米
「んー」と首を傾げる。空には、薄い雲がかかり、光を時々遮っていた。自分の田んぼと父の田んぼの稲刈りが終わり、乾燥の具合を確かめる。だが、こればっかりは自信がない。
「これは、もう良いのだろうか」
大地震が襲ってから、8日目。あれから2日に1回はロットが報告しに来てくれる。報告によれば少しずつだが状況が落ち着き、元に戻していこうという動きが始まっているという。さらに、うれしい知らせもあった。
「アグリ! アグリー!」
あの日は、夕方に強い雨が一瞬降ったのでよく覚えている。泥を頬に付けたロットが天高くに腕を上げて走って来る。
「アグリ! 良い知らせだ! アリアちゃんのお父さんから!」
「なに!? お義父さんから!?」
いくらいい知らせと聞いても、心臓が高鳴ってしまう。もうそんな関係なのだ。息を飲んで耳をかたむける。
「津波で命を落とした人は確認されなかったって」
「え! 本当か!」
「うん、確かな情報。調査は続行されるけど、心配はいらないらしい」
「そっか。そっか……。みんな無事だったんだ!」
「良かったな、アグリ」
「うん。本当に。みんな頑張ってくれたから」
俺は涙を隠さずにはいられなかった。みんなのおかげで、こうしてたくさんの命が救われたんだ。特別な力なんかなくたって、誰かを救えるんだ。
ロットから、あちらの状況を聞き、不足している物、他に必要そうな物を聞いた。魔石はやはり、災害時に強い事を改めて感じた。魔法使いさえ居てくれれば、生命を維持するのは容易だ。
「ありがとう。ロット。気を付けてな」
「アグリも」
ロットに手を振った。ロットも自分の出来る事やこれまで伸ばしてきた事を存分に活かしているのだろう。心強い。
「あ、そうだ」
ロットが馬の上で振り向いた。
「リユンが大工仲間を集めて、家を回り始めたよ」
「そうか。気を付けてって伝えてくれ」
「おうっ」
ロットはサンドリンからの贈り物の干し肉を持って去って行った。
リユンも、これまでの経験を活かしたくさんの人を救うのだろう。
俺は俺の仕事をと、稲架に掛けた稲を触る。「んー」と唸り、ひっくり返してみたり、揺らして音を確認してみたりした。
「分からん……」
何度やっても良く分からない。父やマルゴスさんが居れば、聞きに行くことが出来た。でも今は、2人とも居ない。父と稲を刈った時にもっとよく聞いていればよかったと後悔した。実際に炊いて食べてみる時間はない。ここは、ベテランの力を借りるしかなさそうだ。
「ここからだと……、コシカさんかな」
俺は、すぐに体を動かしこの村のベテラン農家である、コシカさんの家に向かった。
「アグリ君じゃないか。帰って来てたんだね」
コシカさんは、最初にみんなで田植えをした時、お世話になった人だ。俺の身長が伸びるにつれコシカさんの腰は曲がっていくように思える。しかし耳も口も手も、問題なく動かせる。少し目が悪いみたいだが、元気そうだ。
稲刈りをしていたコシカさんに、最近の事を軽く話して、本題に入る。
「コシカさん、米を乾かしているんですが、どんなもんか分からなくて。もう脱穀しても良いか見てもらえませんか?」
コシカさんは笑顔で了承してくれて、俺の畑までゆっくりと歩き始める。
機械での乾燥しかしたことがない俺は、皆目見当もつかない事だ。父を始め、この世界の農家は感覚でそれが分かってしまう。これは俺には無い知恵と経験だ。
「綺麗にしてるんだねぇ」
かすれた声で稲架を褒めてもらって、ついつい口元が緩んでしまう。
コシカさんは、穂だけでなく、藁も触り始める。かと思えば、穂から一粒プチっと取った。何をするんだろうかと見守っていると、その一粒を殻のまま口に入れ、奥歯で噛んだ。なるほど、かじってみればいいのか。
俺は、真似をするように一粒取って口に運んだ。だが美味しいものではなかった。
「うん。大体は良いんじゃないかな」
コシカさんは、空を見上げ、それから山のてっぺんに視線をずらす。
「このまま天気は持つね。明日から脱穀を始めると良いよ」
コシカさんはひとしきり俺の事を褒めてから、自分の仕事に戻って行った。
明日から始めると良いというのは、今日脱穀の準備をして、明日朝すぐに作業できるようにしておけという意味だろう。
米をかじってみて何か分かった訳ではないが、奥歯に残るこの米の感覚を覚えておこうと思った。
「やりますか!」
俺は背伸びをして、これから数日間力仕事をする心を整えた。
この日、俺はコシカさんのアドバイス通り明日の脱穀に向けて準備を整えた。小屋の整頓から米を入れる袋の準備。米俵も自分で作れるかやってみよう。
次の日、またもルツに起こされて朝ごはんを頬張った。数日間寝たり起きたりの時間が不安定になってから、朝が辛くなってしまったようだ。
仕事の支度をしていると、ルツが突然思い出したように言った。
「そうだ、お兄ちゃん。昨日ローラちゃんが、渡したい物があるから今日行くねって言ってたよ」
「俺に?」
「うん、そうみたい」
「そっか。分かった。ここに来たら小屋に居るって言って」
「分かったー」
ローラか、と首を傾げる。嫌な予感がしない事もない。だが、もしかしたら素晴らしいプレゼントかもしれない。
「行ってきまーす」
稲架に掛けてある米を昨日のようにかじってみる。あまり変わりは見られないように感じた。だが、ここはコシカさんを信じよう。
稲架から米を少しずつ下ろして、脱穀を開始した。
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