芋
中干しをすると、田んぼはひび割れが発生してくる。初めて見ると、水の入れ忘れなのではないかと心配にすらなってくる。でもこれは非常に大切な工程だ。水を減らし根をしっかり伸ばさせる事によって、地中に酸素を送ったり、土の中のガスを抜く効果もある。硬くなった土は、稲刈りの際効率が上げる。
俺の田んぼでも水の出し入れを何度か繰り返して、時期が過ぎた。サンドリンでも俺と同じことを考えているだろう。
「まだかなぁ」
朝日を体いっぱいに浴びながら、田んぼを眺める。田植えの時にはまだ薄かった緑が、いまでは円熟した緑になっている。時期的にはもうそろそろのはずだが、見たところ穂は確認できなかった。
中干しの時に伸ばした根っこは、追肥の養分をしっかり吸って米を作っていく。ぐっと成長を見せてくれるこの時期は、どこか気持ちがそわそわしてしまうのだった。だが、ずっと見ていたところで何の変化も見られないのは分かっている。
米を育てる田んぼの隣では、夏野菜がそろそろ終わりそうだった。ナスやトマトの皮は固くなっていたし、夏大根は先日の雨で伸びすぎてしまった。ピーマンは花が落ちてしまっている。唐辛子も同じだ。蔓を伸ばした豆も実が少なくなってきて、そろそろ切ってしまう頃だ。
今年は特にポップコーン用のトウモロコシが豊作だった。やはり虫の影響を受けないで作った物だからだろう。量はもちろん、色つやも綺麗だったと聞いている。院の子供たちはあれを作るのが楽しいらしく、世話する担当も決まっているのだとか。
少しずつ、野菜の旬も移り変わり種を蒔く季節となっていく。白菜やキャベツなんかの種も蒔いていかないといけない時期だ。
「行くか」
ある程度の畑仕事を午前中の内に終わらせて、俺はコニーの元へ向かった。この格好では臭いと怒られるので、しっかりとケアをして向かう。
「準備出来てるよ」
畑に行ってもコニーの姿が見えず、小屋に行くとお昼休みをとっていた。コニーが言う準備とは、里芋の事だ。この時のために、大事に取っておいてくれた。
「それで、何作る?」
今日のコニーの気分は良さそうだった。なんでも自分の作った作物を売るために、2人で商品を考えようと話していたからだ。
「コニーって、これからも芋を作りたいと思ってるの?」
「そうだけど、なんで?」
コニーは怪訝な顔を俺に向けた。
コニーが最初に作った物は、山で見つけてきた芋類だ。この世界ではジャガイモ以外にはそんなに食べられているものではなかった。しかし、コニーはそんな芋類に興味が湧いているようだ。俺も前の世界では芋を作っていた。だが収穫までちゃんと成長しているか分かりにくく、葉が大きいため虫も大きい。病気にもなりやすいし、掘ってみたら小さかったなんて事もよくあった。
「なんでって、んー。木に実がなってそれがだんだん大きくなるのを見られる方が面白いんじゃないのかなって」
そう言うと、コニーは「それもそうだけど」と自分の考えを整理している様子だった。
「でも、掘ってみないと分からないって、なんか宝物を掘り起こしてるみたいでわくわくする」
コニーは笑うと、弁当箱に入った最後の米を大きな口を開けて放り込んだのだった。
コニーと初めて会った時は、不愛想で接しにくい面もあった。しかし、今では良き仕事仲間の関係を築き上げることが出来ている。約一年、一緒に農業をしていろいろな事を試した。コニーは失敗を恐れる性格ではない。そのため、俺は積極的に作り方を教える事はしていない。そんな事が、俺を見る目を変えたのかもしれないと思っている。口うるさいのは嫌いなのだろう。
コニーが言う、宝探しも確かになと思いながら作業を始めた。俺は持ってきた油や、味噌を取り出して台所に並べる。
「さつまいもの方もお願い」
「うん、分かった」
今年のイヤルの時期に、初めてさつまいもを植えた。ジンさんから分けてもらった苗だ。自分の畑で植えようかとも思ったのだが、ここはコニーに任せる方が楽しめると思い、お願いした。案の定、こんなひょろっこい蔓から芋が実るのかと驚いていた。少しずつ距離を伸ばしていくさつまいもに「そっちはだめだ」とか言いっているらしい。コニーにとって植物は、良い遊び相手なのかもしれない。それゆえに、大切に扱うのだろう。
「里芋も、ぎりぎりだね」
「うん。温度に気を付けても厳しい」
里芋は寒さに弱い。秋に収穫した里芋は、土を付けたまま小屋に運んだ。里芋を山にように積み上げて、もみ殻でその山を包む。それに加え小屋の室温がマイナスにならないよう、魔石で調整した。だからといって、すべてが生き残る訳ではなかった。雪が解け始めるころから、徐々に腐っていく個体が増え始めたのだ。これは前の世界でも同じだったのでどうする事もできない。出来るだけ早めに捌くしかないだろう。
俺は里芋の皮をむいて水に曝しておく。
「前に話したけど、やっぱり食べ歩き出来るようなものが良いよね。里芋コロッケもそうだけど」
「コロッケ、売れてるの?」
里芋の下処理をしながらたわいない会話を続ける。
「うん。かなり売れてる」
「そうなんだ」
「一度来てみたら? お客さんの様子を見るだけでも何か変わるかも」
コニーはこれまで一度も店に顔を見せたことは無い。買い物だってリユンに頼んでいるそうだ。肥料や種の購入も、俺からしか買わなくなった。コポーションとしては儲けが出るのでありがたいのだが。
「いいよ、別に。興味も無い」
「そうか」
これまでも何度かそういう事を話したことがある。だけど返事は同じだった。気遣いを示したいとは思っているが、無理時もできない。こういう距離感がコニーにとっては良いのかもしれないと思った。
コニーが作った里芋で作るコロッケは、大人気商品だ。院近くの市場でもこっちでは売らないのかと言われたと報告が来ている。それをコニーに伝えても「そうなんだ」としか返ってこないが。
今日里芋で作るのは、田楽だ。茹でた里芋に味噌を塗って軽く焼いて提供する。串に刺して売れば、食べ歩きにもなるから最適だと考えた。
串に3つの里芋を刺し、火であぶる。すると香ばしい香りが辺りに漂った。隣から、大きく息を吸う音が聞こえて笑いを堪えた。素直なところもあるんだな。
「はい、食べてみて」
味噌が芋にしっかりついたのを確認して、渡した。
「熱いから気を付けて」
右手で串を持ったコニーは、3度息を吹きかけた。里芋田楽から揺らぎ出る湯気が、風下へと動く。食べられる熱さかどうか確かめるように、口を付け里芋が串から外れた。
「ん、美味しい……」
その一言を最後に、無言で完食した。
「どう? 売れそう?」
「うん」
「そっか」
コニーは詳しく感想を言ってはくれなかったが、2本目に手を付けたので俺はそれで満足だった。
この日、追加で2つの里芋料理を作った。まずは、里芋を厚めにスライスして揚げたものだ。しかし、これは潰して作ったコロッケの方が美味しいとの理由で不採用となった。もう1つは、里芋団子。潰した里芋と謎の肉を合わせ、丸めて焼いた物だ。こちらは、味は問題なく美味しかった。だが、見た目が悪かった。団子状に丸めて焼いたものの、途中で崩れてしまったのだ。おそらく片栗粉かなんかを加えてやれば形は維持できるのかもしれない。ジャガイモからでんぷんを取ることが出来た時にでも、もう一度作ってみるという事に決まった。
さつまいもの料理もいくつか紙に書いて渡しておいた。だが、やっぱり最初は焼き芋が良い。石焼なんかできたら最高だ。甘くなかったら干せばいい。頭に浮かぶ物すべてを記しておいた。
「かなりお腹に来るね」
試食をかなりの量したため、コニーもお腹をさすっている。しばらくは動けそうになかった。
「畑の方はどう? 順調?」
「たぶん。でも雨が少ないから、少し心配かな」
「あぁ、確かに」
コニーが言ったとおり、晴れの日が多いと感じる。魔石があるので、水の心配はしていないがあの干ばつの時期も記憶に新しい。忙しく動いていたため気が紛れていたが、バーハルだって終わったのかすら分からない状態だ。俺たちの仕事は自然の驚異には敵はない。そのため、何かが起こる前に準備を整えておきたかった。
コニーはいつの間にか床に寝転がっていた。
「まぁ、大丈夫でしょ。何とかなるよ」
「なんだそれ」
鼻で笑いつつも、俺も同じ気持ちだ。俺たちならなんだって対処出来る気がしたのだった。
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