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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第二章:少年期
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麦の収穫お手伝い Ⅲ

 なんの鳥かも分からない声がリズミカルに聞こえ、頭の中で「朝か」と理解する。時間を確認しようと静かに目を開けるといつもの場所に時計はなく、一瞬戸惑う。いつもとは違う向きで寝た自分、自分の部屋じゃない匂い。


「あ、家じゃないんだ」


 徐々に意識がはっきりとしてきて、状況を把握する。


「しまった……、昨日ご飯! 寝過ごした……。今日の予定も聞いてない!」


 それから俺は飛び起きて服を着替え部屋を出る。ケンさんに教えてもらった通りに歩き、無事に部屋に戻ることができた。


「お、おはようございます」


 焦りながら挨拶をする。テーブルの周りには昨日紹介があった家族と、料理を運ぶメイドさんが何人か居て一生懸命に働いていた。初日から寝坊なんて何やってんだ俺!


「アグリ、おはよう。ゆっくり休めたかな?」

「はい、おかげ様で眠りすぎたくらいで……」

「あはは、構わないよ。お腹減っただろう。もうすぐだ」

「アグリ、ここ座りな」


 ケンさんに招かれ隣の椅子に座った。俺の分の料理も運ばれ準備が整っていく。ジンさんはみんなの様子を見つつ声を掛けた。


「じゃあみんな、いただこうか」


 ジンさんが合図すると皆がフォークやスプーンを手にした。俺も遠慮なくいただきますと心で言って手を付ける。焼きたてのパンに赤みがかったスープがあり、中には豆とトマトが入っている。それに加えスクランブルエッグのような卵料理とミルクがあった。みんな思い思いの会話をしている。理想の朝のよに思える、まさに優雅なひと時だ。


「ジンさん、今日から麦刈りを始めるんですか?」


 昨日、晩御飯の時間に聞けなかった事を聞いた。早めに聞いて準備をしたい。足を引っ張らないように頑張らないと。すると突然、家族みんなの会話が不自然にピタッと止む。何だか異様な雰囲気が流れ始めたのだ。

 俺……なんか変な事言っちゃったか?

 しばらくジンさんの動きが止まり、カランと食器にフォークを置いた。


「アグリ、この家に居る間、1つルールを守ってくれないか?」

「ルールですか?」

「あぁ。家にいる間、仕事の話は無しだ」

「えっ……?」


 少し戸惑ってしまった。何でだろう。何か意味があるのだろうか。外に出てからでは効率が悪いと思った。せっかくの家族そろっての農業なのに……。俺がキョトンとしてしまったのを見て、ジンさんは理由を話してくれた。


「家族みんなで同じ仕事をしていると、つい家でも同じ感覚で息子やターナに話してしまうんだ」

「それがいけないんですか?」

「私だけでは無いのだが、息子もターナもエブリイも。家の中で上司や仕事仲間と一緒に生活している感覚になってしまうんだ。『家族』ではなく」

「家族ではなく……」


 俺は思い出した。思い出してしまった。前の世界の家族を。家に帰っても上司である父が居て、いつしか俺は父を、親として見られなくなってしまっていたことを。


「そう、だから私は最低限家の中では、上司ではなく父親として、また夫として家族と接したい。私もそう接して貰いたいと考えているんだよ」


 理由を聞いた俺は妙に納得して、心にすぅっと入っていった。いい家族には良いルールがある、そう感じたのだ。


「もちろん、他は自由に生活してくれて構わないよ」

「分かりました!」


 すると少しおちゃらけた声でケンさんが言った。


「家にも仕事してる父さんが居たら嫌だもんね。また怒られるじゃん」

「ははは、そうだろう」


 俺が作ってしまった気まずい空気を、ケンさんは上手にフォローしてくれて楽しい時間に戻っていった。


「アグリも将来に少しは役立ったかな?」

「ありがとうございます」


 ジンさんから大切な事を教わった気がする。将来活かせると良いな。

 それからもみんなで食事を楽しんだ。朝ごはんがこんなに楽しい物だとは知らなかった。


「よしアグリ。行こうか! 準備が出来たら玄関に来てくれ、案内しよう」


 「はい」と元気に返事をして支度をした。当然服は長袖を選びズボンも長いものを選んだ。麦でも米でも、刈るときは肌に刺さってチクチクするからだ。


 支度をして玄関を出るとジンさんが待っていてくれた。俺の服装を見るなり満足げに言った。


「準備万端だな。こっちだ」


 少し坂を登り「この先が私たちの土地だ」と紹介され辺りを見渡す。


「おぉぉ!!! 綺麗……」


 そこには見渡す限りの黄金の海が広がっていた。風が吹くと、カサカサと音をたてながら波打っている。


「ははは、そうだろう。これを刈っていこう」

「果てしないですね」

「あぁ、最初はそう思うだろうが、最後にはきっとやって良かったと思う事が出来るぞ」


 達成感ってやつだろうか。ジンさんに雇われている人も所々に見えるため、みんなですれば何とか終わりそうだ。


「ここをアグリにお願いしようと思う」


 ジンさんは小さめの田んぼを用意してくれた。


「やり方を説明するぞ」


 そう言って鎌を二本準備し、一本は俺に渡してくれた。


「よく見てろ」


 慣れた手つきで麦を刈っていく。鎌を右手に持ち、左手で麦の茎を地面から十センチ程離れた場所で握り鎌を振るった。


 ザクッ。 ザクッ。

 

 と鎌を引くたび気持ちのいい音が鳴った。


「アグリ、刈った後どうするか知っているか?」

「えーっと、天日干し? 」

「おぉ、良く分かったな。その通りだ」


 米も同じだが収穫してすぐは水分量が高いため、用途に合わせて干す。

 ジンさんは刈った麦を2つに分け、それぞれを麦わらで括った。それからそれらをまた1つに括ると、二股に分かれた麦の束が完成した。


「この状態になったら、すぐ干せるように一か所にまとめとてくれ。干すのは別の人間がやる」

「分かりました」

「何か分からないことはあるか?」

「もう一度結び方を教えてもらえませんか?」


 そう聞くとジンさんは俺が出来るようになるまで教えてくれた。ジンさんほど綺麗に結べるのはまだまだ時間がかかりそうだが、仕事が出来る範囲で結ぶことが出来た。


「うん、その調子だ。上手くできているな」

「ありがとうございます」

「じゃあここはアグリに任せたよ。私は他の田んぼに回ってくるから」

「はい! 頑張ります」


 ジンさんは水飲み場や休憩出来る場所も教えてくれた。それからたくさんの田んぼを見に歩いて行く。


「よっしゃ! やるか!」


 力強く鎌を握り麦を刈っていく。


 ザクッ。 ザクッ。


 鎌の使い方は熟知している。麦に狙いを定め一気に鎌を手前側に引きを下ろし刈っていく。癖になる気持ちよさだ。気温も上がり汗が滲む。それでも夢中になって続ける。前の世界で感じていた思いは無く、満足感や幸福感を味わえる。そう、楽しいと感じられているのだ。




「アグリ、お弁当持ってきたよ」


 農道から声が聞こえ振り向くとエブリイが手を振っていた。気付けばもう昼だったようだ。木陰に入りお弁当を受け取った。


「今日も暑いわね、疲れてない?」

「はい! 夢中になって刈ってました」

「そっかぁ、でも水分補給も大切にね」


 エブリイさんが持っていてくれたお弁当にはサンドイッチだった。色鮮やかなでみずみずしい野菜もたくさん挟んであった。


「美味しいです。お弁当、エブリイさんが作ったんですか?」

「私だけじゃないけどね、お手伝いさんがほとんど作っているけど。農家の息子の嫁になるって大変なのよ」


 エブリイさんは「はぁ」と大きなため息をついた。俺は苦笑いを浮かべる。


「アグリは居ないの? 好きな人」

「うっ! んっ!?」

「アグリ!? 大丈夫? ほら、水」


 水を受け取り、急いで喉の物を流した。


「ごめんなさい、いきなり話ちゃって」

「いえ……。大丈夫です」


 エブリイさんが急にそんな事を言ってきて、すぐにあの人の顔が浮かんだ。きっと赤くなってしまっている顔を隠すように赤いトマトが入ったサンドイッチを頬張った。


「その様子だと居るんだ」

「そんなんじゃないです! たぶん」

「そっか、可愛い。進展があったら聞かせてね」


 エブリイさんは「じゃあ、頑張ってね」と言って自分の仕事に戻っていった。多分他の人にもお弁当を配りに行くのだろう。



 ご飯の力も借りて、昼からも一生懸命に働いた。途中から天日干し作業の人たちも来たので、刈り終わってから干すのを手伝った。


「今日はこれで終わりですか?」

「あぁ、俺たちはまだ残っているけど君は終わっていいと思うぞ」

「ありがとうございます」


 一応、ジンさんを探しながら農道を歩くと麦を刈った後の香りが鼻をつく。収穫の良い匂いだ。

 歩いた先に、小屋に居るジンさんを見つけて声をかける。


「ジンさん! 終わりました」


 ジンさんを見つけて駆け寄り声をかけた。


「おぉ、アグリ。ご苦労様。どのくらい終わった?」

「朝言われた田んぼは全部刈りました」


 そう言うとジンさんは驚いたように目を見開いた。


「本当か!? いやー、すごいな。じゃあ、人を呼んで干そうか」

「えっと、それも終わりました……」


 ジンさんはついに固まってしまった。急いでしたつもりは無いし、それほど大きな田んぼでは無かったからなのだが……。ジンさんはそれでも驚きを隠せない様子だ。


「さっき作業の方が来て、干してしまうかって言われたので一緒に掛けてきました」

「そ、そうか。ありがとう。じゃあ今日はもう家に戻ってくれて構わないよ。ご飯まで休んでいてくれ」


 俺は「はい」と返事をして家に戻った。そういえば休憩を一度も取らなかったので喉がカラカラだ。戻ったら飲ませてもらおう。


 家に戻るとターナさんが用意してくれたお風呂で身を洗いおやつも貰い、夜もみんなで楽しく食事をして一日の活動を終えた。

 1日目、自分でも分かるくらいに頑張りすぎてしまい身体が疲れている。それでもみんなが褒めてくれたり、助かっていることを聞くと頑張って良かったと感じる。いつか俺もジンさんのような家族を持って幸せに暮らせる日が来るだろうか。



Next:麦の収穫お手伝い Ⅳ

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