麦の収穫お手伝い Ⅵ
「アグリ、今日はケンを手伝ってやってもらえるか?」
「はい! 分かりました」
「すまんな。あいつの田んぼ、まだ一枚も終わってないんだ」
夜が明けて仕事に出ると、指示を受けた。ケンさんの田んぼの場所を聞いて向かおうとすると、ジンさんから「ちょっと」ともう一度呼び止められる。
「ケンの田んぼがひと段落付いたら、ターナと買い物に行ってくれるか? 荷物持ちを頼む」
「分かりました」と返事をして、歩き出した。
今日はケンさんと仕事ができる。エブリイの絵本のアイディアが貰えるかもしれない。そう思いながらケンさんが居るであろう田んぼに着くが、見当たらない。刈る予定の田んぼを見ると、四隅に少しだけ刈ってある麦が転がっている。
「ケンさーん?」
呼んでみても返事はなく、仕方なく俺は作業を始めた。
中途半端に刈られた麦を干すために集める。いつ刈った物なのか、田んぼに置かれた麦は湿っていて少しぬるぬるしていた。そのため、習ったよりも少しだけ量を少なくして縛っていく。全てまとめてから、麦刈りを再開した。
ザクッ。ザクッ。
気持ちの良い音が朝の澄んだ空気に響く。日が徐々に高くなり影を伸ばす。作業をするにはちょうどいい気温だ。
俺が最初に仕事を貰った田んぼより大きな物だが、ケンさんが現れるまでに半分は刈り終わった。
「あれ? アグリ? 何してんの?」
俺がジンさんの家に来てルールを教えてもらったが、その時ケンさんが怒られると言っていた意味が今、分かった気がする。
「ジンさんからここを手伝ってくれって頼まれまして」
「そうなんだ。ありがとう」
「ケンさんは何してたんですか?」
大体予想はしていたが一応聞いてみる事にした。
「寝てた」
知ってた。
「朝、苦手なんだよね」
「そうなんですね、人それぞれ得意不得意ありますもんね」
フォローはしておいた。俺も前の世界では仕事が嫌で嫌で、起きる事が辛かったので気持ちは分かる。
「父さん何か言ってた?」
「ケンさんの田んぼ終わらないと帰れないそうです」
「え!?」
「冗談です」
「びっくりした、本当かと思って焦っちゃったよ」
「でも、早く終わらせてほしいみたいですよ」
「じゃあ、やるか!」
それはこっちのセリフだとか思ってしまったが、ぎりぎりの所で言葉を飲み込んだ。やっと2人で鎌を握り刈り取っていった。
ザクッ。ザクッ。
ふと、麦の藁が気になり手が止まる。藁は筒状になっていて何かに似ていた。それは前の世界では日常的に使われていた物だと思うが何だったか。これでもこの世界に来て十年以上、忘れてる物も多いのかもしれない。
「なぁ、知ってるか? この国のことわざ」
「ことわざですか?」
ここにもそのような言葉が存在するのか。初めて聞いた。
「どんなことわざですか?」
ケンさんは得意げな顔をこっちに向けて指を立てて話し始めた。
「自分で蒔いたものは、必ず自分で刈り取る」
ケンさんは「どう?」と自信満々でこっちを向くが、俺にはなんとなく聞き覚えのある言葉だった。
正確な言葉は忘れてしまったが、当たり前じゃないの?と思ってしまう。でもそんな俺を放って、ケンさんは解説を勝手に始める。
「麦や野菜も、もちろん当てはまる。でもこの言葉は日常にも使えるんだ」
「どういうことですか?」
「良い行いって種を蒔いたら良い行いを刈り取れるんだ。逆に悪いことをした奴は必ず悪い物を刈り取ることになるって事だな」
なるほど、そう考えると確かに良い言葉だ。でもその言葉がケンさんの口から出るのには違和感が……。寝坊を蒔いて溜まり続ける仕事を刈り取っている、なんて絶対口には出さないが。
「って、ケンさん手を動かしてくださいよ、午後は俺手伝えませんよ」
「えっ!? 手伝ってくれるんじゃないの?」
「ターナさんが買い物に行くので荷物持ちを頼まれました」
「なんだよそれー」
俺も手伝いたいがジンさんからの指示だからしかたがない。出来るだけ力になりたいので、その後はあまり会話せず作業に集中した。
「ケンさん、エブリイさんはどんな人なんですか? どんなところが好きで結婚を決めたんですか?」
「おっ? なんだアグリ。そんな相手でも居るのか?」
午前の作業が終わり、近くの小屋でご飯を食べながら話を聞いてみる。何か絵本のアイディアが貰えるかもしれない。
「そんなんじゃないです、真面目に聞いてるんです」
ケンさんは「そうか」と笑いながら照れくさそうに話してくれた。
「俺とエブリイは幼い頃に出会ってたんだ。きっかけが何だったかは忘れちまったけど、俺もエブリイも村の人からの評判は悪かったのを覚えてる」
「評判ですか?」
「あぁ、エブリイは何をやってもだめだったんだ。字を書くのも下手、俺も読めなかったよ。本を読むのも苦手だったし、かけっこをしてもすぐ転ぶし、川で遊ぶと溺れて死にかけるし。エブリイにおもちゃを貸すと壊れて帰ってくるって言ってた奴も居たな、笑えるだろ?」
正直笑えない……。でも、村の人たちからはきっとそうゆう目で見られていたのかもしれない。
「でも……、あいつは諦めなかった。笑われても、無駄だって言われても、何の役に立つんだってあざけられても、あいつは挑戦を辞めなかったんだ」
「挑戦?」
「そう、いろんな事を挑戦した。花を育ててみたり、見た事のない虫を探してみたり、店を出すって言ったり、冒険者になるって剣や魔法の練習もしてたな」
「それでどうなったんですか?」
「絵を描くのに熱中したんだ」
絵……、きっと俺が見せてもらった絵だ。挫折してしまったって言ってたけど……。
「俺が田んぼを手伝ってる絵を見せてもらった時は、それはもう感動したよ。自分で目標を立てて長い時間練習して描いてくれたんだ」
ケンさんは思い出すように空を見上げた。俺もその絵を見た時感動した。ケンさんと同じ感情を持ったんだ。
「でもその絵を俺は貰ってない……」
「え、どうしてですか?」
「本人は失くしたって、また描くから待っててって言ってるけど、違うんだ」
「どういうことですか?」
「昔、エブリイは描いた絵をたくさんの人に見せてアドバイスを貰ってたんだ、少しづつ上手くなっていくエブリイの絵を面白く思わないやつが居たんだ。そいつに……」
だから、俺にも挫折したって言ってたのか。でもあの絵は?
「それからエブリイは絵を描いていない」
「そうだったんですか……」
「でもな、アグリ。そんな経験をしたエブリイでも誰も持っていない物があるんだ、それが俺をエブリイと惹き合わせた」
「誰も持ってないもの?」
「あぁ。それは、挑戦し失敗した経験だ」
「失敗した経験……」
「エブリイが挑戦した物の中には上手くできなくて、傍から見れば無様に終わったものかもしれない。でも、エブリイは知ってる。挑戦してみて初めて理解する、大変な努力や根気。世の中にあるもの全て誰かが努力して練習して自分自身を磨いて出来たものだって事。それには、努力しても夢を叶えられなかった人が居ることも」
「エブリイさん……」
「エブリイは挑戦したからこそ、たくさんの人の気持ちが分かる優しさを得たんだ」
「すごいです」
「あぁ、俺もその優しさに救われた。ここで働こうって決める事が出来た」
ケンさんから話を聞いて、絵本の内容を思いついた気がした。何か、そんなエブリイさんの経験を使った絵本を!
でもその前に、気になる事がある。
「ケンさんが村の人からの評判が悪かったのは、どうしてなんですか?」
ケンさんはニヤケながら「俺はこんなんだから」とはぐらかされてしまった。聞きたかったが、本人があまり言いたくなさそうだったので無理に聞く事は止めた。
「それよりアグリ。買い物行かなくていいのか?」
「あぁ!」
話し込んでたらすっかり忘れていた。急がないと!
「早く行けよ! 母さんをよろしくな!」
「はーい!」
俺は手を振りながら走る。
良い話を聞けた。『挑戦』をテーマに絵本を考えよう!
「ターナさんごめんなさい、遅れました」
息を整えながら焦って着替えた服を整える。
「大丈夫よ、どうせケンが話してたんでしょう。焦らなくて良いわ」
ごめん、ケンさん。あなたのせいになってしまいました。
「はい」
ターナさんと俺は市場に向かって歩き出した。
「歩いて行ける距離にあるんですか?」
「えぇ、そんなに遠くないわ」
と言われて早30分。遠い……。これ荷物を持って帰れるのだろうか、心配になって来た。
町に入ると大きな建物が目に入った。ドームの様な形。石で作ってあるのだろうか。
買い物の途中、ドームの近くを通った時に聞いてみる。
「ターナさん、この建物って何ですか?」
「あぁ、これは試験場よ」
「試験場?」
「そう、冒険者や魔法使いがここでテストを受けるの。中にたくさん魔獣が管理されてるのよ」
なるほど。そんな施設があるのか。妹もいつかここでテストを受ける事になるのだろうか。想像しか出来ないが、ちょっと怖いな。そんな将来を思い浮かべながら買い物を続ける。
「これで最後ね、持てる?」
「はい、大丈夫です」
腕いっぱいに抱えた荷物は、今にも落ちてしまいそうだが気合を入れてしっかりホールドした。30分の帰り道は、余計に不安になって来たが休憩を貰いながら帰ればいいだろう。
「あら、なんだか騒がしいわね?」
言われてみれば騒がしい。気になって辺りを見渡すと、さっき通ってきた訓練場の方からのようだ。よく見ると砂煙のようなものも見える。
「アグリ、巻き込まれると危ないから帰りましょうか」
「はい、行きましょう」
英断だ。急ぐに越したことはない。俺たちは家や店の少ない方から市場を出た。
しばらくするとさっきの判断が全て裏目に出たことを知ることになった。砂煙がこっちに近づいているのだ。
「ターナさん、ターナさんは俺に合わせないで先に行ってください」
荷物を持っていると、どうしても遅くなってしまう。遅い俺にターナさんは合わせてくれていたのだ。1人なら身を隠すのも容易い。でもターナさんは違った。
「だめです。半分持ちますから、一緒に行きますよ」
少しだけ軽くなった荷物を持ちながら走る。ふと確認のため後ろを見た。少しずつ砂煙が近づいている。その煙を起こしている物が何か分かる程に。
「嘘だろ……」
魔獣だ。見るのは初めてじゃない、そうあの時に……。
「アグリ! 走りなさい!」
俺は気付くと、持っていた荷物を全て落とし足が止まっていた。足が震え、一歩も動こうとしない。逃げても無駄だ。あいつはいつまでも追ってくる。逃げられない、もうおしまいだ。
「アグリ! アグリ!」
ターナさんの叫ぶ声が聞こえる、それは耳に届いている。でも振り向いて、逃げる事が出来ない。動けない。魔獣との距離が徐々に詰まっていく。足音が聞こえる、唸る声も聞こえる。恐ろしい、怖い、逃げなきゃ、ターナさんと一緒に。でも、でも!
「おい! 人がいるぞ!」
「なんでこんな所に……」
「人が居ない所に誘導したんじゃないのか?」
「とにかく急げ! 急げ!」
馬に乗ってる人が見える。だけど、間に合わないだろう。もう目の前に魔獣が来た。人間なんかが、あいつに敵う訳ない。
だが気付けば、俺の前にターナさんが立ちはだかった。魔獣を目の前に大きく手を広げ、ここは通さないと言わんばかりに叫び声を上げた。
魔獣が狙いを定めるように立ち止まり、太い腕を振り上げている。驚くほど冷静に、周りが見える。
「アグリ……、逃げなさい」
俺の瞳に映ったのは笑顔だった。そんな頬に見えるキラリと光る小さな雫。そんな光景を目にした時、俺の脳に音声が流れる。
『母さんをよろしくな』
ハッと目を覚まし自分に言い聞かせる。今まで何してたんだ俺は!!!
「動け動け動け俺の足!!!」
勢いよく走り出した。無我夢中でターナさんに覆いかぶさると、俺の頭の上を魔獣の爪がかすめる風を感じた。しかしまだ終わっていない。魔獣は左腕を上げこちらに目を向けた。
「逃げなきゃ……」
次は外さないと、魔獣の目が光る。
「真空梱包」
ターナさんに覆いかぶさりながら、力いっぱい閉じていた目をゆっくり開けると、魔獣の腕は見えない何かに当たり、俺たちの方には来ていなかった。魔獣はある一定の空間のみで怒り狂い、暴れている。何が起こったのか、状況が理解できなかった。
「おぉ、アグリ、借りは返せたな」
そんな声が聞こえ、見上げると馬に乗った小さい女の子がいた。
「シャウラさん!?」
シャウラさんの後ろからは続々と冒険者が続いて、状況を確認し安全を維持していた。
「怪我はないか?」
「俺は大丈夫、ターナさんは?」
「私も大丈夫よ」
良かった。間に合ったのだ。ほんの数秒遅れていたら、俺は一生後悔することになっていたかもしれない。俺が馬車に乗った時、シャウラさんに蒔いた種が、今刈り取れたのかもしれない。
「シャウラさん、あれ魔法?」
「そうだ、中に空気が入らないから、時機に大人しくなるだろう」
「もっと派手なの想像してました」
「アグリが何を思っていたのかは知らないが、火とか水とかの魔法か? ここでそれを使ったら草木が痛んでしまうだろ、俺はそれが嫌なんだ」
優しい人だ。そこまで配慮してくれる魔法使いはアリアとルツの次にシャウラさんくらいだろう。ボソッと後片付けが面倒だからとも言っていたが、それは黙っておこう。
「今回はすまなかった。俺たちのミスで命を奪われる所だった。今日は村まで送っていく。荷物をよこせ」
気付けば魔獣は壁の中で倒れていた、酸欠なのだろうか。
シャウラさんの指示に従って、馬に乗せてもらった。
「落ちるなよ」
俺は頷きシャウラさんに摑まった。
「おい、俺に摑まれとは言ってないぞ!」
「もし、俺が魔獣に襲われて怪我してたら、アリアに何て説明してたんですか?」
俺はシャウラさんの弱みであろう事を言った。やっぱりアリアの事を知っているみたいだ。帰ったらアリアにも言ってみよう。
「くっ、今回だけだからな」
「はーい」
それから俺とターナさんは、護衛されながら村まで無事に送ってもらった。シャウラさんと他の冒険者はジンさんに状況を説明し謝罪した。話によると試験場の魔獣を移動させる時、管理不足で脱走してしまったらしい。シャウラさんは試験場の警備の仕事をしていたみたいだ。
「じゃあな、アグリ。しっかり働いて、ちゃんと帰れよ」
「うん、ありがとう。今日のことはアリアに話すね」
「おいっ! 俺が帰れなくなるじゃないか」
俺がシャウラさんの前で大笑いすると、大きなため息が聞こえた。
シャウラさん一行は頭を下げて仕事に戻っていった。
「アグリ、ターナを守ってくれたみたいだな。感謝する」
「いえ……、俺もターナさんに守ってもらいましたから」
「そうか……、でも今後、このようなことがあっても命を張るような事はしないでくれ」
「はい、ありがとうございます」
ジンさんは心配してくれた。分かっている。でも俺はあの行動が出来たことを誇りに思った。だから同じような状況になっても同じ事をするだろう。今、後悔していないから。
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