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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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畔ぬり

 雲ひとつ無い青い空。こんな日に外でご飯でも食べたら最高に美味しい事だろう。しかし、同じ外でご飯を食べるという行為でも、農家にとってはそれほど美味しさは変わらない。なぜならそこは仕事場だからだ。

 サンドリンの米も、俺の田んぼで作っている米も順調に成長を見せてくれる頃。孤児院の畑の横で、お昼ご飯を食べている。最近の子供たちの話題はあるひとつの事でもちきりだった。それはもちろん、ご飯を食べているこの時間でも同じだ。ルツやライ。ダリアさん。それにサラ、アルス。みんなそれぞれが思い思いのおかずを頬張りながら、あれは嫌、これが良いと話している。アルタスもそれを聞いてやって来た。


「やっぱり、アグリって名前は入れるべきだよ」

「えぇー。でもここはアグリ君の畑じゃないと思うけど」


 頬を膨らませながら言うサラに、ライが答える。確かにそうだ。俺の畑はここではなく、村にある。畑に名前を付けるのであれば、そちらが良いかもしれない。


「でも、アグリ君が居なかったらここまでこれなかったよ?」

「それはそうだけど……」


 俺が孤児院の畑に来られなかった間、子供たちはダリアさんを中心に仕事をしていた。耕し、肥料を撒いて種を蒔く。秋に蒔いた葉っぱ物も今では順に収穫の時期を迎えている。ちなみに、秋の間に取り損ねたネギは、今は雪の重みで曲がり折れてしまっているが、しばらくすれば自己修復してくれるだろう。さらに、キャベツと白菜のなれのはてもある。これは種を取るのに使うためだが、花が咲く前の茎は柔らかく食べられる。巷ではなかなか出回ることは無いが、なかなか美味しい物だ。と、畑を眺めながら春の仕事を頭に思い浮かべて、段取りを立てている間もあの論争は収拾がついていない。


「じゃあさ、先生の名前は? ダリア……ダリア……」


 サラが小さく薄い雲を見上げながらダリアさんの名前を呟いている。


「――グレース」


 何気なくそんな単語が頭を通り過ぎる。みんなはその単語の解説を求めるように食べるのを止める。


「チルドレングレース」

「お兄ちゃん?」


 みんなが俺の事を見ていることに気が付いて、声に出ていた事を知った。


「どういう意味ですか?」


 アルタスが聞いてきた。

 俺は微かな記憶を呼び起こし、自分でも戸惑いながら何故そんな単語を思いついたのかを口にした。


「えっと……。ダリアって名前の花があるんだ。花言葉のひとつに優美って言葉があったはず。この優美を言い換えると、グレース。この単語の意味のひとつに恵みってのがある」

「恵み……」


 近くでアルスの口を拭いていたダリアさんが呟いた。


「農業って、自然の恵みですもんね」


 俺は頷く。


「ちなみにチルドレンは子供たちって意味ね」


 子供たちからの恵み。そんな事を考えていたが、さすがにこじ付けすぎるかと心の中で自分の意見を消そうとした。しかし、院のみんなは畑の事をチルドレングレースと呼ぶようになってしまった。市場で販売している野菜が、チルドレングレースと呼ばれるようになっている事はその数週間後に気付いたのだった。


 ニサンの月からイヤルの月に替わる頃、サンドリンでは田植えの準備が着々と進んでいた。


「あぁ!」


 喉の奥から出てしまう、うなるような変な声は、今日何度目だろうか。腰を伸ばして、腕を振ってラジオ体操のような動きをした。

 ここサンドリンではデテリオとミスカ、娘のロンが主体となって田んぼを振り分けた。ブロードさんの指示の下、年齢、家族構成。それに能力や体力を考慮に入れて決めたそうだ。若く体力があり、家族がいる人は大きな田んぼを任されたといった具合だ。ほとんどの人はやる気に満ちていて、ここまで一生懸命に働いてくれているブロードさんを信頼していた。自分たちの生活を早く取り戻そうとはたらく姿は、俺も元気を貰っている。必ず美味しい米を作りたい。


 今日の作業のほとんどは昨日とあまり変わらない。

 まずは、田おこしだ。雪解け水をたっぷりと吸ったしっとりとした土。秋から土を改善してきた甲斐があり、見た目は米作りに問題なさそうだった。そして今回、ブロードさんの自腹で農牛の購入が決まった。これにより、田おこしが格段に速く楽になった。世話係も決められ適切に管理される。

 しかし、いくら耕す作業が容易くなったとて、俺が今やっている作業は手作業でやるしかなかった。


「先輩、牛にはこの作業出来ないんすかね?」

「道具を作ればできるだろうけど、今は無理だろうね。それといつも言ってるが、先輩は止めてくれ」


 そもそもなぜ、彼は俺を先輩と呼ぶのか。先輩という概念がこの世界にもある事を最近知った。学校への道は基本的に魔法使いに対してしか開かれていない。そこで以外で先輩後輩の概念を知るのは仕事場だけだろう。しかし俺を先輩と呼ぶ男、ボードンはここサンドリンから出た事は無いと言う。謎だ。


「道具ってどんな道具っすか?」


 ボードンの髪は頭のてっぺから左右に分けられ、顎くらいまで伸びさらさらと風に揺らされている。腰には自分で作ったベルトが巻かれていて、ハサミや鎌がぶら下げられている。鎌の柄の部分には自分で彫った名前が刻まれていた。刃がむき出しなのにくわえ、ふらふらと歩くためかなり危ない。注意しても「これがかっこいいんすよ」と止める気が無いので、少し前ケースをプレゼントした。刃がスッと気持ち良く入り、抜くときはロックを解除する必要がある。男心をくすぐる一品だ。

 ぼーっとしていたら、ボードンの質問に答えるのを忘れてしまい、慌てて答える。


「そうだな。円盤が回りながら畔に土を押し付ける道具だな」


 手振り身振りで説明したが伝わらなかった。畔ぬり機はトラクターの後ろに装着して使う、縦の円盤のようなパーツがあるものだ。かなりの力で押し付ける事になるので、技術面や耐久性の面でこの世界での製造は難しそうだ。そんな道具を作ろうとすれば、油圧で動かせるような装置から作らなくてはならないだろう。

 俺は休憩を少し挟み、筋肉が休まってから作業を再開した。


「先輩、こんな感じでいいっすか?」

「あぁ、うまく出来てるよ。でももう少し上を固めると歩きやすいかもな。あと先輩は――」

「了解っす」


 俺の言葉を遮り、返事が帰って来た。後者の返事ではない事は確かだ。

 畔ぬりは俺が畑を貰って最初にした作業と一緒だ。田んぼの湿った土を使い、畑を区切る畔に土を塗っていく。これにより、田植えが終わった後、水が抜けたりしなくなる。さらに歩くことも可能なので、作業の効率化もはかれるだろう。草刈りだってしやすくなる。

 これが終われば、次は水を入れての作業だ。完成したての水路が問題なく活躍してくれることを祈ろう。

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