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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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これから

 ホシャトとロットの行動で、たくさんの命が救われることを確信しながら、俺は国王の間を手あたり次第探していた。

 頑丈に作られているはずのこの建物でも、地震の影響は少なからず確認できた。高そうな装飾品、皿、絵画。様々な場所に転がっている。太い柱もヒビが入っている。あちらからこちらへ。こっちからそっちへと関係者が走り回り、床の物が踏まれているのにも、部外者の俺が入っている事にも気づかれてはいないようだ。その混乱は、地震や津波の件だけでなく、無断で発せられた俺たちの避難勧告も原因のひとつなのだろう。


「おい、何者だ」


 後ろから強い声がかかり、足を止めた。振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。ブロードさんから預かったブローチを用意する。

 「俺は……」と自分の名前を言おうとした時、何かがピンときた。その男性があの人に似ている気がしたのだ。


「もしかして、アリアのお父さんですか?」

「アリアを知っているのか?」


 アリアによく似た灰色の髪が、汗をかいたのか少し湿って見える。アリアとそっくりなのは、目じりだった。


「俺はアグリと言います」

「君が……。何でこんな所に……」


 少し前、アリアのお父さんは国王の側近をしていると聞いていたが、こんな状況で初対面をするとは。お父さんも初耳ではないらしく、誰かから聞いていたであろう空想上の俺と比べているようだった。


「さっきの放送は、俺が指示したものです。その説明に来ました」


 俺は、ブローチをアリアのお父さんに見せた。


「それは、ブロード様の」


 目を丸くしたお父さんは「分かった」と言った。


「ついてこい」

「はい!」


 走るお父さんに付いて行き、大きな扉の前に到着した。


「特別だからな。あまりこの部屋に入った事を話すんじゃないぞ」

「分かりました」


 そんな事を言われると、余計に緊張してしまう。表情が無意識に固くなっていることを感じながら部屋に入った。国王様とは、どんな人なのだろう。威厳があり、固い人格の持ち主だろうか。ただ、ブロードさんの話を聞いていると、お父さんより、おじいちゃんである国王の方が話しやすそうと感じる。

 「えっ……」と俺の目は、点になった。俺の目の前に居るのは確かに国王様のはずだ。しかし、想像していた人とは全く違っていた。


「何をやっておられるのですか! 手でも切ってしまったらどうするおつもりですか!」


 俺が見ている光景と同じ物を見たお父さんは、そう声をかけながらすぐに国王に駆け寄った。


「だって。ここに居ろと言われても、する事がないからねぇ。掃除でもと思って」


 割れた皿、花瓶。さらに本棚にあった本も片付けている。それが前掛けを腰に巻いた国王様だった。

 「はぁ」と大きく息を吐いたお父さんは国王を席に着かせて、話し始める。


「仕事をお持ちしましたよ」


 お父さんは、俺の肩に手を置いて、前に出してくれる。


「誰だい?」


 自分で話せと、顎を動かしてきたので、口を開いた。


「ブロードさんにお世話してもらっている、アグリです」


 そう言って、ブローチを見せた。国王様は無言でそれを見つめている。


「まず、ブロードさんとアリアさんの無事をお伝えします。2人は俺とカタットの友人の所へ行っていました。帰り道、地震に襲われ、橋が崩れてしまってばらばらになりましたが、みんな怪我はありませんでした」


 「アリアもか」と少し食いついてきたお父さんに「はい」と答える。


「今は、友人の家に戻り避難誘導をしているかと思います」

「そうか、良かった……」


 たくさんの息が混じった声で、安堵が漏れる。きっと、国王も、お父さんも不安な心を押し殺すため、体を動かしていたのだろう。俺もその1人だ。


「放送をしたのも君かい?」


 国王が目を細めて俺を見た。


「はい。津波の危険性を感じました。おそらくもう到達している頃かと」


 国王は小さく「そうか」と言って、俯く。

 静かな部屋に、廊下から轟音ようなの足音と、指示をだす声が聞こえる。みんな一生懸命に対応している。

 国王は何かを決心したように俺の傍まで歩いてきた。こんなにも、目上の人と話すのは初めての事だ。出来れば離れていてほしいが、逃げるわけにもいかない。


「君は、サンドリンを復興したそうだねぇ」


 俺は、躊躇する事なく「はい」と答えた。


「そうか。ならこれから、君には何ができる」


 少しの間を開けて俺は答える。


「俺には何もできません。でも、俺たちのコポーションならどんな事でも出来ると保証します」


 すると、国王はにこっと両方の唇を上げた。


「よかろう。好きに動け。ひとりでも多く、救って見せろ」

「はい!」


 国王様からの鼓舞を受けて踵を返した。部屋を出るため大きな一歩を踏み出す。そこで、ひとつ言い忘れた事を思い出し、お父さんに頭を下げた。


「なんだ」

「アリアさんと結婚する事になりました。こんな形のあいさつで申し訳ありません」

「は、はぁ!?」


 聞こえなかったのかと、もう一度大きな声で言ったら「聞こえとるわ」と叫ばれた。


「許してないぞ。どこの誰かも知らん奴に娘は渡さん!」

「もう遅いです。では!」


 俺は、そそくさと部屋を出る。


「アグリと言ったか。これを持っていけ。お前のだ」


 お父さんから渡されたのは、王族関係者の証のブローチだった。ブロードさんのとは違う。俺のブローチだ。国王様の側近をしている娘の夫。これは、認めてもらったと考えて良いのだろうか。良いのだろう。


「ありがとうございます!」


 俺は居心地がわるい豪邸を後にして、馬に乗った。外は変わらず混乱の渦の中にある。向かった先は、もちろんアリアの店だ。


「良かった、無事だ」


 店は、健在だった。どこも崩れていない。陳列棚や、観葉植物、商品は散乱している。だがリユンのリフォームが功を奏したんだろう。


「マリーさん! マリーさん!」


 大きな声で呼ぶと「アグリ!」とカウンターの陰から顔を出した。その下で身を守っていた事がうかがえた。


「アグリ! みんなは! みんなは無事!?」

「はい! アリアも、俺も。全員無事です」

「良かった……」


 安心して、力が抜けたのか、膝から崩れ落ちる。マリーさんにも怪我が無いか確認したが、擦り傷があったくらいだった。


「マリーさん。お父さんに会いに行ったら、これを貰いました」


 手を広げて、例のブローチを見せた。するとマリーさんが口をぽかんと開けて「それは」小さく漏れる。それを見せただけで、すべてを理解したようだった。


「こんな時だけれど、おめでとう」

「ありがとうございます」


 俺は空気を変えて、マリーさんの肩に手を添える。


「俺はこれからいろいろ動きます。みんなにご飯を用意したいんです。これだけの災害、相当の時間と労力が必要です。協力してくれますか」

「えぇ、もちろん」


 「ありがとうございます」ともう一度言いながら、俺は頭の中でメンバーとこれからの動きをイメージした。今、手を貸してくれそうな、人は限られている。マリーさんとホシャト。ロットとも早く再開したい。コバトさんの安否も確認したい。孤児院や、父に会いに帰っている時間は無いし、日も隠れてきて、すぐに暗くなってしまうだろう。残り時間は刻一刻と差し迫っている。

 「どうしたら……」と心を一度落ち着かせるために呟くと、マリーさんが突然「何っ?」と外に目を向ける。釣られて俺も外に注目すると、大きな地鳴りが聞こえた。余震か……。いや、この声は。

 急いで、外に出て確認した。100メートル先で、砂煙が上がり、家がみしみしと壊れていく音が聞こえる。この感覚、この空気。この違和感。何度か過去に味わっていた。姿を見なくても何が迫ってきているのか判断できた。俺は思わず叫んだ。


「こんな時に!」


 マリーさんの悲鳴が響き、奴の姿が見えた。俺は気付かない内に拳を握って固い柱を殴る。


「なんでここに魔獣が居るんだよ!!!」


 人々が、次から次へとこちらに逃げ、走って来る。俺は、どうする事もできず立ちすくんだ。

Next:仲間

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