組合 (後編)
ゴクリと唾を飲む音が喉から鳴った。資料を指さす指が小刻みに揺れる。ロズベルトさんが村のみんなに、アグリに仕事を引き継ぐ旨を話し、ざわついた。反対の声があちらこちらから飛んでくる。まだ若すぎる。経験がない。信頼できない。そんな声が俺の心に突き刺さる。それでも、俺の心は動かなかった。必ず成功する。そんな確信があったのだ。仲間の存在。これまでの乗り越えてきた壁。それらが俺を強くした。
俺は大きく息を吐いて言葉を繋げる。
「まずは組織についてですが、組合を作る予定です」
「組合?」
どこからか、声が飛んだ。とりあえず組合の説明だ。組合とは組合員で構成される。それは農家であるかどうかは関係ない。登録をしてもらい、会費の支払いを求める。
「俺たちが金を出すのか?」
また小屋の奥から声が聞こえる。俺が説明を入れようとした時、ロズベルトさんがそれを止めた。
「みんな、アグリ君も準備してきてくれたんだ。ひとまず、最後まで聞こうじゃないか」
その一言で、小屋の中は静まった。また、暖炉の薪がパチっと弾ける。俺は空咳を1つして、ロズベルトさんに感謝しつつ話を続けた。
「一番需要と言ってもいい、販売とお金に関してです。みなさんの農産物はすべて買い取ります。売れ残ろうとも返す事はありません。金額は、品質、量、状態等を加味してこちらで決めます」
俺は一例として米の買い取り価格が書いてある資料に注目させた。そこには、米の状態と価格の幅を記載している。米の状態は大きく分けて4つだ。籾がら付き。これは収穫しただけの米だ。次に玄米。乾燥させ籾すりした米だ。次に、選別を掛けた玄米。これはこれから普及を目指す選別機に掛けた米の事だ。最後に網下米。いわゆる選別で弾かれた米だ。
これら、品質、量、状態で金額が変わる仕組みだ。これは米だけに関わらず、野菜や果物にも適用される。
「選別された米を出す事が皆さんにとって一番お金になります。でも選別機を買わないといけない。そこで出てくるのが組合の会費です。農家の皆さんが会費を支払う事で、そういった機械や道具。肥料も安価で購入していただけます」
落ち着いた口調で、淡々と用意した言葉を紡ぐ。組合に入る事で農家のみんなは大きなメリットがある。先ほど言った事に加えて、俺たちはもっと大きな物を用意した。
「ルツが作る防虫魔法を用意できます」
俺たちが提供できる最大の武器だ。
「こちらを購入していただければ、格段に収穫量が増えます。それにともなって皆さんの収入が増える事になります」
「ここまでで、何か質問はありますか?」と前を向いて尋ねた。皆それぞれ顔を見合わせてひそひそと話している。すると。ぽつり、ぽつりと手が上がった。順番に「どうぞ」と言って質問を待つ。
「量の制限はあるのか?」
「ありません。販路をいくつか設ける予定なので問題ありません」
「米を一度に売った時、お金もまとめて送られるの?」
「その予定です。ただ、融通は聞きます。分けてが希望であればお応えできるかと」
「米などの穀物を保管する場所は見当が付いとるのか?」
「はい。孤児院の敷地内にひとつ。ジンさん宅の敷地にひとつ。さらにサンドリンでも保管可能な倉庫を建設予定です」
いくつかの質問に答えると、手が上がらなくなった。それを見計らって次の事を話した。農業用魔石の件。アリアの店での魔石販売の件。肥料の件。すべてがこれまでよりも安く手に入る事を示した。これは、フィンと相談していた時に分かった事だった。農業用魔石は、一般的に国が用意する事になっていた。そのため、一般用魔石と比べ安く手に入った。しかし、俺たちのコポーションには魔法使いが居る。そのため、魔石だけを購入し、そこにアリアやルツが魔力を込める事でコストカットできる。国に申請を出したところ許可書が発行されたのだった。
さらに肥料に関してだ。昔から俺が通い詰めている店。種を買い、鍬を注文した店だ。そこの店主に依頼したところ、組合員になっても良いと言ってくれた。そこで交渉し、肥料や農具の提供を約束してくれたのだ。「売れるのなら手段なんて気にしない」とおじさんの歯が光ったのは印象的だった。
次に説明したのは販売する場所についてだ。
「本店はアリア魔石店を予定しています。さらに孤児院近くの市場も使います。ここでは孤児院に居る子供たちで運営してもらいます」
「子供が!? しかも孤児だろ。何を考えている!」
罵声とも捉えられる太い声が響いた。それでも自信を持って「大丈夫です」と言い切る事が出来る。
「これまで俺が教え、訓練して来ました。農産物の知識も彼らは持っています。何の問題もありません」
どれだけの期間、メセデとリラヤに店を任せてきたと思っているんだ。事実、アリア魔石店の周辺住民は2人を信頼しきっている。2人をリーダーにすれば、自分たちの店を守ってくれる事に間違いはない。
あまりにも俺が自信ありげに言ったので、その男性は隅に寄った。すると暖炉の近くで猫のように丸くなっていた、コニーが手を上げた。
「農家じゃない組合員も会費を払う必要があるのか?」
「金額に差は作るけれど、払ってもらう事になる」
「と言う事は、何か特典があるんだな?」
「いたってシンプルだけれど。コポーションが用意する商品を安く野菜を買える」
現時点での特典はこれだけだが、将来的にはもう少し豪華になる予定だ。例えば、運送。これまで荷物を運ぶためには人一人分の馬車代金を払う必要があった。それを改善できるかもしれない。さらに、ケンさんが計画を練っている観光地、ここでの特典も考えられる。
「なるほど」
ぼそっと口ずさみ、また眠そうに丸くなった。
気を取り直して、俺はみんなの方を向いた。
「これらが、俺たちが考える今後の農業です」
しばらく沈黙の時間が流れた。用意した資料の擦れる音が大きく聞こえる。眠れない時の時計の針のように鮮明だ。長い時間、だと思う。とても長いように感じたのだ。だがきっと数秒の事なのだろう。誰かが体を動かし、床が悲鳴を上げる。その時「ひとついいかね」と手が上がった。村長、マルゴスさんだった。
「ロズベルトにも問いたい。私たちに選択の自由はあるのか」
「きた」と俺の体はかかしのように固まる。勝負の時が来たのだ。マルゴスさんの質問は、これまでのようにロズベルトさんに物を売ってもらうという選択、または個人で販売する選択を村の人は出来るのかという問いだった。
ロズベルトさんが答えるのか、俺が答えるべきなのか迷っていると、ロズベルトさんが口を開く。
「どう考えている、アグリ君」
答えはもちろん決めていた。しかし、答えてしまえばその瞬間、俺たちの未来が消える可能性もある。だからこそ、俺の口から言わなければならない。
「自由です。強制なんてしません」
その寄り合いは解散となった。その後は各自が決定する事だからだ。村の人も、いつまでもロズベルトさんに頼る事は出来ないと分かっているだろう。それで、個人で販売をしてお金を稼ぐか、コポーションに売ってお金を得るかの二択になる。良い判断をしてくれることを願った。
「お疲れ」
父が背中を叩く。
「お疲れさま」
ルツも笑顔を向けてくれる。
「ありがとう。みんなのおかげだよ」
頭をかきながら、笑顔を作った。
家に帰る道を歩きながら、自分自身に言い聞かせる。村の農業を発展させたい。負担を減らして農業を楽しんでほしい。この世界の作物のレベルを上げたい。その一歩が今日なんだと。
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