雑草対策
春の苦みのある野菜から、水分の多い野菜へと季節は変わっていく。朝晩はまだ過ごしやすいが、日中は服が肌にくっつき作業もしにくくなってきた。今年から、虫を探し駆除するという作業がなくなったことによって、時間ができそのほかの作業が進められた。流石俺の妹だ。この魔法を利用している農家は現在、17件。ルツの気持ちを尊重し、組合員は無料で利用可能だ。綺麗な野菜が出来る事で俺たちコポーションの利益になるので、問題は無い。
「アグリ、おはよう」
朝ごはんを作っていると、玄関から音がした。ドアを開けるとジュリが居たので朝ごはんに誘ってみる。するとジュリは嬉しそうに頷いた。
「部屋に置いておけばいい?」
「うん! 机に置いておいて」
「分かった」という返事は無い。聞く前から部屋に入っいていたようだ。
俺は朝ごはんの鍋に向き直る。今日のメインはこれだ。暑い夏に重宝するこの飲み物の名前は。
「味噌スープだ」
「味噌スープ?」
家族にも、ジュリにも聞き返された。これを作るのにどれだけ苦労したか、みんなは知らないだろう。
器によそい、テーブルに持っていくとさっそく父がスプーンを手に取ってスープを軽く混ぜた。中には白い具が汁と一緒に円を描く。
「これは……、里芋か」
「うん。コニーの畑で作ってるやつ」
去年、コニーが懸命に働き世話した結晶だ。ほどよい粘り気と、甘みがあってとてもいい出来だった。
ジュリが器を手に持ってすすり始めた。ルツはその様子をじっと見つめる。
「はぁぁ。美味しい」
ジュリは満足そうに息を吐き、器を置く。
「これ、院で作った味噌よね? お湯に溶かすとこれになるの?」
「そうだよ。でも、それだけじゃない」
俺は問題を出すように、顔を上げた。ルツはどうでもいいのか、そそくさとご飯を食べていた。
「んー、言われてみれば、違う香りがするような」
「なんか、魚? でも、畑の物しか使ってないし……」
「間違ってないよ、それ」
味噌汁を作るにあたり、大きな壁は味噌だと思っていた。しかし、その壁を超えた後に気付いたのだ。出汁が無いことに。もちろん、出汁が無くても味噌スープは成立するだろう。だが、それは俺のプライドが許さなかった。それで、出汁を探して3日。たどり着いたのは、煮干しだった。昆布はいくら探しても見つからず、かつお節なんてもってのほかだ。
そこで、魚の加工をしている店に行き、煮干しを作ってもらったという訳だ。
「ルツ、美味しかった?」
黙々と食べていたルツの皿はすべて空になっていて、重ねてある。機嫌が悪いのだろうかと思ってしまうほど、今日は言葉を聞いていない。
今日はリユンに元へと足を運ぶ事になっている。ジュリの仕事は、この机に乗っている資料で終わっているため、一緒について来るそうだ。ルツも急に来ると言い出した。
急いで準備を終わらせて、外に出るとジュリに頭を撫でられているルツが目に入る。
「どうしたの?」
ルツは一度俺を見てから、プイッとジュリの方に向き直した。ジュリが笑ってから、唇に人差し指を乗せて言った。
「秘密。女同士の」
なんだそれと思いながらも、特に気にすることなくリユンの家に向かった。
「朝ごはん、いつもあのくらいの時間?」
「うん、そうだね。大体今日と同じくらいかな」
何故そんな事を聞いて来るのだろうと首を傾げると、ジュリは続けた。
「農家って、朝早いと思ってたから」
「なるほど……」
確かに、農家は朝が早い。時期によって異なるが、基本朝に作業する事が多い。その理由はいろいろあげられるが、例えば朝収穫した野菜は、日中収穫した野菜よりも美味しいと言われていたりする事だろうか。または、この季節日中になるとかなりの気温になる。そこで、朝早めに作業を始め午前中の早い時間に返ってくる。夕方になって気温が下がってから、また作業を再開する。そんな生活をする。そのため、朝ごはんが遅くなるのだ。
リユンの家に近付くと、すぐにリユンが見つかった。何か、道具を押しているようだ。
「おはよう、リユン」
「おはよう、アグリ。それに、ジュリとルツちゃん」
そう笑って挨拶してくるリユンを、俺はつま先から徐々に目線を上げて見る。
「なんか、でかくなってないか?」
リユンと最後に会ってから、それほど時間はたっていないように感じる。しかし、身体つきはもちろんの事、身長も伸びた気がした。俺の頭一つ分はありそうだ。
「そうかな? 自分では分からないや」
リユンが俺に近付いて、身長比べをして始めた。
「本当だ。全然違う」
ルツはどこか笑ったような口調で言う。
「俺はこれからなの!」
――――――――――
今日リユンの家に来たのは、身長比べをしに来たわけではない。今リユンが説明してくれている道具を取りに来たのだ。
米を育てようとたくさんの準備をした田んぼ。そこは米のためではあるものの、雑草にとっても好ましい状況だった。草を放っておけば米と同じ身長になり、対策を講じなければいずれ覆い隠てしまう事だろう。
リユンは説明を続けながらあるパーツの部分で、不安そうな口調に変わった。
「今は固い地面だから問題なく回るけど、田んぼだとどうなるか……」
リユンが言っているのは、田んぼの苗と苗の間を通る部品だ。それが回る事により、土の表面がかきまわされて除草効果があるという訳だった。
草における対策はいくつか考えていた。新しく賢治さんに薬を作ってもらうか。魔法で何とかするか。どれも時間がかかり、現実的ではなかった。それで思いついたのがこの方法だ。
「アグリはこれをどうやって思いついたの?」
ジュリが、リユンの説明の下その道具をころころ動かしていた。
「アイガモだね」
「アイガモ?」
3人は、ほとんど同時に首を傾げ俺を見た。
「そう、カモ。あの、川とかに浮かんでる鳥」
「それは分かるけど……」
俺は、自分で考えた物ではないが、得意げに説明した。
「カモを田んぼに放す農業があるんだ。田んぼの上を泳いで、餌である虫とか雑草を食べてくれる」
それを聞いたリユンは「でも」と声を出した。
「これは食べるとは違う気が……」
「うん。リユンに作ってもらったこの道具は、カモの足の仕事だ」
「足?」とまた同時に聞こえる。
「カモが田んぼで水をかく時、土を舞い上げるんだ。それと一緒に草も抜いてくれる」
「なるほど。だから土に軽く触れる程度って言ってたのか」
リユンが納得したように言った。本当は、どこかからカモをとっ捕まえようかとも考えたが、時間の無駄だと諦めた。時間の余裕ができたら挑戦したいものだ。
前の世界でも、アイガモ農法を模した道具があった。今回もそれに似せて作ってもらったのだった。
「俺の田んぼで試してみるよ。上手くいったら、みんなにも配るよ」
「分かった。準備はしておく」
リユンの家から道具を担いで運び、その日の内に早速試してみた。すると、リユンの予想が当たった。道具の重さにより、自重で沈んでしまったのだ。試しに軽く持ち上げながら引いてみると、その道具はしっかりと仕事をしてくれた。
後日、その点を報告するとリユンはすぐに改良を試みた。改良を終えたと持って来てくれたのは、その日の夜だった。なにやら部品がすでにあったという。
「リユン、これってもしかして」
「そう。いつの日か作ったソリ」
元あったアイガモ装置の両サイドにはスキー板のような木の板が取り付けられていた。
装置の総重量は多くなったものの、板がある事により浮力を得られる。さらに、この板は高さ調整が可能になっていた。この機能のおかげでアイガモ装置が土に触れる高さを調節できるというわけだった。
試したくてうずうずしながら朝早くに起き、走って田んぼに向かう。まだ冷たい田んぼの水は足を冷やす。しかし、そんなのお構いなしに、装置と一緒に田んぼへと足を踏み入れる。
「おぉー! おぉーー! おぉーーー!」
俺は歓喜のあまり、歓声をあげた。俺の田んぼの、アイガモ装置が通った場所には数センチほどの草がたくさん浮いていたのだった。
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