ただいま
「まぁまぁ、アグリ。座りなさい」
「いや、お、俺はここで……」
俺は今、父から怒られようとしている。というのも麦刈りに行く許可を出す条件として出されたのが、寄り道しないで帰ってくると言うものだったのだ。それがアリアの店に到着したとたんバレてしまった。
「どうだった? 麦刈りは。しっかり働いたか?」
「う、うん。みんな喜んでくれた」
「そうか、良かったな」
父の顔を想像する事しか出来ない。会話が止まり息苦しい。怒るならさっさと怒ってくれた方がまだマシだ。
「アグリ、大丈夫よ」
店の奥からクスクス笑いながら、アリアがお茶を持って出て来た。大丈夫? なんの事だろうか。
アリアは笑いを堪えながら話してくれた。
「私がね、アグリが帰ってくる日、絶対家に来るからって言っておいたの。向かう時、魔石渡したでしょ?」
「うん」
「アグリだったらお礼を言いに来るから、許してほしいって伝えたの」
なるほど、そういう事だったのか。た、助かった。アリアに感謝だ。
「まっ、そういう事だ。今回はアリアちゃんに免じて許可したから安心しろ」
そっか、良かった。何だか安心したら力が抜けてしまい、椅子に座り込んでしまった。
「アグリ、おかえり」
「うん! ただいま!!!」
その後、アリアの店で少し休ませてもらった。まだ家じゃないのに帰ってきたような安心感を得られた。
「そういえばアリア、この魔石って何だったの?」
首に掛けた魔石をアリアに見せる。大切にしてきた魔石。返した方が良いのだろうか。
「効果あった?」
「えっと……、なんの?」
するとアリアは「えー」とあからさまなジト目で見てくる。「はぁ」と息を漏らしてから説明してくれた。
「体使って疲れると思ったから、回復補助を掛けておいたのだけれど?」
回復……、回復……?
「まぁ、治癒じゃないから完全に治すものじゃないけれどね」
「あぁ!」
俺は思い出した。あの筋肉痛。一晩と午前中で回復したのは、若さだけじゃなくてアリアの力もあったらしい。
「効果あった! 本当に助かった」
アリアは呆れと嬉しさとを混ぜたような声で「良かった」と呟く。
「これ、貰っていいの?」
「別に良いけど、そのうち効果は切れるわよ?」
「うん! それでもいい。大切にする」
「なら、持ってると良いわ」
しばらくアリアと話していると父が「そろそろ行こうか」と立ち上がる。俺は頷き、準備を始めた。
「ありがとう、アリアちゃん。世話になったな」
「いえ、またお越しください」
荷物をまとめて俺も椅子を戻した。いつもはアリアと長く一緒に居たいと思う所だが、今日は違った。
「そういえばアリア、シャウラさんに会った」
「シャウラ!?」
「うん?」
「何もされなかった?」
「え、何も? でもアリアの事言ったら助けてくれたよ」
すると、アリアは疑うように「あの子がねぇ?」と呟いた。俺は時間も無かったので、そのことはまた話に来ると伝えて店を出た。
無事に馬車に乗ってクラリネを後にした。
「お母さん、元気?」
馬車の中、父に聞いてみると母のことについて話してくれた。
「アグリが行ってから、クラリネの病院で診てもらった」
「どうだったの?」
「原因不明だそうだ、薬は貰って楽にはなったそうだが、病気が治る訳じゃないからな」
原因不明の病気……。どんな検査をしたのかは分からないが、前の世界にあったMRIやCTなどは存在しない。薬と言っても痛み止めみたいな物だろう。母の年代で女性がなりやすいと言ったら……。乳がん……、子宮頸がん……。いや……、考えたくない。止めよう、今から久しぶりに会うんだ。笑顔で、ただいまって言おう。
それから数十分。家に到着した。
「お母さん!」
荷物をその辺に放り投げて、両親の部屋に向かう。ドアを開けるとベッドの上で本を読んでいた。
「お母さん、ただいま!」
「おかえり、アグリ」
母の優しい腕の中に包まれる。
「どうだった? お仕事出来た?」
「うん、みんな良い人で楽しかったよ」
「そう、良かった。無事に帰ってきてくれて安心したわ」
母は……、弱っていた。一週間会わなかったから、余計にそう感じるのかもしれないが、明らかに、確実に弱っていた。
「アグリ? 何かあった?」
「ううん、大丈夫。今ご飯作るから待ってて」
その後、父と一緒にご飯を作る。久しぶりの三人での食事は楽しくて、思い出話をたくさんした。父も母も楽しそうに聞いてくれた。
こんなにも帰ってきたいと思える家庭に生まれてこられて感謝だ。いつか両親もジンさんの家に、遊びに行きたいな。
食べ終わって母は早めに休んだ。食事の片付けをしていると、真剣な口調で父が話し始めた。
「アグリ、お母さんに出来るだけ負担を掛けさせたくないんだが、どうだ?」
「うん、賛成」
「そうか、嬉しいよ。それで、お父さんの畑も世話を頼むことも増えるかもしれない」
分かってる。それが結果お母さんの助けになるなら、なんだってやる。俺は父の目をまっすぐ見て頷く。
「ありがとう。頑張ろうな」
お母さん。この世界に産んでくれて感謝しきれていない。絶対このまま終わらせない。必ず。
「そういえば、ルツから手紙が来ていたよ。夏休みに帰ってこれるって。日が分かったら迎えに行ってくれるか?」
妹が帰ってくる! 魔法を学んだ妹なら何とかなるかもしれない。アリアにも聞いてみよう。きっと助けてくれる。
久しぶりの自分の部屋で、鞄の中を片付けていた。
「服、明日洗わないとな。――何これ……」
鞄の奥に湿った布があった。少し湿っていて汚い。
布を恐る恐る開くと思い出す。
「すっかり忘れてた! しそ!」
小屋の隅で見つけたしそ。すっかり忘れ、しなしなになっている。戻るか分からないが急いで世話を開始した。
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