麦の収穫お手伝い Ⅱ
「気を付けるのよ!」
「しっかり働いてこい!」
両親の声を聞きながら、予定通り馬車に乗り込んだ。
「ありがとう、頑張る」
一週間だけのお別れのはずだが、寂しいもんだ。
「行ってらっしゃい」
母の笑顔がこちらを見ると、馬車の車輪が回り出し、大げさに手を振った。
「行ってきまーす!」
馬車に揺られしばらく時間が過ぎた。ホルンからフルトに入り景色は移り変わったが、まだまだ見慣れているものだ。これから行ったことがない町に向かう。心臓の高鳴りを抑えるように鞄の紐を握った。
数時間後、ひとまずクラリネに着いた。カタット行きの馬車には少し時間があるので、時間を潰すため向かったのはアリアの店だ。お土産にアリアお気に入りのクッキーを買って行く。
「こんにちは」
「あら、アグリ君、いらっしゃい」
出迎えてくれたのはアリアではなく母のマリーだった。近くにアリアは見えない。
「アリアお姉ちゃんは居ますか?」
「ごめんなさい、今日は一日居ないのよ。友達と遊びに行くって言ってたわ。何か用あった?」
「実は、これからカタットに行くんです、仕事のお手伝いで。それで、カタットに行くまでに少し時間があったので寄っただけなので、大丈夫です」
「そう、偉いわね」
「これ、渡すだけお願いしてもいいですか?」
「えぇ、分かったわ」
そう言って、クッキーを渡した。どこかマリーさんの顔がにやついているように見えた。気付かなかったフリをしておこう。
「悪かったわね、せっかく寄ってくれたのに」
「いえいえ、俺が約束も無しに来るのが悪いんですよ」
「アリア、友達って言ってたけど。あの様子だと男ね」
「え、彼氏が出来たって事ですか!?」
「んー、その辺はまだ分からないけど、まぁ、女の勘ってやつね」
この世界にもあるのか女の勘。苦笑いを浮かべながら返事をした。
「俺、ご飯買ってから行くんでそろそろ行きますね、アリアによろしくお伝えください」
「ご丁寧にどうも、頑張ってね」
そう言って俺は逃げるように店を出た。
「旅初日から、なんだか幸先が悪い……」
なんでか少し落ち込んでしまいながらも、お気に入りの串やらを買い込みカタット行きの馬車乗り場へと向かった。
ここからは未知の世界。実は少し躊躇し、手が震える。胸の高鳴りが振動になって伝わってくる。でも、一度自分で決めた事だ。やり遂げたい。きっと両親も応援してくれている。大きく息を吐き馬車に乗り込んだ。馬車を待っていた人たちもどんどんと乗車していく。
「アグリーーー!!!」
「な、何!?」
馬車から後ろを見ると女性が一人走って居る。
「アリア!? 何で!?」
「頑張んなさいよ!!!」
そう言って思い切り腕を振ると、何かがこちらに飛んでくる。混乱しながらも目で追いながらぎりぎり受け止める事ができた。何かは分からないが馬車の外に身を乗り出しお礼を叫ぶ。
「ありがとーー!」
もう一度アリアの方を見ると、走るのを止め大きく手を振ってくれていた。手に握っている物から温もりを感じ、アリアの顔を少しでも見られたことで、俺の心の不安は姿を消した。
元の席に座り直し貰ったものを確認すると、手には薄い水色の魔石があった。その石には紐が付いていて首に掛けられそうだ。どのような効果があるのか、どうやって使うのかは分からない。
「何でもいいか、嬉しい。大切にします」
馬車の中で微かに呟き、輪を首に掛けて何度も見つめ直す。
「なんだその面、にやけてるぞ」
「なっ!?」
話し掛けてきたのは、隣の人だった。俺と同じか少し小さい。細い体に、派手な洋服を身に纏っている。
「こ、子供!?」
「違うわっ」
本当か?そう疑ってしまうほど華奢な体つきだ。
「えっと……、あなたは?」
「シャウラ」
「シャウラさん、俺はア……」
「アグリだろ、知ってる」
ちょっと不愛想な人だ。アグリの名を知っていたのは、アリアが叫んだからだろう。そんなシャウラと名乗る女の子に、気になっていることを聞いてみる。
「シャウラさんは魔法使いですか?」
シャウラさんは身長より、ずいぶん長い杖を持っていたのだ。
「そうだが何か?」
「これ、何だかわかりますか?」
そう言って、アリアから貰った石を見せた。
「知らん、あいつの事なんて知りなくもない」
「あいつ? アリアの事知ってるの!?」
「あぁあぁ! うるさいぞガキ!」
シャウラさんは俺の手を払いのけた。自分から声を掛けてきておいてそれは無いだろう。それでも「すみません」と俺が謝り、一瞬沈黙の時間が流れた。
「ぐぅぅぅぅ」
……。
「えっとー、一緒に食べます?」
俺はクラリネで買った物を鞄から出し、シャウラさんに見せる。
「要らん」
「ぐぅぅぅぅ」
……。
「えっとー?」
「借りは返すからな」
「気にしないでください」
それから馬車の中で一緒にご飯を食べ、話しているとあっという間に時間は過ぎて行った。
「終点です、こちらで全員降りてください」
緊張していた事もいつの間にか忘れ、外を見るとマルゴスさんが言っていた場所に馬車は止まっていた。
「ありがとうございました、退屈しないですみました」
「そうか」
馬車を降り、シャウラさんにお礼を言った。シャウラさんは乱れた服をサッと直し、杖を握る。
「ところでシャウラさんはなぜカタットに?」
「仕事だ仕事。遅れるからもう行く」
「はい、お気をつけて」
「お前もな」
シャウラさんは杖を上げて歩いて行った。小さい背中はすぐに見えなくなってしまった。
「さてと」
俺は地図を広げ道のりを確認する。地図には「降りてすぐ右」と書かれてあった。
「右ってどっちだよ。もっとこう、西とか東とかあるだろ!」
どっちに行くか迷っていたが聞いた方が早そうだ。人がいるうちに、声を掛けやすい人を見つけて道を聞いてみる。
「すみません、サウルって村はどっちですか?」
「サウルかい? それならここの道をしばらく行くと海が見えて来る。そこを歩くと看板が出てくるから右に曲がりな」
「ありがとうございます!」
「けっこう歩くけど大丈夫かい?」
「はい、暗くなる前に着ければ良いので、休みながら行きます」
「気を付けるんだよ」
教えて貰った通りに歩いて行くと海が見えてきた。
「おぉ、海だ。いつかみんなで海水浴したいな」
フルトやクラリネでも海は見られるが、カタットの海はまた違った顔をしていた。日本海と太平洋の違いみたいな物だろうか。
しばらく歩くと言った通り木の看板が見えた。右側を向いている看板にはサウルと書かれてある。間違いないようだ。日の傾き具合を見て時間を把握する。全て予定通りだ。俺は胸を張って看板の指示に従った。
「ここか」
雲に味が付いてるかのように赤く染まる中、家々が建つ村に入った。ジンさんが居るであろうサウルに到着したのだ。早速、ジンさんの家を探す。どうやら村一番の豪邸らしく、すぐに分かると聞いていたが見渡してもそんな建物は無かった。夕方の為か近くに人は見当たらない。
「ちょっと歩くか」
村を散策しながら歩を進める。
しばらく歩いてると木に囲まれ、少し坂を登った場所にある大きな家を発見した。
「これで間違いなさそう……」
そう確信できるほどの豪邸を見つけた。
「この世界にこんなでかい建物あったんだ」
正確には人が住む目的で建てられた物での話だ。感心しながら坂を登り家のドアというか門を叩く。
しばらくして出てこなかったため、もう一度門に手を当てようとしたところ門が開き、中から男性が出てきた。
「こんにちは。ホルンから来たアグリです」
挨拶すると男性は笑顔に変わった。
「おぉ、ようこそ! 待っていたよ。さぁ、入りなさい」
手招きされて家に入ると、待ってましたと言わんばかりに数人が出迎えてくれた。
「よく来てくれたねアグリ。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
「私はジンだ、よろしく頼む」
この人がジンさんか。いかにもお金持ちって感じで、身にたくさんの装飾品を着けていた。
「よろしくお願いします」
「家族を紹介しよう。妻のターナだ」
ジンさんが抱き寄せると綺麗な奥さんがくっ付いた。
「よろしく」
「息子のケンと婚約者のエブリイだ」
「よろしくアグリ」
「短い間だけどよろしくな!」
家族紹介は終わり皆が挨拶してくれた。
「ケン、アグリを部屋に連れて行ってあげなさい」
「おう」
「アグリ、長旅で疲れているだろう食事まで部屋で休んでいなさい」
「ありがとうございます」
そうしてケンさんに案内されて部屋に向かった。みんな明るく暖かい雰囲気だったが、相変わらず心臓がうるさい。何か失礼な言動をしていないと良いが……。
「ここがアグリの部屋だよ。一週間自由に使ってくれて構わない。何か分からないことが合ったら、いつでも聞いてくれて大丈夫だからね」
「ありがとうございます」
「家に警備の人も居るからそれに聞いてくれても良いし」
ケンさんからありがたい言葉を貰って部屋に入る。
「なら、ご飯が出来たらまた呼びに来るね」
「何から何までありがとうございます」
ケンさんは「じゃっ」と手を上げ部屋を後にした。頭を下げて何度もお礼を言った。
「あぁぁ」
ベットに転がると、見慣れない天井を静かに見つめる。
「ちょっと疲れた……」
知らない人、知らない町に一人はやっぱり気を張ってしまい、気付かない内に疲労が溜まっていたみたいだ。そっと目を閉じるとダメだと思いつつも眠りに身を任せてしまった。
Next:麦の収穫お手伝い Ⅲ