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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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麦の収穫お手伝い Ⅷ

 清々しい朝、昨日の雨もあり少しひんやりして、とても心地いい。雫が葉から落ちるのを合図に体を動かした。


 ジンさんの家に来て六日目、今日がここで働く最終日だ。明日の朝には部屋を片付けて、家に帰る。しっかり働こう、そう心に決めて外に出た。




 ジンさんに予定を聞きに行った。雨が降り続いたため、予定していた脱穀は難しいだろう。


「アグリ、今日も頼んだ」

「はい、任せてください!」


 案の定、今日も麦刈りで一日が終わりそうだ。農業は基本繰り返し作業だ。自然の気分に左右されながら、いかに去年と同じ作業が出来るかにかかっている。自然に抗うことなく、共存することによって最大限の恩恵を受けることが出来るのだ。なんて事を偉そうに思いながら、指示された田んぼに向かっていた。

 俺が来た時よりもずいぶんと麦刈りが進んでいる。ジンさんによると六割くらいは終わったそうだ。少しは俺も、役に立てていればいいが。


「やるか!」と気合を入れて麦刈りを開始する。


 ザクッ。ザクッ。


 次々と鎌の刃を入れていく。続けて何株も刈っていくと、穂が藁から落ちる事がある。いわゆる落穂だ。

 むかしむかし、とある国ではこの落穂を貧しい人に残しておくため、農家は拾ってはならないという法律があったらしい。ここではどうなのか知らないが。俺の田んぼで実施しても良いかも。


 穂が落ちた藁を手に取ってなんとなく鎌で切ってみた。すると十五センチ程の細い筒が出来る。


「これって! 」


 思い出した、前から気になっていた事を。この長さ。この形状!

 早速水を持ってきて藁を入れ、口を付け吸ってみる。


「おぉ。完全に、ストローだ!!!」


 これは良い! ポイっと畑に捨てたって土に戻るだけ、ゴミにならない。ジンさんに頼んで少し持って帰ろう。テンションが上がり、どんどん仕事を進めていった。



 夕方ジンさんに、麦も藁も好きなだけ持っていって良いと言われ、自分の分を収穫していた。さすがに麦をそのままごっそり持っていくのは申し訳ないので、麦は落穂を拾った。刈り終わった田んぼを歩き回り一キロほど集めることが出来た。藁も稲架の近くにたくさん落ちていたのを拾ってきた。




「アグリ! なんかすごいな。全部持っていくのか?」


 帰り道ケンさんと会い、話しながら歩く。袋にはたくさんの麦を、肩には藁を乗せている俺に驚いていた。


「ジンさんのお言葉に甘えてたくさん採っちゃいました」

「落ちたやつだろ? そんな事で遠慮しなくて良いのに」

「ありがとうございます! でもこれで十分です」


 ケンさんは「そうか?」と首を傾げて不思議そうに返事してきた。


「そういえば、アグリが手伝ってくれた田んぼ終わったよ」

「おぉ、良かったです! 明日、別の田んぼに移れますね」

「いや、まだ干してない」


 ズコーと転びそうになったのを何とか堪える。


「アグリは? どこまで行ったの?」

「今日言われた田んぼは刈り終えましたよ、もう縛ってあるので後は干すだけです」


 「すげー」と関心するケンさんを横目に玄関のドアを開いた。持ってきた藁と麦を明日持って帰るため、整理しておく。



 この家族と一緒にご飯を食べるのも、今日と明日の朝で最後。寂しく思いながら口に運んでいると、その気持ちが分かったのかターナさんが声をかけてきた。


「またいつでも、いらっしゃい」

「そうだ、アグリ。仕事じゃなくても遊びに来たらいい」


 嬉しい言葉を貰った。自然と笑みが零れてしまう。


「ありがとうございます、友達も紹介したいです」

「あぁ、それは良いな。楽しみにしている」


「アグリの友達はどんな子?」


 エブリイさんは自分の子供の頃を思い出すように言ってきた。


「1人はロット、元気でとっても賑やかな子なんですけど優しい子です。他にはリユン。この子は今建築の勉強をしに行ってます。すごく器用で丁寧な子です。後はジュリですね。小さいころお父さんが亡くなってしまったんですけど、立派に前を向いてお母さんの手助けをしています。とっても頭が良くて計算するのが早いんです」


 気付けば、友達のことを語ってしまっていた。見上げるとジンさんたちは俺の話を楽しそうに聞いてくれている。


「そっかぁ、会ってみたいな」

「あぁ、いいお友達だ」

「次は四人で俺の仕事を手伝ってくれ」


 笑いに包まれたその空間は何にも代えがたい時間だった。また必ず会いに来ます。



 食事が終わって自分の部屋で荷物をまとめていた。この部屋も今日でお別れ。最初は起きた時に戸惑うほどだったが今ではすっかり板についていたので、また寂しい気持ちになってしまった。


「そうだ、エブリイさんに渡さなきゃ!」


 そんなしんみりしている暇はない事を思い出す。

 俺は例の紙を持って、エブリイさんの部屋に向かいドアを叩く。


「エブリイさん、アグリです」

「入っていいよ」


 返事が聞こえて部屋に入った。

 片付けた直後にも関わらず、すでに服が床にあるのは何でだろうか。


「どうしたの?」

「これを渡したくて」


 エブリイさんに紙を渡す。不思議そうに受け取って、広げ始めた。


「最初は絵本の内容を考えていたんです。でもそうじゃないなって」

「というと?」

「俺がジンさん家族に接して感じた事、エブリイさんやケンさんが考えてることをそのまま絵本にして、将来子供にも俺と同じ事を感じてほしいなって思ったんです」


 一呼吸、ゆっくりと置いた。


「エブリイさんが思ってるよりも、エブリイさん含めジンさん家族ってとっても素敵な人達だと感じたから」


 嘘やお世辞ではない、素直に感じたことをエブリイさんにぶつけた。エブリイさんは俺の言葉を聞きながら、紙の言葉を読んでいく。書いたものを目の前で読まれるのは恥ずかしいが、嬉しくもあった。それはエブリイさんがお礼を言ったからではなく、エブリイさんの目に涙が浮かんでいたのだから。


 俺が思うに、エブリイさんは人に見られる努力を嫌う。絵を隠れて練習してまだ渡せていないのも、絵本の存在を隠していたのもそうだろう。だからこそ、誰よりも努力できるのだ。だからきっと、絵本も完成させられる。そう確信した。



「アグリ、私頑張るね、また挑戦してみる」

「はい!」






 楽しい一週間だった。いろんな経験をした。新たな出会いもあった。俺には特別な力はないけれど、こうして愛し、慕ってくれる人が居る、それだけで原動力になる。そんな気がする。



「アグリ、助かったよ。来てくれて本当にありがとう」

「俺も来てよかったです。お世話になりました」

「少ないが受け取ってくれ、今週の給料だ」


 差し出された紙の封筒を受け取る。


「ジンさん、ちょっと、さすがに多すぎます」


 中は見ていないが厚さで分かる。思っていたより格段に多い。


「受け取ってくれ。ケンのも手伝ってくれたからその分だ。大丈夫、その分ケンの給料から引いとくから」

「えっ、そんな!?」


 それなら仕方ない、なんて思ってしまった。でもジンさんがそう言うなら甘えるとしよう。また手伝いに来ればいい。


「アグリ、そろそろ行かないと馬車に間に合わなくなるわ」

「そうですね、じゃあ、そろそろ」


「ジンさん、ターナさん。ケンさん、エブリイさん。メイドの皆さんも、お世話になりました。また必ず来ます」


 一人一人にハグをして回った。


「あぁ、待ってる」

「またホットケーキ食べさせてね」

「また俺の手伝いに来てくれー。待ってるからな」

「アグリ、いろいろありがとう。やってみるね」


 俺は持って帰る麦や藁。鞄と、ターナさんが持たせてくれたお土産を持ち上げる。


「ありがとうございましたー!」


 大きく手を振り歩き出した。振り向くとみんなまだ見送ってくれている。たった一週間だが、俺にとって最高の時となったのは間違いないだろう。


「また会う時、助けになれると良いな」





 予定通りの馬車に乗り、クラリネに向かう。

 馬車に乗って思い出す。首に掛けてある貰ったネックレス。これはいったい何だったのだろうか。クラリネに着いたら、アリアに聞けばいいか。父には寄り道せずに帰ってこいと言われたが、せっかく応援してくれたのだ、お礼を言うのも礼儀だろうし、そのくらいバレはしないだろう。




「アリア、ただいまー! 帰って……」

「おっ、アグリ、寄り道か?」

「さよなら!」


 俺は逃げるように店を出たのだった。


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