麦の収穫お手伝い Ⅰ
時は6月、タンムズと言われる季節に変わり、植えた米も根を深く張っていき成長が目に見えてきた。村の人たちは、田んぼの水管理を一生懸命に行っている。農業用魔石は非常に便利で、止めるのも出すのもワンタッチ。弱めや強めの操作も直感的に操ることが出来ていた。
「アグリ君、こんな感じかしら?」
ミルさんに差し出されたものはネットだ。編めないかと相談していたのだ。麻紐で作ってくれて、耐久性も悪くない。
「おぉ」
広げてみると、一本の紐だった物が綺麗に編まれ一枚のネットになっている。
「すごいです! ありがとうございます、大切にします」
「また助けになれる事があったら言って」
「ありがとうございます」
これでまた作物のレパートリーが広がる。母にはいつも栄養価が高い物を食べてもらいたい。そんなことを思いながら畑までの道を歩いていた。
「アグリー!!!」
びくっとする程の大きな声で呼ばれ、振り返るとマルゴさんが不思議なフォームで走ってきていた。吹き出しそうになるのを堪えて、マルゴスさんに近づいていく。
「何かあったんですか?」
マルゴスさんは息を整え言葉を発し始める。
「麦刈り行かないか!?」
麦? そろそろそんな時期か。このツィスでも作っている人は見かけるが、大した量ではない。
すると、手に持っていた一枚の手紙を見せてきたので、俺はそれを受け取り開いた。中にはこう書かれてあった。
『マルゴス。
突然の手紙、すまない。少し相談があるんだ。もうすぐ俺の住んでいる村で麦刈りが始まることは知っていると思う。だが人手が足りないんだ。理由はいろいろとあるんだが、特に若い力が足りない。マルゴスも忙しいと思うが、村に手伝ってくれそうな若い人はいないだろうか? 一週間ほど泊まっての作業だから独身が望ましい。もちろん食事や泊まる場所、給料も出す。途中からの参加でも問題はない。刈り始めの予定は……』
いわゆる短期アルバイトの募集だった。食事で寮付き。さらにお金も貰えるときた。条件は申し分ないと感じる。
「カタットの村に住んでいる友人のジンという人からだ。どうだアグリ、行ってみないか? ロットにも聞いたんだが家の仕事の研修中でな、手が離せないらしい」
俺は……と少し考える。行ってみたいし、この世界の麦刈りを経験するには絶好の機会だ。
「父と母にも聞いてみます。明日、返事します」
マルゴさんは「分かった」と言って手を振った。
即決しなかったのにはちゃんと理由がある。俺はまだ未成年だ。泊りでの作業なら両親にも考えを聞いておくのが筋だろう。それに母の身体もまたいつ悪くなるか分からない。俺は家に戻り夕食の時に聞いてみる事にしよう。
「こんな事を言われたんだけど、どうかな?」
一通りあった事を話した。すると二人は悩むように見つめ合った。この時の俺は前の世界での記憶が蘇ってしまい、心臓が痛かった。どうせ否定されてしまう、そう思ってしまうのだ。でもこの世界の両親は違った。
「そうだなぁ、アグリはどうしたいんだ」
「えっ、お、俺?」
思いもよらない言葉に戸惑ってしまった。自分の気持ち……、考えていなかった。俺は、どうしたい……。行けと言われれば行くし、行くなと言われれば行かない、そう思っていたのに。
そんな考えを振り払い、少し考えて自分の気持ちを話してみた。
「俺は、行ってみたい。カタットには一度も行ったことが無いし、麦の収穫にも興味がある。将来きっと自分の力になると思うから。でもお母さんの体調も心配……」
それを聞いた両親はお互いを見ながら小さく頷く。というより、すでに答えは出ている感じだった。
「そうか、気持ちが聞けて嬉しいよ。アグリ、行ってくると良い。きっと良い経験になるだろう」
「お母さんの事は心配いらないわ。それほど長い期間じゃないし問題ない、最近は調子も良いしね」
「ただ、1つだけ。寄り道しないでちゃんと帰ってくること。守るって約束してくれるならだけどな」
俺は俺の気持ちをしっかり考えてくれる両親が嬉しくて立ち上がった。
「ありがとう! 約束する!」
俺は次の日、朝のうちにマルゴスさんの家に向かった。麦刈りに行く事を伝えるために。
「おぉ、そうか。喜ぶよ、ありがとう。じゃあ、そのように伝えておく」
「はい、お願いします」
「出発は五日後だな。それまでに準備しておいてくれ。行き方とかジンの家の詳細は、後日渡すね」
「分かりました」
正直どんな旅になるのか分からない。それでも良い経験になるのは間違いないだろう。目標のために知り合いを作っておいて損はしない。正直、とても楽しみだが不安もある。だが、何か一歩踏み出せば得られるものは変わってくるだろう。
「さて! いっちょ頑張りますか!」
なんて、気合いを込めて大きな一歩を踏み出した。
「服と、お金に、下着もあるし、布切れみたいなタオル、替えのサンダルに……」
全部持った……よね?
「アグリ、忘れ物ない?」
忘れ物は行ってから気付くから忘れ物なのだ! 今気づいたってそれは忘れ物ではない。なんていつも思っているのだが必ず何か忘れるんだよな。
「うん、たぶん。無いと思う」
「もう一度確認しなさい」
「はーい」
「あ、財布入ってない……。お金財布に入れて満足してた」
そんな事を小さく呟くと、母の耳に入りどこからかため息が聞こえてきた。
「気付いて良かったな」
しっかり鞄に入れて準備を整えた。
明日、朝一番の馬車に乗り込み、夕方にはジンさんの家に着く予定だ。マルゴスさんに書いてもらった地図もあるし大丈夫。
「今日は早めに寝なさいよ」
「分かってる」
遠足の前の日は寝られないタイプなのだが、世界が変わっても治ってないだろうな。
俺は少しそわそわしながら目を閉じた。
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お読みいただきありがとうございました。麦刈りのお話しばらく続きます。