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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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それから

 世界で初めて花火が打ち上げられてから、6年が経過した。あれから5年連続で花火が打ちあがるようになり、秋は花火という文化が根付くようになった気がする。数年前、俺はある事が頭をよぎった。サンドリンでの土砂崩れについてだ。あの時、考えられる原因のひとつとしてあがったのは、山を削った跡があった事だ。それはサンドリンの中でいくつか確認されていて、それが引き金になったのではないかと思う人も居た。当時、それは誰の仕業でなんの目的だったのか、分からずじまいだった。だが、花火を見た後に、俺は思った。「もしかしたら、火薬を探していたのではないか」と。アリアが花火を打ち合上げたいと依頼を受けてから、俺たちコポーションの誰も、花火師らしき人に接触していない。毎年祭りの時期になると、申請だけは来るが会う事は出来ていない。どこで打ち上げているのかすらも不明で、結局は土砂崩れの原因は分からなかった。


「パパー。おかえりなさい!」

「ただいま」


 夕方になって家に帰ると、サクが廊下を全力疾走して飛びついてきた。


「パパ、こっち! これ見て!」


 腕を引っ張るサクに連れられてダイニングに入る。


「あげる!」


 見せてもらった物を受け取ると、それは俺とアリアの絵だった。2人は手を繋ぎ、誰かを待っているように腕を広げている。サクは描かれていないため、これはサク目線なのだろう。サクから見て俺たちはこう見えているようだ。


「ありがとう、嬉しいよ! サクは絵が上手だね」


 俺はサクを優しく抱き上げ、頬ずりする。サクはくすぐったそうにきゃっきゃと笑った。この絵はみんなが見られる場所に貼っておこう。

 俺はサクを連れて、寝室に入る。そこでは、お腹の大きなアリアが、毛糸を編んでいた。


「おかえり、アグリ」

「ただいま。どう、調子は」


 サクが俺から飛び降りて、アリアのお腹にゆっくりと抱き着く。サクの頭を撫でながらアリアは言う。


「うん。今日は元気」

「そっか。良かった」


 サクはもうすぐ4歳になる魔法使いだ。魔力のかけらもない俺の子供が魔法使いなんて想像もできない。だが、膝の少し上あたりには黄色く輝く紋章があった。


「今日のご飯何が良い?」


 俺が2人に尋ねると、サクが元気に手を上げて言う。


「オムライス!」


 アリアに目を向けると、こくりと頷いたので今日のご飯はオムライスに決定した。


 満腹になあったサクは、一通り遊び疲れ眠そうなっていた。このチャンスを逃すとサクはなかなか寝ないのですぐに寝かしつけた。寝室に入るとアリアは分厚い本とにらめっこしている。最近よく読んでいる魔法使いの本だ。俺はアリアの隣に腰を下ろした。


「何か見つかった?」


 アリアはゆっくり首を横に動かす。


「そっか」


 アリアは1年前、何の予兆も無く魔力を失った。魔法も使えず魔石も作れなくなってしまった。しばらくはかなりショックを受け、ふさぎ込んでいた。最近、やっと前を向き始めてくれた。俺もアリアが自分を責める姿を見るのはつらかった。

 2人目がお腹に居ることが分かると、俺たち夫婦も気が引き締まり気持ちを切り替えるのには良いきっかけだった。


 次の日。厚い雲に覆われた空は、今にも雨を運んできそうだ。俺はロットを待ちながら最後になるであろう夏野菜を箱に詰めた。

 だがいつもの時間になってもロットは現れなかった。心配ではあるが、原因はロズベルトさんの体調の事だと分かっている。今年に入ってからはこんな事が続くようになった。俺も何度か顔を見に行ったが、もう自分の足で歩ける状態ではないロズベルトさんを見るのは心が痛んだ。家族だったらなおさらだろう。

 俺は孤児院に徒歩で向かい、仕事を開始した。


 アリアと一緒に住む家は、孤児院から徒歩圏内にある。アリアと相談し、この土地に決めたのだ。サンドリンやジンさんの住む家とは離れてしまったが、孤児院とアリアの店には近くなった。


「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよー」


 孤児院の倉庫から商品を馬車に乗せ、アリア魔法店に顔を出すとすでにルツとジュリが店を開ける準備をしていた。今、店を切り盛りしているのはこの2人だ。2人が居てくれて俺もアリアも助かっていた。


「これ、届いてたよ。賢治さんから」

「あぁ、ありがとう」


 ルツが俺に手紙を渡してきた。おそらく調査報告を早く出せとの連絡だろう。

 賢治さんの外国での研究は今も続いている。といっても、実際に試すのは俺の畑で、健康にどう影響があるかも俺の体で試している。これらの作物は、特定の畑でしか栽培していない。そのため、アリアやサクにも食べさせていない。

 この実証実験はコニーにも参加してもらっている。興味津々で、俺よりも真剣に取り組んでいるため賢治さんに送り返す報告書のほとんどはコニーが用意してくれていた。


 俺は店の奥へと進み、アリアからの仕事や管理を進めた。稲刈りが終わってからは、畑を少ししながらこうやって店の仕事も行っていた。


 午前中の内に家へと戻り、昼食の準備をしてからもう一度孤児院へと顔を出す。この数年でメンバーの入れ替わりがあった。子供食堂の甲斐あって、事情は様々だがより多くの子供が救われていると実感できる。

 さらにメリスさんが体力の心配があったが、嬉しい事に孤児院で働いてくれるようになった女性も居る。名前はキース。災害での子供たちの様子を見て来てくれたようだ。

 子供たちの何人かは、大きくなりこの院を出た。リラヤもその一人で今は店の近くでひとり暮らしをしている。偏見も感じなくなり、畑なんてしたくないと思う子も伸び伸びと自分の道を歩めるようになっていった。


「パパ! 明日畑行きたい」


 俺は驚いて夕食の手を止めた。サクはこれまで興味を示さなかったのだ。


「え、あぁ。良いけど」


 理由を聞く前にサクは「やったー」と飛び跳ね、アリアに注意されていた。

 家族3人共、白く美しい米が空になり、片付けをしてサクを寝かしつけるサクの布団からそっと出て、部屋を出るとアリアがお茶を淹れてくれていた。最近開発した玄米茶だ。「ありがとう」と受け取りアリアの横に座る。


「一日、お疲れさま」

「アリアも」


 ガサガサの手でアリアの大きなお腹を撫でる。動いているとアリアはよく言ってくるが、俺が触る頃には眠るように静かだ。


「もうすぐね」


 アリアは机の下にある棚から、数日前に届いた招待状と書かれた手紙を出す。差出人は、ケンさんだ。一週間後、ボッカと名付けられた施設が完成する。俺たちや、ツィスの村の人。孤児院の子供たちも、サンドリンのブロードさんたちも初日に招待されている。塩害から少しずつ回復した土地がどのようになっているのか、楽しみでならなかった。娘のサクはここまでの遠出は初めての事で、旅行気分になっている。


「ケンさんも、きっと俺たちの仕事が一段落する時期を選んでくれたんだな」

「そうね。こういう時くらい楽しまないと」


 俺はアリアの肩を抱き寄せた。

 次の日。案の定サクは寝坊して、アリアと手を繋いで畑に来た。サクは俺を見つけるとアリアの背中に隠れてしまう。俺が置いて行ったと思っているのだろう。


「サクに頼もうと思ってた仕事、パパには難しくてな。お願いできないか?」


 俺がそう言うと、サクはひょこっと顔を出し「しかたないなぁ」と畑に入る。アリアは小屋の近くに行き、椅子に座った。


「で、何すればいいの?」

「これがなかなか抜けなくてな。ここを握って、引っこ抜いてくれ」


 少し紫がかる蔓を伸ばす、さつまいも。あらかじめ土を掘り、サクでも収穫できるようにしておいた。狙った通りサクは全身の筋肉を使い、さつまいもを収穫して見せた。


「抜けた! 出来た!」

「おぉ! すごいな!」


 3つほど芋が付いている蔓を高くかかげ、アリアに見せる。アリアは大きな拍手を送った。

 しばらくその作業を続けていると、サクは疲れたのか飽きたのか、畑のあちらこちらを歩き回る。横目で見ながら俺も作業していると、サクが畑の奥側に1人で行こうとする。


「サク、ちょっと待って」


 サクが足を止め、振り向く。俺は手を繋いで、いつか父に教えてもらったようにサクにも伝える。


「サク、ここ見て? ここは排水路なんだ」

「排水路?」

「うん。雨が降った時とか田んぼに溜めた水を、ここから出すんだよ。だから絶対近付いちゃだ。分かった?」


 実家の畑の排水路なら、それほど深くはない。それでも父が危ないと言ったんだ。ここはサクの身長を優に埋めてしまう程の高さがある。サクは腕を上げ、元気に「うん!」と言った。


「よし。おやつでも食べようか」

「うん! 食べる!」

「ママの所まで競争な! よーい、どん」

「あぁ! パパずるい!」


 サクは、畑の土に足を取られながらもアリアめがけて懸命に走る。俺も抜かれまいと走った。

 今日この日の事も、俺はノートに書き記そう。もう何十冊と溜まったノート。これまで走って来た印だ。

 これからも、走り続けられる。選び続けられる。転んだって立ち上がれる。大好きなみんなで美味しいご飯が食べられるのだから。

END.


読んでいただきましてありがとうございました。この物語はここでおしまいです。アグリを見守っていただき、心より感謝申し上げます。

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