ご飯
俺の目にしか映っていないのか。そう勘違いしてしまう程の物が空に掲げられている。扇状のそれは、七色に光り青い空を彩っていた。端から登って行けそうなほどくっきりで、目に焼き付いてくるようだった。一晩起きていたので、雨が降った事実は無い。遠くの方で雨が降っているような雲も無い。それなのに何故、虹がかかっているのか。
「ブロードさん、あれって」
「あぁ、僕も噂で聞いていたけれど。本当に現れるとはね」
「噂?」
馬から降りて、ブロードさんに耳を傾けた。
「バーハルが終わりを告げたんだ」
「え、どういうことですか?」
突如として現れた終結の知らせ。開いた口が閉じなかった。
「僕も聞いた話なんだけれど、七色に光る大きな虹。それがこの世代のバーハルが終わった証拠らしい」
確かに、虹がかかる原理を知っている俺は、不思議と納得がいく。きっとその説は間違っていないのだろう。
「でも」
「でも」
俺とブロードさんはほとんど同時に口を開いた。言葉が被さった事に笑いを堪える。
「やるべきことは」
「変わりませんね」
ブロードさんと眉を上げる。いくらバーハルが終わったとはいえ、今もなを苦しんでいる人が居るのには変わりはない。俺たちは「行きましょうか」とたくさんの荷物を持って店に向かった。
山から顔を出した日の光は、被害の全貌をも照らし出し始めた。改めて町中を見ると、災害の大きさが至る所で物語っていた。ここからみんなで協力しても、元の生活を取り戻すのには時間がかかるだろう。これまでよりもずっと長く努力する必要がありそうだ。
「良かった。みんな無事で」
店の中には、ロットもリユンも居た。床で薄いタオルケットを被りながら横になっている。
「おはよう。良かったらこれ飲んで。暖めておいたから」
奥から目の下にクマを作っているマリーさんがコップを持って来て、机に並べていく。俺たち全員は、今すぐにでも救援に出たいという気持ちだったが、それを押し殺した。それを止めたのは、ベルナムさんだ。
「アグリ、気持ちはわかる。でも、ここはアグリに教えてもらったことを使うべきだ。安全に、な」
その言葉で忘れてしまいそうになっていた事を思い出した。そうだ。サンドリンで俺が言った事。それをみんなが実行してくれたことによって、事故はあれ以降、姿を消した。
「ヒエラルキーコントロール……」
俺が呟くと、ベルナムさんがにこりと笑い「ひとつ良いか?」と口火を切った。
「腹が減った。腹が減ったまま作業すれば、集中できないし効率も悪い。危険だって察知できないだろう。怪我や事故につながってしまうと思うのだが、どうだ?」
俺が落ち着いていられないのも、腹が減っているからなのかもしれない。ベルナムさんの言う通りこのまま出て行ってしまったら、俺が誰かを巻き込んでしまう可能性だってある。
「ありがとう、ベルナムさん」
俺は顔を上げて、みんなに言った。
「ご飯、食べよう」
すぐに準備が始まった。その間も、荷物の整理や管理を同時に遂行した。
ご飯を食べていると、美味しそうな匂いに釣られ、ロットもリユンも。リユンと帰って来た子供たちも目を覚ました。
「アグリ! 良かった無事で」
「心配かけたな。みんなも避難してくれてありがとう」
子供たちは、一斉に俺の傍に近寄って来た。心配してくれていた事に嬉しくなる。
「メセデ、足の調子はどうだ?」
「はい、リユン君が支えてくれたのでもう大丈夫です」
ロットは、兄のもとへ。リユンは、父のもとに行っている。2人とも嬉しそうだった。
「ホシャトも、昨日はありがとう。おかげで、たくさんの命が救われたよ」
それを聞いたブロードさんが「あぁ、やっぱりか」と手を叩く。
「ホシャトの声に似ていると思っていたんだ。よくやった」
「あ。ありがとう、ございます」
さて。昨日からほとんど何も入れていなかった腹には、適切なエネルギーが送り込まれた。疲れが消えたわけではない。だが、動く力が湧いてきた。俺たちの戦いの始まりだ。
「アグリ」と呼んだのはロットだった。
「コバトさんも無事だった。でも店は……」
「そうか……。分かった。ありがとう」
コバトさんの店は、海を眺めた場所から見下ろせる場所だ。おそらくは、波に。
立ち上がり、みんなの中心で今後の予定を話す。
「みんな、まず3手に分かれて持ってきたご飯を配りましょう。しばらく配っていれば噂で広がると思うので、作った組で分かれないようにしてください」
そして、マリーさんに体を向ける。
「マリーさん、魔石の在庫はありますか?」
「あるけど、少しだけね」
「そうですか」
顎に手を当て、今後の動きを何通りかイメージした。魔石が足りないのは致命的だ。あれがあるのとないのとでは、与えられる安心感が段違いだ。
「ありがとうございます。なんとかします」
魔石を持っているのは、うちだけではない。助け合えば、問題は無いはずだ。
顔を上げると、すでに3つのグループが出来上がっていた。
「まだ余震は続くはずです。安全な場所で作業しましょう」
みんなが立ち上がり、ぞろぞろと外に出た。みんなのいる場所を把握するため、俺も付いて行く。
「マリーさんとホシャト。それにメセデもここに待機で」
メセデが少し不安そうな目で俺を見た。
「メセデ、材料はまだあるだろ?」
2本の眉を同時にあげて、笑って見せた。すると、メセデの顔も変わる。
「はい!」
「頼んだよ」
3つグループはそれぞれ、国王の住む豪邸の敷地内に。冒険者食堂に。そして現在賢治さんが住んでいる家にとご飯を配る場所を作った。どこも、崩れるような物や建物が無い場所を選んだ。
「配り終えてもまだ人が来るようなら、店に来るように言うか、明日も用意する事を伝えてあげてください」
現状、すべての国民に食事を配る事は難しい。それでも、配給が滞りなくするという約束をすることで、安心感は与えられるだろう。一度の量は少なくなってしまうが、きっとわかってくれる。
「みんな、命を第一に。頼んだ!」
「はい!」
俺は、近くに居た何人かに「あそこで食べ物を配っています」と声を掛けながら次の場所へと向かった。
「ここは無事みたいで良かった……」
到着したのは、ライックさんのお店だ。
Next:心の