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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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麦の収穫お手伝い Ⅶ

「雨だ……」

「雨だな」


 お世話になってから五日目、雨が降っていた。稲架に掛けた麦はそのままにしてある。少量なら小屋に入れたりして避難させるが、ジンさんのように大規模だと出したままにして追加で二、三日干すことになる。最終日に脱穀出来るかもしれないとジンさんは言っていた。この雨だとどうなるか分からないが……。


「しかたない、今日は休みにするか」

「何か出来る事はありませんか?」


 昨日はいろいろあったものの、仕事自体は比較的簡単な仕事だった。休むほどでもないので、何かしたいと思っていたが……。


「そうだな……、雨が弱くなったらお願いする」

「分かりました!」


 ジンさんと窓際で話してるとテーブルにいる二人から歓喜の声が上がった。


「やった、休みだー!」

「もういっかい寝てこよー」


 そう喜びの声を上げたのは、ケンさんとエブリイさん。

 俺も朝ごはんを食べて部屋に戻る。目的は絵本。後2日で内容を固めないといけない。紙切れを机に置いて鉛筆を手に取る。


「んー、やっぱり出だしは、むかしむかし、あるところにかな?」


 なんて考えていると、すぐに時間は過ぎて行った。





 もうすぐお昼。米を炊く香りで気付いたが、何か嫌な匂いもしてきた。周りの空気を意識的に吸ってみる。


「焦げ臭い……」


 大丈夫なのか、少し心配になって来た。急いで台所に向かうと、真っ黒なご飯の前でメイドさんが平謝りしている。


「申し訳ございません。少し目を離したらこんなことに……」

「まぁ大事にならなくてよかった。次から気を付けてくれ」

「はい……」


 しかし、ご飯がなくなってしまった。メイドさんは丸焦げの鍋を処理している。


「んー、どうしたものか」

「これからもう一度ご飯を炊くんですか?」

「いや、それがな。雨が弱まったら、小屋まで取りに行ってほしいとアグリに頼もうとしてたんだ」

「ということは……」

「今、米がない」


 そういうことだったのか。今からでも取りに行こうか。いやでも、雨は強く米を濡らすのは……。


「パンを焼くのはどう?」


 エブリイさんが自信満々に言い放った。


「エブリイがしてくれるのか?」

「いやだ」


 「しないんかい」と心の中でツッコミを入れながら、何か力になれないかと考える。

 パンか……、ってことは小麦ならあるわけだな。普通のパンだと時間がかかるし、簡単に焼けるパン……。簡単に焼ける……。

 ボソボソ呟きながら、台所の棚の材料を確認してみる。砂糖に卵も置いてある。後は、牛乳……。


「あっ! 出来る!」


 良い事を思いついて声を上げた。


「ジンさん。ご飯の変わり、俺が作ってもいいですか?」

「アグリ、出来るのか?」

「はい、簡単な物ですけど、出来ます。材料お借りします」

「それは楽しみだ、頼んだ」


 ジンさんから料理の許可を貰う。あまり満足に働けてないし、少しでも恩返しをしないと。


「わ、私もお手伝いします」

「ありがとうございます」


 メイドさんがいるなら心強い。まぁ、子供でも作れる簡単な物なのだが。


「私は見てるね」


 何が合っても自分を曲げないエブリイさんは、素晴らしいと思えてきた。




 すぐに手を洗い、料理の準備をする。


「何を作るんですか?」

「パンですね、でも簡単に出来るので安心してください」


 材料はいたってシンプルだ。小麦粉・卵・砂糖・ミルク。ベーキングパウダー……。

 俺は木製のボウルに材料を入れた。


「まず、小麦粉と砂糖を入れて軽く混ぜてください」


 メイドさんは指示の通り混ぜ始めた。慣れた手つきで素早く混ぜてくれている。


「次に、ミルクと卵を入れてよく混ぜてください」


 メイドさんが混ぜている間に、ベーキングパウダーなるものを探したがあるわけもなく。何か膨らみそうなものはないだろうか……。膨らむ、ふわふわ、泡?


「あ!」

「ど、どうしたんですか!?」


 思わず、驚かせてしまうほどの声が出てしまった。成功するか確証はないが、やってみる価値はありそうだ。

 俺は卵を手に取り、割って黄身と白身に分けた。白身部分をフォーク二本を使ってかき混ぜていく。泡だて器がないからフォークで代用だ。しばらく混ぜると見事なメレンゲが出来た。


「よし!」

「このメレンゲをその中に混ぜ合わせてください」


 メイドさんにお願いして混ぜてもらう。とっても良い感じだ。食欲をそそる綺麗な黄色の生地。程よい弾力があって水分量もちょうど良さそうだ。


 魔石で火を着け、鉄製のフライパンに油を少しひいて温める。


「このくらいで良いですか?」

「ありがとうございます、十分です」


 準備ができた。しっかり温めたフライパンを、用意しておいた濡れ布巾に一度置いてから、生地を流し込んだ。


「いい匂いね」

「もうすぐ完成です」


 両面良い感じに焼き色が付いて、ホットケーキの完成だ。



「お待たせしました! ホットケーキです。お好みでバターやはちみつをかけて食べてみてください」


 後はメイドさんに人数分作ってもらった。一度教えただけだが、さすがメイドさん。完璧に作って持って来てくれる。


「アグリすごい! 美味しそう」

「本当だ、いつもの硬いパンとは違って美味そうだ」


 みんな褒めてくれてほほが緩む。このくらいしか今日は出来なかったが、また美味しい物を作りたいな。


「熱いうちに食べてください」

「いただくよ、ありがとう」


 そう言ってみんな思い思いに食べ始めた。美味しそうに頬張ってくれている。俺もみんなに続いて口に入れる。


「うん、美味しい!」

「ホント、美味しいわね」

「ふわふわだ」


 メレンゲが上手くいったみたいだ。ふわふわの寿命は短いだろうが、喜んでくれてなにより。隅っこの方を見ると、メイドさんもほほを丸くしていてご満悦だ。良かった良かった。




「ありがとうなアグリ、助かったよ」

「みんな喜んでくれて僕も嬉しかったです」




 夕方になってから、やっと雨が弱くなった。小屋にお米を取りに行くため、ケンさんと歩いていた。


「ここだアグリ」


 案内された小屋に入ると米が紙製の袋に入って積んであった。米俵じゃないのかと思ってしまった。紙は簡単に手に入るので、効率が良いのかもしれない。


「1個ずつ持って行こう」


 小屋の中に入り積んである米の一番上の物を下し始めた。

 ケンさんが運び出す準備をしていると、外の隅に見覚えのある葉を見つけた。


「ケンさん、少し待ってください」

「お、おい。どうしたんだ?」


 外に出て小屋の裏に急ぐ。水溜まりも気にせず、突き進んだ。


「あった! やっぱり、赤しそだ!」


 緑色の茎に濃い紫色の葉をたくさん付けた植物、赤しそ。この世界では初めて見る。もしかしたら、地元には生えていないのかもしれない。


「アグリ? なんだそれ」

「赤しそです、これ帰る時に持って帰っていいですか?」


 ケンさんに頼み込んだ。ここに生えてる数は少ないが、何年か大事に育てて種を取れば増やせるだろう。


「あぁ、たぶん良いと思うぞ、使ってるの見たことないし」

「ありがとうございます!」


 しそを育てるとして……。アレも探さないと。

 俺はうきうき気分で米を持って道を歩く。米を持っているが重さは感じない。足取りが軽い。


「おーい、滑るぞ」

「大丈夫ですって」


 この後、案の定転んでしまった。米の袋がドロドロになってしまったが、ケンさんが身代わりになって怒られてしまったのだった。



 夜は無事にご飯を食べることができ、俺は絵本の内容を考えるため自室に戻っていた。

 テーマは決まったものの、絵本なんて考えた事もなく。苦戦して、筆が進まない。


「まぁ、とりあえず、何でも書いてみよう」


 そう思って、深く考えず書いてみることにする。


 いじめられっ子の女の子が絵描きを目指す話。

 ミミズがドラゴンを倒す話。

 おばあちゃんから勇気を貰ってコンクールに出す話。

 カメを助ける話。

 鬼を倒す話。


「なんかちがーう!」


 考えれば考えるほど話が逸れて行く。


「どうするかなぁ」


 天井を見上げ、ケンさんやエブリイさんの事を考える。ふと窓から外を覗くと暗闇に包まれ、雨の音は消えていた。


「もうこんな時間か」


 明日は仕事が出来そうだ。水だけ飲んでもう寝よう。



 台所に向かう廊下を歩いていると、扉から灯りが漏れていた。誰か居るのだろうか。ちょっとどきどきしながらドアを開けると、そこにはエブリイさんが机に向かっているのが見えた。真剣な目つきで、集中している。こんな夜に何を……。


「絵だ、絵を描いてる」


 右手には筆のような物を持っているのが見えた。そっか、やっぱり挫折したわけじゃ無かったんだ。俺は急いで自分の部屋に戻ってエブリイさんに伝えたい事を紙に書いた。絵本の内容を細かく書くんじゃない。エブリイさんが、誰よりも努力家で誰よりも一生懸命で、誰よりも優しく、唯一ケンさんを救った存在。そのことをエブリイさんに伝えて、絵本にすれば良い。エブリイさんの全ては知らないけれど、エブリイさんなら、きっかけがあるだけで必ず完成出来る。


 俺は、この数日間で得られたこと、感じたことを書いた。これを見たエブリイさんが自分の子供にも伝えたいと思えるように。この家族に生まれてきてくれてありがとうと、胸を張って言えるように。



 だって、俺がこの家族と出会えて良かったと、心から感じているのだから。


Next:麦の収穫お手伝い Ⅷ

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