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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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味噌作り

 麹作りを始めて早一週間。失敗のリスクを考え、何度かに分けて作ったので時間がかかってしまった。ここ数日の睡眠時間は低下し、集中力が下がってきていた。しかし、あともう少し。ほんの少しで、すべてが完成する。木箱に入れた麹は、一塊になる。それを一度ほぐし、箱の上下を入れ替えてる。上にある箱は、温度が高くなってしまうからだ。


 翌朝、麹は無事に完成した。木箱ごとロットの馬車に積んでいく。この時正直体が重く、自覚するほど寝不足だった。「馬車の中で少し眠ろう」と心に決めた。

 馬車の中には麹の他に、漬物桶と不織布。さらにリユンが作ってくれた道具が積みこまれた。そして、ルツとジュリ、ミルさんが乗車してロットが馬に指示を出した。


 馬車が進み始めたのは覚えている。「お兄ちゃん」とルツの声を頭の中で聞こえた気がしたのも覚えていた。ただ、返事をした記憶はなく、すぐに意識が飛んでしまった。


 目を覚ました頃には馬車は止まっていて、誰も乗っていなかった。視界がぼやけているが、乗せたはずの荷物もすべてなかった。きっとみんなが下ろしてくれたのだろう。よく見ると、自分の体が暖かかった。毛布が掛けてあるのだ。いつの日か、ロットがジュリに貸しのと同じものと気付いた。俺がいつも使っている物とは別物で、ふわふわだ。油断すればすぐに二度寝の体制に入ってしまいそうだった。


「行かないと……」


 昨日の内に、大豆を洗って水に着けておいてくださいと頼んでいた。早く始めないと、夜になってしまう。体を叩き起こして、立ち上がる。毛布を畳んでから、馬車を降りた。

 建物の陰から湯気が屋根の上まで上がっているのが見えた。近づいてみるとミルさんが、火の番をしていた。

 俺に気付いて「おはよう」と声を掛けてきた。


「すみません。寝てしまって」

「良いのよ。豆を煮るくらい私でもできるわ」


 心強い。正直ここからは誰にでもできる作業だ。説明だけして、作業はお願いしよう。

 作業する予定の部屋では、念入りに掃除がなされていた。天井にあったはずの蜘蛛の巣も丁寧に取り除かれていて、加工場には最適な場となっているのは間違いない。


 大きなあくびをしたら、ジュリが心配そうに顔を見てきた。


「また無理したんでしょ。顔色悪いし」

「ごめん。でもこれが終われば少し休めるから」


 この場にアリアが居れば、怒られて部屋に閉じ込められるのは確実だろう。


「私も手伝うから、今日は無理しちゃだめだから」

「ありがとう」


 ジュリのこの気持ちは、みんなも同じなのだろう。無言でコクコクと頷いている。


「アグリ君、豆の様子見てくれない?」


 鍋の近くから顔を覗かせるミルさんが手招きをしている。返事をして外に向かった。

 ぐつぐつと茹でられる豆を2粒手に取って口に含む。硬く無ければ問題は無い。どうせ潰してしまう。中まで火が通っていたので鍋から出した。そして第2弾を茹で始める。

 孤児院の畑で去年の夏から作りまくった大豆。ルツの魔法の甲斐あって、虫の影響も少なかった。ただ、一昨年よりも粒が小さい気がした。魔法のせいなのか、それとも別の何かか。様子を見ないと何とも言えない。


 大豆は5回に分けて茹でた。茹で上がって物は部屋に運び、冷やしておく。持っている物で一番大きな鍋を使ったため、家庭用の魔石では時間がかかったそうだ。そのため、ミルさんが外で薪を燃やしているというわけだ。


 午前中の内にすべての大豆が茹であがった。

 粗熱を取って作業開始だ。用意するのは、豆。麹。水。リユンの道具と桶だ。

 昼ご飯を食べてから、作業の説明を始めた。


「まずは、豆をミンチ状にする」


 リユンが作ってくれた道具を出した。軽く砕いた豆を入れ、ハンドルを回すと螺旋状の部品が回る。流された豆はすりつぶされていく。最後に網目状の部分に押し付けられて、ミンチ状になった大豆が出てくる仕組みだが。


「現実はそう甘くないな」


 ハンドルを回し出てきた物の内、3割程度は豆の形を保っていた。とはいえ、これからこの道具を改良する事も出来ないので、3回ほど豆を通す事によって対処した。それでも原型を留める物もあったが、これを気にしていては先に進めないので、ご愛敬だ。

 ミンチにされた豆がある程度溜まったら、次に移る。


「次は、豆と水。塩と麹だね」

「私、やりたーい」


 材料を用意していると、ライやサラが近づいてきた。


「ありがとう。ちょうどみんなに頼みたかったんだ。来年もするから覚えてね」


 孤児院の年長組、男女関係なく集まってもらった。ここからはみんなにお願いしてみる。

 興味がある子、7人を前にして俺は説明を始めた。


「まずはここにある材料を全部混ぜて行くんだ。水の量は、少しずつな」


 いつも洗濯物を洗う時に使っていた大きな桶を用意した。その中に、先ほどの材料を投入していく。豆と米麹。そして塩。最初にこの3つを入れてかき混ぜていく。


「塩が固まるから、しっかりな」


 俺がするよりも時間がかかる。しかし、それでいい。うまく混ざらないのか、ああでもないこうでもないと相談しながら進めて行く。そんな光景を少し後ろから眺めていた。まるで小学校で、調理実習をやっているようだった。不器用で、でも一生懸命。そんな姿を見るだけで、俺ももう少し頑張ってみようと思えてくる。

 桶自体が混ぜている時に動いてしまう事に気付いた子が居た。2人が桶を抑え始める。先ほどよりはしっかり混ざるようになったみたいだ。


 ある程度混ざった所で水を入れる。柔らかくなりすぎないように、最新の注意を払う。ハンバーグの種のような柔らかさを目指した。


「みんな、このくらいの硬さだ。覚えておいて」


 するとみんなが桶に入った物を触っていく。感覚を頼りに、記憶に刻み込んでいった。

 あとは、漬物桶に詰めていくだけだ。


「みんなの手の大きさに合わせて、こうして球を作って――」


 みんなが見えるようにやって見せる。これもハンバーグを作る要領でボールを作る。重要なのはここからだ。漬物桶の前に行き、手を高々と上げた。何をするんだという目でみんなから見られる。

 次の瞬間、桶の奥からパーンと音が響く。味噌のボールが桶の底に叩きつけられたのだ。


「こうやって桶に入れていって」

「なんで? なんでたたきつけるの?」


 動揺ではない。どこかわくわくしているライが尋ねてきた。


「中の空気が抜けるんだ」

「抜けるとどうなるの?」


 味噌が作りたいと、店には行かなかったリラヤが言った。


「カビが生えにくくなる。美味しく食べられるようにだよ」


 とまぁ、少し大げさに手を振り上げて、大きな音を出した。実際はもう少し静かにやっても問題は無い。今回は子供たちがすると言う事で、どうせなら楽しんでほしかった。

 また、みんなが作業している後ろの椅子に座って様子を眺める。俺の真似をして、小さいパーンという音が聞こえてきた。みんなの笑顔。キャッキャと笑う声は心地よかった。これほど楽しい味噌作りはいつぶりだろうか。俺が目を閉じて耳をすましていると、ふと昔の記憶が戻って来た。


 商売のため味噌を作っていた頃は、近所の農家の人と共同で施設を借りて行っていた。一年に一度の仕事。だが、どんな重労働よりも過酷な物だった。田舎特有の近所付き合いに振り回されていたのだ。

 耳の奥に響く子供たちの声。楽しい味噌作り。今だからこそ思った。環境や世界が変わったから、こんなに楽しい仕事ができているとは一概には言えないのかもしれない。自分が何かを目指して変わろうとしたから、仕事や日々の生活が楽しいと思えるのかもしれないと。


「アグリさん」


 声がかかってパッと目を開ける。

 一度目の味噌を全て桶に入れ終わったと言う。俺は立ち上がった。


「第二弾。行こうか」

Next:なにこれ、すっぱい

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