドさんが準備してくれて、俺は見ているだけとなった。


 みんな、夜は一睡もせずに母を止めようとして、ルツに魔法の事を相談しながら検討していた。


「みんな、ごめんなさいね、わがまま言って。でも、やっぱり私が一番良いと思うの。もう、いつまで生きられるのか分からないこの体、最後はみんなの力になりたいのよ」


 そんな事を言った母に、誰も代わりの案を出せる事は出来ずに、母がスイッチを押すことが決定したのだ。

 葉っぱの隙間からきらきらと日の光が輝いている中、数十メートル先でみんなが忙しく動いている。それを俺たち家族は並んで見ているだけだ。


 俺はこれまでしてきた自分の決定が、すべて間違いだったように感じていた。俺がこんな事しなかったら、母がこんな……。


 1時間ほどが経ち、装置の周りに居たブロードさんや、マルコさん、アヤさんがこちらに近づいてくる。「あぁ、いよいよか」と胸の鼓動が小刻みに震え、指先が冷たくなっているのを感じる。もう後戻りできない所までやってきてしまっているのだ。


「準備、出来たそうです。説明があるそうなので……」


 アヤさんが力なく言うと、母は立ち上がって俺たちの方を見て手を出した。


「さっ、行きましょうか」


 母の声を合図にみんな立ち上がり、母を挟んで手を繋いだ。




 現場に到着して母が説明を受けるのを、俺たちは静かに見守った。


「何か分からない事あるかい?」

「大丈夫、よく分かったわ。ありがとう」


 「家族だけにしてもらえるかしら」と母が言うと、アリアと賢治さんが離れてた。

 俺は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。どうにも頭が働かない。体が震え、寒い。後悔が俺を押しつぶす。


「シェルシ」


 母が父を呼ぶ。父は歩き近づくと、抱きしめあっている。何を話しているのだろうか、説得して辞めさせてほしい。


「お兄ちゃん……」


 ルツの震える手を握りしめる。ルツを励ましているつもりか。いや、ルツの握る手からは憎しみすら感じる。


「ルツ、おいで」


 父が母から離れると妹が呼ばれ、ルツは母の胸に飛び込んだ。抱きしめ、ルツの涙を拭いている。ルツは離れまいと強く抱きしめて、首を横に振っていた。





「アグリ」


 俺は何を……、何をしたかったのだろうか……。


「アグリ、アグリ。おいで」


 母に呼ばれていたのに気づく。ルツは父に抱えられていた。


「お母さん……」


 母に抱き寄せられ、母のあたたかな愛に触れる。


「アグリ、これまで良く頑張りました。あなたが行動したおかげでたくさんの人が救われるのよ。胸を張りなさい」

「……」

「お願いがあるのだけどいいかしら」

「お願い……?」

「お父さんとルツをお願い。守ってあげて。ルツは辛い事が合っても隠すから、しかっり見ていてあげて」

「うん……」


 俺は……。母に何もしてあげられていない。前の世界と変わらない自分。ただ勝手に、自分中心に考え行動しこんな結果を刈り取った。新しい命だったのに。


「それと、これを持っていてもいいかしら?」


 母は、手の中から見覚えのある物を出した。


「そ……そっ、それって……」

「あなたが初めてくれたプレゼントのハンカチ。実はね、もったいなくて1回も使えなかったのよ。お母さん嬉しくてだから……、だからね……」


 母のハンカチを持つ手が震えているのを見た。白い無地のハンカチに涙の斑点が写ったのを見てしまった。気持ちが止まらない。俺は、誰かを助けたかったんじゃない、何かを成し遂げたかっただけなんだ!


「俺が!!! 俺があの時、何かをしたいなんて思わなかったら! 俺が無責任にも助けたいって、選んだから! お母さんが死んじゃうんだ! だから嫌だったんだ、選ぶことを避けてきたんだ。俺は選択を間違えた。俺がお母さんを殺したのも同然なんだ! こんな世界どうなっても良い! だから……、俺は……、お母さんと……、お母さんと一緒に居たいのに……」


 俺は、何を言ってるのか……。俺は何がしたいのか、分からない。ただただ、母と一緒に居たかった。


「アグリ、大丈夫。あなたは間違ってなんかないわ。見て、あの人たちはあなたが助けたのよ。そしてこれからも、あなたが作る食べ物で生きていくわ。お母さんが居なくなるのもあなたのせいじゃない、病気のせいよ」


 何を聞いても涙は止まらなかった。


「アグリ、よく聞いて。私はあなたのお母さんになれて幸せでした、これからも誇りに思います。あなたのこれからの人生の決定を心から応援します。だから自信をもって生きなさい。たくさんご飯を食べて大きくなって、たくさんの人を幸せにする事をお母さんは願っています。アグリから貰った愛を私は忘れません。すぐに助けたいと行動するあなたが大好きよ、心から愛しています!!!」


 「っ……、っ……!」上手く言葉が出ない……。喉に詰まる、上手く息が吸えない、頭が痛い。


「こ、怖くないの……?」

「怖いわ、でも、そのためにハンカチ、持っていかせてね」


「アグリ……、そろそろ」


 父が肩に手を置いてきた。

 俺は声を絞り出すように、母に叫ぶ。


「お母さん! 俺はお母さんの子供になれて幸せです。お母さんが教えてくれたこと、ずっと大切にします。あなたと家族になれて、育ててくれて、叱ってくれて、本当にありがとうございました。こんな迷惑ばっかり掛ける俺を、愛してくれてありがとうございます。愛しています! 大好きです!!!」


「アグリ」

「お母さん!!!」



『さようなら』




 その後は、なんともあっけない物だった。母から離れ数分後に火が上がった。直後に天まで魔力による光が届き、賢治さんが「成功だ」と呟いた。


 アリアの気づかいにより、俺たち3人は家に戻る事ができた。ルツを挟み手を繋いで……。





 一晩中泣いた。寝ていない事も忘れ、泣いた。この世界にはもう母は居ない。悲しくて辛くて仕方がなかった。部屋から出るのも怖かった。全部夢であればと何度も願った。でも、何も変わらなかった。


 気付けば涙は枯れはてた。外からは雨の音が聞こえてくる。母からの祝福の雨だろうか。呆然と外を眺めると、厚い雲の裏から光が上がってきたのが分かった。


「もう……、朝か」


 震える手で棚からノートを出し、昨日の出来事を事細かに書いていった。


「このノートも最後か」


 3歳の時、初めて母と市場に行き、両親のハンカチとこのノートを買った。買った時は農業なんてしないって思ってたっけ。


「まさか、このノートの最後にこんな事書くなんてな」


 鼻をすすりながら最後のページ、一番下に俺はこう書いた。


『お母さん、大好きだよ』


 母との思い出で始まったこのノートは、母との思い出で幕を閉じた。





 息を吐き、ノートを閉じると腹が減ったのに気付いた。


「食べるか」


 意を決して部屋を出ると、母によく似た金色の髪がこちらを向く。


「おはよう、お兄ちゃん。ってお兄ちゃん、目、真っ赤だよ!?」

「ルツだって赤いし鼻水も!」


 ルツと顔を見つめながら笑った。


「おはよう、2人とも」


 部屋から父が出てきて二人で「おはよう」と返す。


「ぶっ、ははははは!!!」

「お兄ちゃん!笑っちゃ……っ! あはははははは!!!」

「おいおい、どうしたんだ?何がおかしい? 」


「あはは! だって! ぶっ!」

「お父さん、鼻水すごいんだもん! はははははは!!!」


「えっ? なになに?」

「いやー!汚いから来ないでー!」

「あははははは!!!」





「腹減ったな」


 走り回った父がそう言うと、俺たちは頷く。


「さて、なら何か作るか。しっかり食べて3人で頑張ろうな」

「腹が減っては戦はできぬなんて言葉もあるしね」


 得意げに言うと2人はぽかんと口を開ける。え? 変な事言ったか?


「何それお兄ちゃん、初めて聞いたよ」

「お父さんも知らない言葉だ」

「えぇ? 有名だと思ってた!」

「お兄ちゃん、変なのー」





 お母さん、俺たち幸せになるよ。だから見ていてね、みんなをもっと笑顔にするから!




 数日後、俺は1人。あの場所に母の墓を作った。爆発で地形が変わったのか、風がお子様ランチの旗を揺らした。


Next:新たな日常

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ