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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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見せる農業

 前の世界でも田んぼや畑を観光地化している地域はたくさん存在した。その施設の中には、畑で採れた新鮮な野菜や、果物を使い直接販売したり、スイーツにして美味しく食べてもらう事も可能だった。小さな動物園なんかもあり、牛や羊が草を食む光景は田舎特有の穏やかな雰囲気を楽しめただろう。

 しかし、この世界にはそう言った農業に触れる事の出来る場所は無い。どうやって育て、どうやって実っているのかも知らない人が多いイメージだ。インターネットも無いここでは仕方のないことではある。そこにメスを入れることが出来れば、世界に農業が広がる可能性は十分にある。それにはケンさんのこの土地が必要になる事は確実だ。人を呼ぶには十分で、販路も確保できるかもしれない。

 ぼーっと海を眺め、将来たくさんの観光客がこの海で遊び、花を眺める光景を妄想していると「おーい」と目の前で手をひらひらさせているケンさんと目が合った。


「それで、見せる農業って?」


 ケンさんは、農業とはどちらかと言えば裏方の仕事で、収穫した物を売る事でしか利益が得られないと思っているようだった。そのため、農業を見せるというイメージが持てないらしい。


「自然って芸術なんですよ。季節によって見せてくれる顔が変わる。世話をしなくても時間を理解してる。そんな素晴らしい物、俺たちは作れません。それらを知らないのはすごくもったいないと思うんです」

「だから、見てもらう?」


 俺は自信を持って頷いた。

 花を植え、芝を育てる。木も植えて緑を楽しみたい。ジンさんがもともと持っている牛と馬も放牧しながら育てよう。夏には海でイベントを開催しよう。スイカを収穫してそのままスカイ割りだ。花火も作りたい。搾りたてのミルクでソフトクリームやチーズなんて事もできそうだ。麦の収穫時には、一面の黄金世界を楽しんでもらおう。


「それだけで利益が出るのかな?」


 ケンさんがもうひとつ不安だったのは、父から利益を出せと言われてることだった。

 でも大丈夫と、その点俺は確信していた。人が来るなら店を作れば良い。海の家。道の駅。販売できる場所を作り、お金を落としてもらう。


「冬はどうするんだ? ここでも雪は降るし、商品も限られてしまう」

「ドライフラワーはどうですか?」


 「なにそれ」と小首をかしげたケンさん。


「花を乾燥させた物です。花によってはいい香りがするんですよ」


 俺は「それに」と人差し指を立ててまだ考えがある事を示した。


「雪が降るのは好都合です」

「雪を使うのか?」

「知ってますか? 雪に色を付けられる魔法がある事を」


 ケンさんは、見た事は無いが聞いた事はあるらしい。


「それに、色とりどりに輝く魔石。イルミネーションを作れば、冬でもお客さんを呼び込めます!」


 謎の自信を持っているのを見て、不思議そうに眺められていた。海風が吹き、ケンさんの前髪を揺らした。風に抗う事が出来ない髪のように、ケンさんの表情は弱そうに見えた。ジンさんは年齢的にも衰えていく一方だろう。それを支え時期に、受け就くごとになるケンさんのプレッシャーは計り知れない。ケンさん自身も何か思う事もあるのだと感じる。しかし、父と同じような農業だけでは生きていけない事も理解しているのかもしれない。頭の中をぐるぐると回し、何か思い至ったような表情のケンさん。俺を見て、にやりと唇を上げた。


「アグリ。その提案ってさ」


 その瞬間、俺は心の中で「バレたか」と呟いた。


「アグリにも良い事があるから、それを俺にさせようとしてるでしょ」


 正直、その通りだった。サンドリンで作った米や野菜。これをアリアの店まで運ぼうと思うとかなりの時間がかかる。国を維持するため、コスト削減は必須だ。もし、このケンさん土地に観光地ができ、お客さんが来るようになればいい収入源になるのは間違いない。ここはケンさんとパートナーを組んでこのプロジェクトを進めていきたいとの思いで提案した、いわばプレゼンテーションだったのだ。

 ケンさんなら上手く話しに乗せて、そのままジンさんへ説得してもらえるのではないかと期待したのだが。それはさすがに難しかったようだ。

 苦笑いを浮かべる俺を見て、肩を突かれた。しかし、その表情は明るくなっていて、遠くの海を眺めていた。


「もしここに俺みたいに仕事が嫌な人が、日常を忘れられるような場所で笑顔になってくれたなら。俺たちが作った場所で楽しい声が響いたなら。きっと俺たちは幸せだろうな」


 ケンさんは俺を見て笑った。その顔は、俺が働きに来た時の顔とは別人のように見える。


「やろうか、それ!」

「お手伝いしますよ!」


 固い握手をして、プレゼンテーションは成功に終わった。


 お昼ご飯をジンさんと食べてから、ケンさんは今後の計画を話し始めた。俺はそれを静かに聞いている。両手を広げながら熱弁しているが、ジンさんの顔は暗いままだった。


「言いたい事は分かった。しかしな、普段の仕事もできないお前が新しい事業を始めようって言われてもな。はい、良いですよとはならん」


 厳しい言葉だった。もちろんその言葉を否定する事は俺には出来ない。無責任に「ケンさんは出来ます」なんて言えない。一緒に働いた経験がある俺からしても、答えは同じだったからだ。

 ケンさんは肩を落とし、俺を見た。見られた所で何も出来ないんだが。目を見ながら無言の会話をしていると、ジンさんはひとつ大きなため息をして、再び話し始めた。


「俺が指示する仕事をしっかりこなして、時間通りに終わらす事は出来るか」


 まっすぐとケンさんを見つめる瞳は鋭い。ケンさんも今にも目を逸らしそうだった。しかし、海で俺が見たケンさんはやっぱり過去のケンさんと別人だったようだ。丸めた肩を戻した。


「します!」


 はっきり言い切った。


「アグリ君の指示にもしたがって、ケンが主導でこの事業を進められるか」

「できます!」


 ケンさんが返事をする頃には、いつもの優しいジンさんに戻っていた。そして呟く。


「思うようにやってみろ」


 ケンさんにすべてを任せようとこの話をしたのに、また忙しくなりそうな予感がした。ただ、とても楽しみだ。きっと素晴らしい農園になる事だろう。

 俺たちは目を合わせ、唇を固く結んだ。

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