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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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君ならこうすると思ってね

 時間が進むにつれて、作業出来るメンバーが減っていった。その場で眠ってしまい、部屋まで運んだ子も居れば「もう限界」と自室にとぼとぼと帰って行った子もいる。たくさんの子供たちが、朝までにご飯を作るんだと手伝ってくれたので、本当に助かった。

 最後まで付き合ってくれたダリアさんに、声をかける。


「ダリアさん。明日、一緒に来てもらえますか?」

「もちろん、そのつもりです」

「ありがとうございます。少し休んでください。また日の出前に起こします」

「アグリさんは?」

「俺も少し休みます」


 ダリアさんは、小さく頭を下げて部屋を後にした。

 玄関に出て、冷めた空気を肺がいっぱいになるまで吸い込んだ。眠気や、体の疲れはあるが眠れる気がしない。昨日の事が、頭の中で上映されているのだ。こうして1人、考え事をしていると、これまでの判断は正解だったのかと不安になってしまう。それでも、前に進むしかないと言い聞かせしかなかった。


「お父さん、大丈夫かな……」


 心配しているだろうなと父の顔を思い浮かべた。何故か、父の隣には母も居て、手を繋いでいるのはルツだった。3人の笑顔を思い浮かべていると、少しだけ元気が出てきた。


「アグリ」


 随分と暗く感じる夜の空を見上げていると、背中の方から名前を呼ばれた。顔を向けると、グラミーが立っている。


「これ、良かったら」


 グラミーの手には、2つのコップが握られていて1つが俺に渡された。


「ありがとう」


 大きく口を開けて行った。大げさ気味に口を開いて話すと読み取ってくれる。

 グラミーが持って来てくれた、冷たい水は無駄に熱を持っている体を心地よく冷やした。


「今回、僕には何も出来そうにないね」


 俺の隣に座ったグラミーは落ち着いた声で言った。


「そんな事ないよ。グラミーにだって出来る事があるよ」

「そう、かな?」

「うん。明日手伝ってほしい」

「何を?」

「俺の村に行って、みんなの無事を確認してほしいんだ」

「良いけど、それだけ?」


 俺は、少し笑みを浮かべながら首を横に振った。


「後で渡す名簿の人に、稲刈りは予定通りにって伝えてほしい」

「こんな時に?」

「うん。こんな時こそ」


 もう一口、水を口に含んでから言った。


「町を元に戻すとなると、かなりの時間がかかる。だから、そんな時でも、ちゃんとご飯が食べられるようにしたいんだ」


 グラミーは珍しく笑った。


「アグリらしいね。分かった。引き受ける」

「ありがとう、助かる」


 明日の事を2人で話した。こんなに辛く苦しい時だったけど、気をきかせてグラミーが来てくれたことに感謝だ。気持ちが軽くなった。

 少しの間が開いた時、突然グラミーが立ち上がった。


「どうしたの?」


 俺の声は聞こえていないようだ。グラミーは数キロ先の一点を見つめているようで動かない。俺も同じ方向に顔を向けるが、何かが見えるわけでも、聞こえるわけでもなかった。それでもグラミーは数分その体制を崩さなかった。

 「くる」と呟いたグラミーは手を力いっぱい握りしめていた。


「余震か!?」


 グラミーの声に反応するように、安全確認をする。だが、揺れは訪れなかった。


 厚い雲に覆われているのか、星ひとつ見えない闇の中、俺の脳に聞き覚えのある声が小さく響いたようにな気がした。

 気のせいだろうと思いながらもグラミーと並んでじっと遠くを眺める。すると、ちらりと蛍のような光が揺れた。


「なんだ?」


 こんな夜中に、こんな災害が起きている最中に、誰かが孤児院に来るはずもなかった。なのにどうしてか、チラチラ光るそれは、どんどんこっちに来ているような気がした。


「え、増えてないか?」


 数分前まで、1つだった光の粒が2つ、3つへと増えている。俺は目を擦って、もう一度確かめてみるが、数が減ることは無かった。

 近づいて来る何かは、馬車だと音で分かった。この辺りでは、よく耳にする音だ。


「アグリ君!」

「誰!? 呼んでる?」


 今度ははっきりと俺の名を呼ぶ声が聞こえた。その光は、俺が目当てでここに近付いているようだ。持っていた、光の魔石を腕が伸びきるまで前に持っていき、目を凝らす。馬車本体の姿が露わになっていく。

 合計3台の馬車は、まっすぐ俺に向かって来ていた。


「ブロードさん!?」


 先頭の馬車に座っているブロードさんが見えた。大きく笑顔で手を振っている。

 すべての馬車が孤児院の大きな敷地に止まったのを確認してから、走って向かった。


「ブロードさん! 何で!」


 叫びながらブロードさんの両肩に手を置いた。服は汚れ、顔のあちこちに土やほこりが付いている。髪だってぼさぼさだ。いつも見るブロードさんとは比べ物にならない。

 ふと後ろの馬車からも誰かが下りて来たようで、光を向けた。


「お父さん!」


 2台目に乗っていたのは、父だった。俺は、嬉しさのあまりブロードさんに理由を聞く前に走り出していた。


「お父さん、良かった。良かった!」

「アグリも無事でよかった」


 父は優しく包み込んでくれた。「よく頑張ったな」と褒めてもくれた。


「怪我も無いみたいだね」


 父の後ろの馬車から声が聞こえて、顔を向ける。


「ロイスさん!」


 なんと、ローラのお父さんも来てくれている。さらにはロットのお兄さんのロストさんが操作する馬車には、村長のマルゴスさんとリユンの父、カウディさんが乗っていた。


「みんな、どうして……」


 ブロードさんの近くに集まった村のメンバー。小さい頃から見ているその顔を見られただけでも、心が熱くなった。


「アグリ君。時間は限られている。出発の準備をしながら説明するよ」


 ブロードさんはそう言って、みんなに「お願いします」と合図を出した。馬車が増えた事で持っていける食料が増えたので、その準備を開始した。ブロードさんは合間を縫ってこれまでの経緯を話し始めた。


「まず、アリアもルツちゃんもジュリちゃんも、現在ジンさんの家に居る。3人とも無事だから安心して」

「ありがとうございます。ジュリの怪我は?」

「大丈夫、意識もしっかりしているし、アリアが傍に居るから安心して」


 それを聞いて、胸をなでおろした。


「ジンさんの家は……」

「ひどいものだよ」


 ブロードさんが俯く。


「アグリ君が言った通り、あの後大きな波がジンさんの敷地を襲った。もちろん近くの村もね」


 「でも」とブロードさんにこっと笑う。


「アグリ君から貰った最初の指示の通りみんなを避難誘導した。ジンさんの畑で働く人も総出で周りの村にも伝えて回ったよ。だから聞いた話によれば逃げ遅れた人はいないって。もちろん油断は禁物だけれどね」

「本当ですか。良かった」

「ただ、甚大な被害が出たのは変わりないよ。ブロードさんの畑は半分ほど海の下になった。麦は収穫後だったからいいけれど、米は全滅になりそうだ」

「そうでしたか……」

「それに。ケンさんが事業を始める予定だったあの場所もすべて水に浸かった」

「そんな……」


 ジンさんの状況を聞いて、手が止まった。ジンさんが築いてきた物が、一瞬にして崩れ落ちてしまったのだ。みんなと一緒に働いた田んぼも、エブリイさんがケンさんの絵を描いた場所も、もう使えないかもしれないなんて……。

 ブロードさんは、絶え間なく手を動かしながら話を続けてくれた。


「あの後、何度か余震もあった。幸いなことに、倉庫は無事で食料の心配はないと言っていた。それで、僕はここに来たって訳さ」

「どうやって? まさか、あの橋を渡ったんですか!?」


 ブロードさんが首を横に振る。


「大きな波も何度か続いたからね。それは止めた。だから、走ってサンドリンに行って、リリアンが通ったであろう道をたどってアグリ君の村に到着した」

「えぇ!? 走ってですか!? そんな無茶をしたんですか!?」


 怒っるように言った。国王に会った時、ブロードさんはとても大切な存在なんだと実感した。そんな人に、走らせるなんて……。

 だが、ブロードさんは何故か不服そうだ。目を細めて俺の胸のあたりを指でさしている。


「なんですか」

「いやなに、どの口が言っているのかなってね」


 最初、何も気づかなかったがそう言えばと過去にしでかした俺の行動を思い出す。


「俺も、走ってますね」


 頭をかきながら苦笑いを浮かべた。しかし、これまでの彼とは思えない行動だ。気になって、素直に尋ねてみる。


「なんで、そんなことしたんですか?」


 ブロードさんは目をぱちぱちと何度も動かす。それから、笑ってた。


「そうだな。君ならこうすると思ってね」


 それが動機で、ここまでブロードさんを押し動かすとは思えなかった。だが、ここまで来てくれたのも事実。それに、会えて心強く感じているのも事実だった。


「そういえば、ベルナムさんも付いてきたんだ」

「え、そうなんですか?」


 ブロードさんが目を向けたのは、2台目の馬車だ。今は眠っているそうだ。ブロードさんは話を続ける。


「いくつか、報告だ。サンドリンの農家のみんなには、予定通り仕事に取り掛かるように言って来た。それと、アグリ君の村、ツィスでもね」

「ありがとうございます! 伝えに行くつもりだったので助かります」


 ブロードさんは頷く。


「それと、サンドリンとツィスでの被害状況だ。サンドリンの被害はほとんどなかった。1人だけ転んでしまって怪我をした人がいたけど軽傷だ。ツィスでの調査は暗くなり始めていたから、すべてではない。だけど、命にかかわるような被害は無いと聞いたよ。詳しくは、出発したらお父さんに聞いてみると良い」


 俺はもう一度「ありがとうございます」とブロードさんに伝えた。後ろを振り向くと、ダリアさんが騒ぎを聞いて目を覚ましてしまったのか、外に出てきてしまっている。大きな声を出しすぎたようだ。しかし、率先して働いているのはグラミーだった。一晩かけて作ったおにぎりや、保存食として残してある場所を教えたりしている。ブロードさんの顔を見ると、まだ昇って来ていない山の後ろからの光がさしていた。その顔には、達成感がにじみ出ている。俺も、あの時は出てきてよかったと感じた事を思い出したのだった。


「ブロードさん、行きましょう。みんなを助けに」

「あぁ!」


 ブロードさんが頷き、みんなに大きな声を掛ける。


「準備が完了しだい出発だ!」

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