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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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避難勧告

 一瞬のようで、スローモーションにも感じる時間だった。ドンッと下から突き上げるような揺を感じ、その後はじき出されるような揺れが俺たちを襲った。反応が遅れたホシャトは宙に浮いたように見える。前に居たはずのロットの馬車が操作不能になり、急加速していった。俺の馬車も例外ではないく、馬が大きな一歩を踏み出す。俺にはもう止めることが出来ない。俺自身、馬車から落ちないようにするだけで必死だ。顔を上げて先を見ると、ホシャトが倒れ蹲っている。名前を呼んでも聞こえる気がしない。揺れは収まらない。

 すぐに馬車を放棄して、飛び降りた。2頭の馬が息を合わせられてない内にホシャトを抱え上げて、きしむ橋の向こう側へ走る。馬車はそれを追いかけるように走り出してくる。


 橋を渡り切って、馬車が進んでこない場所に避難した。揺れはまだ続いていて立っていことすら難しい。向こう側を見ると、アリアがみんなに声を掛けながら1つに固まっているのが見え、少し安心した。馬車がロットの向かった方へ行った時、少しづつ揺れが収まっていくのを感じる。

 切れている息を落ち着かせ、ホシャトに怪我が無いか確認する。


「ホシャト、大丈夫か」


 呼びかけると、目を開き、かすれた声で「はい」と言った。

 俺は立ち上がって、辺りを見渡す。落ちてくる物はここには無い。火も大丈夫。次にみんなの安否。少し先の方に馬車から降りたメンバーを見つけて駆け寄る。


「みんな、大丈夫か!」


 右手の指を折りながら、数えていく。子供たちは5人いる。リユンも大丈夫。ロットの行方は分からない。今の所怪我人はいない……、いや、メセデが足を押さえているのを確認。次は向こうだ。アリアやブロードさんは大丈夫か。

 橋の方へ振り返ると、全身の力が抜けた。


「嘘……」


 そこには何もなかった。さっきまで渡っていた橋すらも。

 目線を奥の方に持っていくと、両手を上げて振っているアリアが見える。俺はアリアに向かって叫ぼうとした時、アリアが誰かに魔法を使っていることが分かった。


「ジュリ!」


 ジュリが、ブロードさんに抱えられているのだ。腕は垂れ、力なくぐったりとしていることが、ここからでも分かった。ジュリの事は心配だ。でもここからは何も出来ない。

 ブロードさんが事らに気付いて、俺の目を見る。俺ははっと意識を集中させた。

 川の幅は10メールも無いくらい。崩れた橋の上なら歩けない事も無い。しかし渡るのは危険だ。いつまた余震が来るか分からない。俺は叫ぶ。


「歩いてジンさんの家に戻るんだ!」

「分かった! アグリは!」

「家に向かう! 落ち着いたら、サンドリンから迎えに行くからそれまで待ってて!」


 大丈夫。落ち着いて対応できている。ロットも心配だが、先に歩けばいつかは会えるだろう。ジュリにはアリアが付いてくれているし大丈夫、大丈夫、と言い聞かせた。ブロードさんにアリアを頼むと叫ぼうとした時、リユンが顔を真っ青にしながら川を見て言った。


「アグリ、これ」

「えっ?」


 俺も川を見る。


「引いてる……」


 俺の体から血がすっと抜かれたような感覚になった。見て分かる程、川の水が海に引き寄せられているのだ。動揺を隠す事なく思いきり叫ぶ。


「避難しろ! 海から離れろ!」

「アグリ?」

「リユン。津波が来るぞ」

「えっ?」

「リユン! みんなを頼む。すぐに動ける準備を!」

「わ、分かった」


 俺はアリアの方にもう一度向き直る。呑気に相談している場合じゃなかった。

 あっちのメンバーは、アリア。ブロードさん。ジュリ。エミヤ。ルツ。あの5人なら……。


「アリア!」

「何!」

「でかい波が襲ってくる! ジンさん達や他の人にも避難しろと伝えて! 海には近づくな!」


 詳しく説明してる暇はなかった。震源地がどこかは不明だが、場所によってはもう来ていてもおかしくは無い。頼む、もう少しだけ時間をくれ!


「アグリ君!」


 後ろから大きな声が聞こえる。ブロードさんだ。振り返ると、大きく腕を上げているのが見てとれた。すると、小さい何かがこちら側に飛んできた。急いでそれを拾い上げてリユンのもとへ走り、状況を確認する。

 リユンのおかげで、子供たちはすぐに出発出来る状態にあった。少し先には、木に引っかかって動きを止めている馬車と、2頭の馬。ロットの姿は確認できない。


「子供たちの避難は最優先。それから、町の人の避難も。どうする。国全体に伝えられるような物がこの世界にあるのか……」


 気付かない内に、考えていたことが声に出ていた。それを近くで聞いていたホシャトが言った。


「ある……かも」


 俺はその言葉を信じる事しか出来なかった。考えている余裕はない。


「ホシャト。一緒に来てくれ」

「は、はい」


 俺は馬に駆け寄って、馬車から離す。その作業中、リユンと今後の事を話した。


「リユン、子供たちを頼めるか。山に向かって走れ。ここも危険かもしれない」

「分かった」

「ありがとう。出来るだけ、高い所へ。落ち着いたら助けに来るからそれまで耐えてくれるか」

「うん。任せて。アグリも気を付けて」


 馬車には、ジンさんから貰った食料が積んである。荷崩れはしているが問題は無い。後の判断はリユンに任せた。俺とホシャトが馬に乗って振り向く。川の向こう側に居たアリア達の姿はもうない。無事に行ったみたいだ。リユン達も歩きだしている。メセデはリユンに肩を借りて何とか歩けている。


「行こう」


 俺は馬を走らせた。

 最初の地震が来て数分か。もしかしたらもっと経っているかも知れない。俺は必死に馬を操った。


「どこに向かえばいい」


 後ろで捕まっているホシャトに叫ぶ。ホシャトも俺に向かって叫んできた。


「学校!」

「学校!?」


 俺は思わず聞き直す。そこに何があるというのだろう。


「学校になら、放送できる魔石と魔力がある」

「そうか、放送!」


 そうだ、と俺は思い出す。小さい頃ルツと会うため学校に行った。その時、校長のシャーロット先生が放送を使ってルツを呼び出してくれたんだった。


「でも、学校内だけの話じゃないのか?」

「普通なら。でもシャーロット先生なら、各家庭の魔石にも伝えられる。あの人にしか出来ないけれど」


 それが本当ならまだ希望はある。助けられる。なら全力で、行動するまでだ。


「分かった。飛ばすぞ、つかまってろ!」


 俺はさらに馬のスピードを上げた。

 あの大雨ではジュリの父を失った。干ばつでは母を亡くした。サンドリンでは老夫婦を見つけることが出来なかった。もう誰も失いたくない。全員を助けるなんて決して簡単な事ではないが、希望があるなら、方法があるなら全力を尽くしたい。


「アグリさん、あれ!」


 先を見ると、見覚えのある馬車があった。ロットだ。


「ロット! 走れ!」


 馬車、馬共に健在だった。

 俺に気付いたロットは、瞬時に動き、俺と並走を開始する。俺たちは幾度となくこうして並んで走った。息はぴったりだ。


「ロット! これからトラン全体に避難指示を出す。ロットは、逃げられない人や海の近くに居る人を馬車で高い場所に運んでくれ」

「分かった!」

「頼んだ。くれぐれも、無理はするな……」


 俺はその先の言葉に詰まった。全員を助けるため、これらの行動を起こす。でももし、だれかとロットを選ぶ必要があった時、俺は必ずロットを選ぶだろう。そんな自分が怖くてたまらない。命は皆に愛されるべきなのに、俺は無自覚に差をつけてしまっている。

 ロットが急に深刻そうな声で言った。


「アグリ。ジュリは無事か」

「あぁ、大丈夫だ」


 俺は声を絞り出した。本当の事を言うべきなのはわかっている。でも今の状況で、ジュリの怪我について話すのは最善ではない気がした。アリアが治してくれているに違いない。きっと大丈夫だ。


「そうか……」


 ロットは、少しの時間俯いてから前を見据えた。


「行こう、アグリ」

「うん!」


 港町に入って俺たちは別れた。

 地震発生から10分と少し。逃げる時間を考えると、ぎりぎりか遅いくらいだ。それでも、やる事は変わらない。

 町の中は悲惨そのものだった。建物を見れば、ここでも大きな揺れが生じたのだろう。辺りの空気は埃っぽく、どこかで火があがっているのか、灰の匂いもする。あちらこちらから悲鳴と助けを求める声が耳に入る。ほとんどの家は崩れ落ち、原形をとどめている家屋ですら、どこかが倒壊していた。今すぐに助けの手を差し伸べなければ命に係わる状態の人ともすれ違う。

 俺は、手に握りしめられていたブロードさんにもらった物を見る。手のひらにはその跡がくっきりと付いていた。


「これは……」


 それは、いつもブロードさんの胸に付けられていたブローチだった。肌身離さず持っていたのは、ブロードさんが王族の証であると証明してくれるものだからだ。

 学校の前に到着し、ホシャトを下す。


「ホシャト、よく聞け。放送が出来るようになったら、沿岸部に住む人の避難を指示しろ。遠くではなく、高い場所にだ。まだ地震も何度か来るはずだ。出来れば学校も開放してほしいと交渉してくれ。ここは安全だからな。頼めるか」


 ホシャトは息を飲んで頷いた。


「アグリさんは」

「俺は、ブロードさんのお父さんに会って来る。状況の報告と、これからの動きを手伝いたい」


 それは恐らくブロードさんの望みだ。だから俺にこれを渡したんだ。


「分かりました。無事を祈っています」


 俺はホシャトと別れて、この国で一番大きな建物に向かう。会うのは初めてだが、間接的に関わって来たのは間違いない。きっと、力になってくれる。

 ブロードさんの実家には馬をとばして2分で到着した。その間にも、たくさんの人を置き去りにして、胸が痛む。


「嘘だろ……」


 これから入る国王の家の前には、100人居てもおかしくないほどの人だかりができている。何かを求め、押しかけてきているのだ。俺は、馬を柵に縛り付けて、その中に入る。先頭では、警備が肉壁となっていた。そのうちの1人にブローチを見せる。その瞬間、目を丸くしてすんなりと中へ入れてくれた。

 その頃、各家にあった魔石から、町全体に声が響き渡った。


「トラン在住の国民の皆さん。こちらはトラン王国です」


 そんな放送がみんなの耳に入ると、一瞬で静けさに包まれた。俺は達成されたひとつが分かり安堵する。それにしてもこちらはトラン王国ですとは、ホシャトもなかなか肝が据わっている。俺が、国王相手に話が上手くいく前提での放送のようだ。


「現在、津波が発生しています。沿岸部に住んでいる人は直ちに避難してください。現在、大きな津波が発生しています。今すぐに高い場所に避難してください」


 ゆっくりと落ち着いた声で放送がなされた。俺はその声を聞きながら奥へと足を動かす。ホシャトのおかげで、何人もの人が救われるだろう。その放送は何度も繰り返されたのだった。


 俺は、建物内の奥へと進み、片っ端からドアを開けて国王様との接触をはかった。

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