任せた
数日間休みをもらった。店も定休日にした。その間、今年やるべきことをまとめる。まずはコポーションの書類を提出する事だ。これをしっかりと行い、ルツを学校から俺たちのコポーションへと移ってもらう。いわゆるインターンシップのような物だ。さらに、村での寄り合いで、約束していた実績のプレゼンを行う。俺たちのコポーションに野菜を売ってもらうためだ。これも俺たちにとって大きな事業となるだろう。借金はまだそこそこの金額がある。しかし、働いてくれている人には欠かさず賃金を渡せているし、上手く運営も行えている。将来性があるのは間違いないと言えるだろう。それにブロードさんのおかげで負担も減った。感謝しかなかった。
そしていよいよ、米作りの準備へと入る。俺の田んぼと同時に、サンドリンの田んぼも動かしていかなくてはならない。そのためには、今出来る準備をしておく必要がある。始まって、忙しくなってからでは遅いだろう。
「お兄ちゃん」
冷気と一緒に帰って来たのはルツだ。残り少ない冬休みを俺のために使っている。インターンシップを使うには、コポーションの条件クリアはもちろん大切だが、ルツ自身も試験がある。アリアによれば、知識や技量とは別に魔法という驚異的な力をコントロールする力が試験では重視されるのだという。
「準備出来るって。リユン君が」
「そうか。ありがとう」
部屋を出て行きそうなルツに続けて言った。
「試験勉強は良いのか? 予定通りならもうすぐだろう」
ルツは言葉を選ぶように間を置いた後、ちらりと俺を見た。
「私、エリートだから」
頬に人差し指を当て、得意げに笑った。どこでそんな言葉覚えてきたのか。たぶん俺だが……。
ルツが部屋を出てからノートに書いた、苗箱の欄にマルを付けた。あと2か月ほどの期間で苗箱500枚の製造を目指す。リユンの材料調達の目途が付いたとの報告だ。もちろん俺も、ロットも手伝う予定だ。さらにサンドリンの農家希望者も募り始めたので、一緒に作る事が可能だ。
さらにサンドリンでは、共同作業小屋の建設が始まっている。サンドリンにある建物の中で一番大きくなる予定だ。ここでは、ミーティングはもちろん、収穫した物を集め、出荷の準備をする事が出来る。これを作ろうと話が上がったのには、冬までに各住宅を優先したことにより、個人の家では作業スペースが確保できなかった事が大きな要因だ。食料や水などを備蓄し、冬越えや災害時の避難場所などにも活用できるだろう、という事で可決されたのだった。
この建物で春には米の苗を育てる事になる。それが出来るスペースも作られることになる。完成が楽しみだ。
数時間、机に向かっていたので体を伸ばした。
「はっ、あぁ!」
勢いあまって声が漏れた。
「アグリ、疲れてるのか?」
突然部屋に入って来たのは父だった。コップを2つ持っている。それを俺の机に乗せて、父はベッドの上に座った。
「ついにここまで来たな」
「うん。ここからが正念場」
父にはすべてを話していた。コポーションの状況。サンドリンでの不安や問題。孤児院の運営。アリアとの関係。俺が何を話そうとしても、父はいつも静かに聞いてくれていた。父の様子を見るに、今日は話を聞きに来たと言う感じではない事がすぐに分かった。どちらかというと、父が何かを話したいと思っている様子だった。
その予感が当たって、父は「話しておきたい事がある」と前置きをして、床に目線を落としながら続けた。
「ロットのお父さんな、病気だそうだ」
「えっ、ロズベルトさんが?」
一瞬驚いた。しかし、少し前に、父がロズベルトさんに会いに行ったことを思い出した。
「あぁ。医者によると、進行性の病気でな。母さんと一緒で、魔法での治療は難しい」
「そんな……。その事、ロットは知ってるの?」
「知っているはずだ」
俺は愕然とした。ロットは、それを内に秘めたまま働いてくれていたのか。何で、言ってくれなかったんだ……。
父は顔色ひとつ変えずに続ける。
「すぐに動けなくなると言う事は無いそうだ。でも、時間と共に出来ない事が増えていくだろう。最終的には介護が必要になるくらいにな。それで、ロズベルトからの伝言だ」
「俺に?」
父は頷いた。生唾をゴクリと飲み込む。
「任せた、と」
――――――――――
その日の夜。ご飯時ではあったものの、どうしても体が動いてしまい、ミルさん宅に顔を出した。この不安定な気持ちのまま寝る事は俺にはできないと思ったのだ。
「あれ、アグリ。どうしたの、そんな顔して」
玄関ドアから顔を見せてくれたのはジュリだった。部屋の奥からは水の音が聞こえるので、ミルさんはご飯でも作っているのだろう。
外はしんしんと雪が降っているのにも関わらず、俺の額には汗が噴き出していた。息を整えてからジュリに話す。
「話がある。ジュリにも、ミルさんにも」
ドアの柱に寄りかかり、それを伝えると、中からミルさんの声が聞こえた。
「ジュリ。入れてあげて」
ミルさんは一瞬俺に目を向けたが、料理の手は止めなかった。それから俺の分のご飯もテーブルに置かれた。ミルさんは、頭に巻いていた三角巾を取る。さらりとした髪が絡まることなく、下に流れた。
「まぁ。とりあえず食べましょ。話はそれから」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
俺自身、その方が落ち着いて話せるだろうと判断した。ジュリは「何の事?」とミルさんと俺を交互に見ていたが、諦めてご飯を食べ始めたのだった。
ジュリと俺で皿を綺麗に洗い、片付けた。お湯を沸かしてお茶を淹れる。俺が椅子に座ったのを見てからミルさんが「聞いたのね?」と確認するように言って来た。
父がミルさんもロズベルトさんの状況は知っていると教えてくれていた。それで、ミルさんは俺が飛び込んだ時、大体の察しは付いていたのだろう。特に口止めもされなかったので、ジュリにも詳細を教えた。
「そう……なんだ。ロット、そんな事一度も言わなかったし、気付かなかった」
コップのお茶に浮かぶ波紋を見ながら呟く。ロットはジュリにも話していなかったみたいだ。この調子なら、リユンにだって話していないだろう。
「それで、ロズベルトさんは俺に仕事を引き継いでほしいって」
「アグリが!?」
「うん」
目を丸くしたジュリだったが、納得した表情に変わった。
「まぁ。当然と言えば当然ね」
何か誇らしげなのは気のせいだろうか。
もちろん俺も嬉しいのは間違いなかった。将来的に受け継ぎたいとも思ってた事だ。でも急すぎる。もっと教えてもらわなければいけない事がたくさんあるはずだ。
俺は自分の気持ちを落ち着かせるように、ミルさんに話しかけた。
「ところで、ロズベルトさんの病気ってどんなものなんですか?」
ミルさんは、頭を整理してから淡々とした言葉を並べた。
「今は関節が痛いそうよ。時々熱も出るみたい。お医者さんによると、将来的に骨の変形も出てくるだろうって」
「それって……」
リウマチ。頭にその名前がポンと出てきた。女性が多いイメージだったが、男性でも発症する可能性はあるだろう。もし、俺が思うこの病気なら魔法での治療ができないのも納得がいく。
「アグリ、知ってるの? その病気」
「うん……。たぶんだけど。分かる」
「し――」ジュリは何かを言いかけて止めた。しかし、何かを考えてから、知りたい。知っておかないといけないと思ったのか「死んじゃうの?」とまっすぐ俺を見て言った。
「すぐにって訳じゃない。でもその病気が進んで行くと立ったり、歩いたりも難しくなる」
ミルさんが口を開く。
「寝たきりって事?」
俺は頷いた。
重い空気が広がる。ロズベルトさんがこれから歩むことになる辛く苦しい道を思うと、胸の真ん中が締め付けられる。この村の責任を長年背負い、果たして来た男だ。出来ない事が増えていくのは酷だろう。それに、ロットの気持ちは。俺もジュリもロットの事が心配だった。
「ミルさん、ジュリ」
それでも、下を向かない。俺は、2人の顔を交互に見る。この現実はどう足掻いたって変えられない。ロズベルトさんやロットの気持ちを楽になんてしてあげられない。でも、この3人で出来る事。
「手伝ってほしい。ロズベルトさんや、村の人が安心できるように!」
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