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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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交渉

「ここだよ、彼が居るのわ」


 翌朝、ブロードさんに案内してもらい、これから科学者の雨森賢治と名乗る人に会う。少し緊張してきた。おそらく、同じ世界出身。昨日の夜、気になって久しぶりに漢字を書いてみた『雨森賢治』と。すると見覚えがあるような……。


「賢治さん、ブロードです。居ますか?」


 ドアを叩き呼びかけると、中から低い声で「入れ」と聞こえた。


 ブロードさんがドアを開けて先頭を進む。

 なんだっけ、この匂い。どこかで同じ匂いに出会っている気がする。妙に湿っぽく、冷たい。薬品か……、実験? あ、理科室だ。


「こんにちは、賢治さん」

「何の用だ」


 奥の一室に着くと、前の世界の物か、長い白衣を着た黒髪の男性が居た。四十代くらいだろうか。絶対日本人だ。ブロードさんが「紹介するよ」と手を出しながら話し始めると、賢治さんは俺たちの方を見た。するとすぐに、面倒くさい顔をして自分の手元に目線を戻す。


「賢治さん、紹介するよ。魔法使いのアリアと友達のアグリだ」


 賢治さんは振り返ることもなく作業をしている。


「研究の邪魔だ、出ていけ」

「まぁまぁ、そう言わずに。話だけでも聞いてくださいよ」


 ブロードさんのおかげで何とか話せそうだ。俺は一歩前に出て賢治さんに話しかけた。


「賢治さん、忙しいようなので単刀直入にお伝えします。賢治さんが持っている知識と技術で雨を降らせてくれませんか!」


 シーンと空気の波が止まった。


「無理だ」


 冷たく一言で拒否されたが、俺は引かない。ここまで来て引けないのだ。


「科学だけじゃ……、ですか?」

「何?」

「科学だけではせいぜい雲を作るくらいしか出来ないからですか?」

「お前は……」


 俺は人差し指を立て、賢治さんの言葉を止めた。今の会話で賢治さんは気付いただろう。でもあくまで、会話の主導権を握るため、必死で理科の授業で習ったことを話している。


「でも、ここに優秀な魔法使いが居ます。魔法とあなたの力を合わせればきっと、たくさんの人を救える」

「私には関係ない」

「関係あります!」

「何?」


 俺は少し考えてから、アリアとブロードさんには外に出てもらった。

 二人だけになった部屋で口を開く。


「バーハルって聞いたことありますか?」

「神の試練だの、達人の召喚だの、非科学的でくだらんものだ」

「確かに、科学では証明しようがないかもしれませんね。でも俺、気になったんです。何で、達人なのか」

「達人がどうした」


 子供の頃、バーハルを聞いたときから気になっていた事を話す。俺が聞いたり見たりしてきた物語では、勇者とか、魔王とかを召喚するのに対し、ここでは何故、達人なのかを。


「普通は勇者を召喚すると思うんです。でも勇者は、自分やや仲間だけで敵に立ち向かいますよね。でも達人は、その技術や知恵を分け与えて後世に語り継いで、みんなで立ち向かう。だから達人なんだろうなって」

「で、私にもそれをしろと?」

「はい、あなたはそれをしたいと思っている」

「何故そんなことが分かる」

「俺は、日本でのあなたを知っているから」

「なんだと?」


 一呼吸おいて話す。呼び覚ました記憶。これがきっかけになれば良いが……。


「除草剤、開発してましたよね?」


 一瞬空気が凍ったように感じた。


「お前、なんでそれを……」


 前の世界で見たことがあった。『雨森賢治』の名前。田植えの時期、よくお世話になった除草剤の箱に書いてあったのを思い出した。その人が気になって、ネットで調べたこともある。出てきたのはたくさんの論文だった。調べた事を知ってほしい、伝えたいと思っていた何よりの証拠だ。


 賢治さんは「はぁ」と大きなため息をつくと、観念したように呟いた。


「分かった、やるよ、雨降らすの」

「本当ですか!?」

「あぁ、でも1つ条件がある」

「なんですか!?」

「お前も召喚されたんだろ?」

「いえ、俺は召喚されたわけでも、何かの達人でもないですよ」

「は?」

「俺はおそらく、転生してこの世界に来ました」


 正直にそう話すと、驚いた様子で距離を詰めてきて、笑った。


「面白い、面白いぞ。条件は、お前をとことん調べさせろ!!!」


 その瞬間、俺は勝ちを確信した。最後のカードを切ることなく賢治さんから引いてきた。もともと、交渉がうまく行かなかったら俺の転生の事を出そうと考えていたのだ。

 俺は力いっぱい「もちろん」と言ったのだが、賢治さんが言った次の言葉に俺はひっくり返る。


「まぁ、もともと開発は進めていた。国から要請が来て、王様じきじきに頭を下げてきたからな」


 俺の負けやないか!!!





 それから、アリア達を呼んで魔力と科学の実験が行われていった。俺も出来るだけ力になれるように、ブロードさんと大人しく隅っこで雑談をした。



 それから3日後、賢治さんが声をかけてきた。


「もうすぐ、上手く行きそうだ。でも成功に繫がる2つ条件がある」

「どんなものですか?」

「1つは、風が出来るだけ無い場所だ」


 なかなかに難しい条件だ。なぜなら、この国は海に囲まれているため、どこに行っても風がある。昔、藁を燃やして灰を作った時、ひどい目にあったのを覚えている。そんな地理上、無理がある条件をクリアできる場所なんて、そうそう無い……だろう……?


「ん? 待てよ……」

「どうしたの?」


 アリアが不思議そうに俺を見ているが、俺は過去の記憶をぐるぐるとさかのぼっていた。藁の灰を作った時。山菜を取りに行って魔獣に襲われたんだよな……。たしかあの時、どこかに落ちて、植物の生えてなかった場所があったような。

 原因は不明って言ってたよな。でももし、環境が影響していたら。


「ある! 風がない場所!」

「本当か?」


 あの場所は植物が極端に生えてなかった。植物は適度な風通りが無いと、上手く生きていくことは出来なかったはずだ。風が無いのだとしたらあの場所しかない!


「でも、小さい頃に行った場所だから行き方が分からない」


 だが手がかりはある。冒険者の二人、名前は確か、えーっと。


「マルコさんとアヤさん! その冒険者に聞けば分かる! ブロードさん行こう!」


 ブロードさんを連れて外に出た。きっとこれでみんなを助けられる。




『言わないで良いの? 条件』

『あれは可能性の話だ。まだ決まったわけではない』







 ブーロドさんと町に出たが、どこに冒険者が居るのか、俺は知らない。


「そうだな、一番早いのは冒険者ギルドか冒険者食堂かな。そこに行けば情報が見つかるよきっと」

「すぐに行きましょう!」


 ブロードさんに案内してもらい、まずは冒険者ギルドに向かう事となっが、そこでは見つからなかった。それに、今の居場所も分からないとの事だった。それでとりあえず冒険者食堂とやらに向かった。といっても目の前の建物なのだが。


「冒険者食堂って、冒険者の人しかしか食べられないんですか?」

「そんな事ないよ。でもそこで食事をする冒険者は安く食べられるから、ほとんど冒険者だね」


 そこに今でもご飯があるのかは分からないが、マルコさんか、アヤさんが居ればいい。それだけを願った。


 ブロードさんの後を歩き店に入る。机や椅子がたくさん並んでいて、コバトさんのお店とは打って変わっておしゃれっ気は無いが、人が居れば賑やかなお店のようだった。


「マルコ、飲みすぎ! いつまでここに居るつもりなの」

「っるせぇ」


 そんな声が聞こえたのはカウンター席に居る男女だ。そして、俺はすぐに分かる、懐かしいあの二人!


「マルコさん! アヤさん!」


 大きな声で呼びかけると、二人は誰? というような感じでこっちを見た。俺は急いで駆け寄る。


「お久しぶりです! 小さい時に助けてもらったアグリです」


 胸を張って伝えると「アグリ!?」と、とてつもなく大きな声が響き驚いた。


「おうおう、大きくなったな! 元気にしてたか?」

「はい! おかげさまで!」

「アグリ、また会えて嬉しいわ」

「俺もです、アヤさん!」


 再会を少しの時間楽しんだ。マルコさんは相変わらずで、髪がぼさぼさになるまで撫でながら言った。


「嬉しくて酔いが覚めちまったよ、で、ここへは何しに来たんだ?」


 マルコさんからそう聞かれ、状況を説明した。


「それで、助けてもらったあの場所に連れて行ってほしいんです」

「なるほどね、そういう事なら任せろ」

「お願いします」


 2人はすぐに了承してくれた。ブロードさん、マルコさん、アヤさんを連れて賢治さんの部屋に戻り、今後の計画を立てた。


「アグリは先に帰った方が良いと思うわ」

「そうね、私もそう思う」

「なら2組に分かれるか」


 俺がしばらく家に帰ってない事や、山での準備もある事を考えてくれて、分かれて行動する事となった。


「なら僕は馬車を出すよ。先に準備をしてくるね」


 ブロードさんが外に出て行き、1組目の出発の準備が始まった。ブロードさんってお金持ちなのか? 何者なんだろうか。


 1組目は、俺、アヤさん、ブロードさんで向かい、例の場所を、平坦にする仕事をして待つことになる。残りの、アリア、マルコさん、雨森賢治さんが装置を持って山に来る計画だ。


 ブロードさんの準備が整って出発する時、アリアが急ぎ足で来た。


「アグリ、これ読んでおいて。あの人が作った装置の説明」

「分かった、ありがとう」

「また、明日ね」


 アリアが手を振ると、ブロードさんが馬に合図を出し、動き出した。


 忙しい数日間だった……。でもやりきった! 俺に出来る事はすべてしたつもりだ。あとは成功を祈るだけ。


「アグリ、休める時に休んでおきなさい」


 アヤさんに「はい」と頷く。でも、暗くなるまでに、あの紙に目を通しておかなければ。ポケットに入っている、説明書を開く。上から読み進めていくと、改善点と記された場所があった。


「えっ……、そんなの無理じゃん。出来るわけないよ!!!」


 そこにはこう書かれてあった。


『電源スイッチを入れる人員が必要。幾度ものシミュレーションの結果、命の保証は出来ない』



Next:決断の責任

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