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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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草刈り

 ルンルン気分とはこのことだろうか。今にもスキップしてしまいそうなくらいだ。早くアリアの家に行って、お手製のお昼ご飯を楽しもう。

 夏本番。そういってもいいような暑さだ。サンドリンでも、孤児院でも昼間の作業は避けるようにと伝えた。無駄に体力を消費し、効率も悪くなる。何より、体調を崩してしまう。組合員の健康を守るのも俺の仕事だ。しかし、今日は仕事の事はひとまず置いておこう。なによりご飯なのだ。

 もう何度もアリア手作りのご飯を食べてはいる。だが今日は俺にとって特別なのは言うまでもない。ついこの前、アリアと話していると、ある単語が耳に入り頭を離れなかった。


「アグリってお米、好きなんだよね?」

「え? うん、そうだけど」


 俺はポカンと口を開けた。


「私もお米好きなんだけどね……」

「他に好きな物があるの? なんだっけ?」


 アリアの好きな物は一通り知ってはいるはずだ。でも改まって言ってくるという事は、きっと別の物なのだろう。


「なかなか手に入らないのだけど。麺が好きなの。知ってる?」

「えっ、待って。麺類あるの!?」


 これまで、探してこなかったわけではない。だが、どこを探しても見当たらなかった。


「当たり前よ。でも輸入しないと手に入らないけれど」


 そんな話をしてから数日。アリアが手に入るかもしれないから食べに来てと誘われたのだ。何年ぶりの麺だろ。ラーメンか。パスタか。蕎麦か。夏だしそうめんという可能性も。どんな物でも美味しい事には変わりない。存分に楽しむとしよう。

 しばらく歩くと、店が見えてきた。建物の軒下には6人のお客さんが列をなしている。店番をしているのは1人の男性だった。彼は俺を見つけると、体ごとこちらを向き頭を下げる。


「お疲れ様です!」


 俺はその元気な挨拶を見て、思わず笑顔になる。


「頑張ってくださいね」


 軽く手を上げながら、お客さんの中をかいくぐった。

 玄関のドアを開けて、足を踏み入れる。足が軽い事は言うまでも無い。すると視界に、小さな女の子が移り込み、反射的に体がストップをかけた。時間が止められたかのように動けなかった。顔を上げてはならないと、誰かが言っているように感じた。

 視界には、床と、見覚えのある杖。ここにあるには強く違和感がある、制服のようなスカートの裾。


「よう、アグリ。待ってたぜ」


 シャウラさんがそう言い切る前に、俺はドアを閉めた。

 すると、お客さんをさばき終えていたセムさんが驚いたように、言う。


「アグリさん? 大丈夫です?」

「セム、後任せた」

「え、ちょっと!」


 俺はそう言い残し、店を後にした。

 しかし、間に合いそうにない。必死に走っているが、後ろから迫ってきている彼女からは逃げられないと肌で感じる。彼女から感じ取れるのは、怒りや憎しみではない。殺意だ。魔力の魔の字も感じられない俺ですら、危ない魔法を使おうとしているのは一目瞭然だった。捕まってしまえば、いっかんの終わりだ。


「なんで逃げる! 俺は怒ってないぞ」

「じゃあなんで追いかけてくるんですか!」

「話し合おうじゃないか!」

「その魔法を止めてから言ってください!」


 俺は必死で逃げた。シャウラさんが追いかけてくる事には心当たりがあったからだ。

 まず、まだ学校潜伏を依頼したお金を支払っていない事。そして、ルツを助け出したのにも関わらず、シャウラさんを学校にほったらかしにしていた事だ。けして忘れていた訳ではない。いや、たぶん。時々思い出してはいたし。

 走っていると、守ってくれそうな場所がある事を思い出した。あそこに行けば、たとえ魔法を放たれたとしても大丈夫だ。俺は方向を変える。


 シャウラさんとの距離は徐々に近づいていていたがぎりぎりのところで、例の建物へと入ることが出来た。「ようこそ、我が魔法館へ」の言葉を聞くことなく、ライックさんの前に立ち「助けてください!」と叫んだ。


「えっ? どうしたの?」


 驚いた表情で立ち上がった、ライックさんは何が何だか分からない様子だった。

 するとすぐにドアが開く。当たり前のようにシャウラさんがそこにいる。


「げっ、シャウラ」


 俺とライックさんを交互に見たシャウラさんは、矛先をライックさんに変える。その隙に俺は部屋の奥へと向かったのだった。


「シャウラ! 何で僕なんだ! 落ち着いて!」


 そんな声を最後に、ライックさんの声は、悲鳴に変わり家全体が何度も揺れたのだった。


 しばらくすると、その異常事態も落ち着きを見せた。ドアを少し開けて隙間を覗く。すると、シャウラさんが足を組んで椅子に座っていた。大変ご立腹な様子だが、もう魔法を使う事はなさそうだ。大切な杖を机に立てかけてある。このまま隠れていても埒が明かないのでゆっくりと部屋を出た。


「まぁ、座れ」


 俺に気付いたシャウラさんは、目の前の椅子を指さす。俺は指示に従った。ライックさんの方をチラリと見ると、半泣き状態で部屋の片付けをしている。

 シャウラさんが、いつもより低い声で俺の目を見て言った。


「別に、金や俺を放置していた事に怒っている訳じゃねぇ」


 俺は「えっ?」と声が漏れた。その事について怒っていると思っていたからだ。


「どういう事ですか?」


 シャウラさんが大きなため息をついてから話し始める。


「俺は、冒険者としても、魔法使いとしても誰かに指示を与えたり、仕事を任せたりする立場に居る。人の上に立っているんだ。分かるな?」

「はい」


 俺は小さく頷いた。


「お前もこれからたくさんの人の上に立つ男だ。だからこれだけは忘れるな。報告。連絡。相談。これを無意識の内に出来ていないと、組織は終わる」


 鋭い眼で睨まれた。

 俺は、その目で凍ったように固まる。そうだ、俺は大切な事を、これからみんなにしてほしい事をシャウラさんにしなかったのだと気付かされた。シャウラさんは続けてこんな事も言った。


「仕事を任せてもらえるというのは嬉しい事だ。でもな時々話す事で、ひとりでは見えなかったことも見えてくる。それは良い点かもしれないし、悪い点かもしれない。それを見て動き、指示を出すのがお前のこれからしないといけない事だ」


 俺は、シャウラさんの熱い目を見て思い出した。過去の俺は、シャウラさんが言ってくれたことをしていなかった。機械や道具の不具合を報告しようとしなかった。お客さんから注文が届いた時、すぐに連絡しなかった。自分でどうにも出来なかったことを相談しなかった。俺がこの世界にきたきっかけもそれが原因だったのかもしれない。場合によっては、俺が誰かをこの世界に飛ばしてしまっていたのかもしれない。そんな事が頭の中を埋め尽くした。


「ありがとうございます、シャウラさん」


 シャウラさんは、言いたい事が言えたようで満足げだった。その頃にはシャウラさんも笑っている。そして店を出る時「応援してる」と言って杖を振った。


 その後、俺たちの仕事は草刈りが続いた。もちろん自分の田んぼでもするが、草刈りの指導はサンドリンでも行われた。細かい場所はいつもの鎌で草を刈る事になっているが、今回は別の道具も使った。農家さんの前で実演をする。


「この柄の長い鎌なら立ったまま作業できます」


 手に持った鎌を、腕だけでなく腰も同時に動かしながら振る。刃の部分も長くされているので、広範囲に草が刈れるのだ。

 すると、農家さんが並んで見ている後ろの方から声が聞こえる。


「草の下から刈らなくても?」

「良い質問ですね」


 今、草を刈った所では高さ約10センチ程が残っている状態だ。


「これにはしっかり理由があるんです。分かる方いますか?」


 俺は周りを見渡しながら声を掛けると、それぞれが顔を見ながらざわざわと話している。少し待っていると、高い声が聞こえてきた。


「虫ですかね」

「おっ、良いですね。虫が何でしょう?」

「えっと。虫も草の中に居るからとか……」


 徐々に自信が無くなったのか、最後の方は声が小さかった。だが、正解だ。


「その通りなんです。その中には、虫を食べてくれる虫も居る事から、住処を奪う事が無いように出来ます」


 俺はさらにメリットを伝える。


「例えば、草にも、上に高く伸びる草と、地面を這うように伸びる草があります。上に伸びる草だけを刈る事によって、血を這う草が地面を覆い、長い草が伸びにくくなる効果もあります」


 背の高い草。例えばイネ科の雑草だ。これが好きな虫はカメムシだ。ルツが用意する魔法のカバーを順次導入する予定ではあるが、間に合わない可能性も考える。イネ科の雑草を地を這う雑草によって抑制されれば、カメムシも寄ってこないという期待も持てるのだ。


 このような知識もみんなに伝えつつ、シャウラさんに教えてもらい反省した点も伝えた。問題や異常事態。そのほか良いアイディアも組合のみんなで共有するためだ。特にブロードさんとは強い関係を維持していく事を決めた。これからどんどん組合員は増えていく事だろう。農業が盛り上がっていくと同時に問題も少なからず出てくる事が予想できる。しかしみんなで共有すれば、すぐに解決への糸口が見つけられ、働く人の命を守る事が出来るだろう。

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