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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第四章:青年期
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海沿いの田んぼ

 燻炭を撒き、貝殻肥料と魚かすを撒いた田んぼに1センチほどの草の芽が出た。雨が降り、重そうな水滴を身に付けている。草が生えるという事は、植物が生きていける証拠だと捉える事も出来る。田んぼの土づくりが終わったのはキスレウの季節が終わろうとしていた頃だった。いつの間にか暑いと口にすることが無くなり、最近は朝から寒くなったなとみんなで話しながご飯を食べている。

 予定していた棚田は石を積んで作る物だった。しかし、予定より石が集まらない事、費用がかさむことに加え人手不足が足を引っ張り半分ほどしか完成していない。途中から石垣の制作を切り上げる判断をした。ベルナムさんはかなり悔しそうにしていたが、まずするべきことがあったのだ。


「ほとんど完成しましたね」

「みんなのおかげだな」


 ベルナムさんと2人。ハレウミから眺める棚田と農業用水路はほぼ完璧だった。ハレウミには魔石の水を貯める貯水所がある。そこでは雨水も貯まるため真水ではなくなる事が期待できる。水門を開けば、ベルナムさんたちが手作業で掘った川に流れていく作りだ。田んぼから排出された水は村の各家を周り、リリアンが見つけた川に排出されていく。住宅地へ一度通す事で、冬の時期雪を解かすためにも使用できる根端だ。


「俺だけじゃここまでこれませんでした」


 ベルナムさんに「あたりまえだ」と背中を叩かれた。


「お兄ちゃん」


 棚田を元気に駆けあがって来たのはリリアンだった。ここハレウミの地名を考えた張本人。勢いよく俺に飛びついてきたリリアンは満面の笑みを見せてきた。


「ありがとう! みんなを助けてくれて!」

「どういたしまして!」


 ここサンドリンの地で起こった土砂崩れ。これがこの世界に伝わるバーハルなのかは未だに誰も分からない。しかしここで災害が発生し、みんなで協力してここまでやってきたことは誰にも変えられない事実だ。それは俺たちにとって大きな自信となり、簡単には崩れることは無い力になっている。今後何が起ころうとも、必ず乗り越えられると。



 雪がうっすらと降った。サンドリンを始め、父が待つ家にも、孤児院にも、俺達の店にも。山の木々には白い冠が飾られた。屋根から数センチの雪が落ちるだけでもゴトゴトと音が響く。テぺトの季節は人々を家に籠らせた。

 リユンは一時休息に入り、今は家でゆっくりしているだろう。ロットはそれほど多くない商品を2日に一度、店に届けている。コバトさんと孤児院にも忘れることなく届けてくれた。ジュリとミルさんはコポーションのお金を整理しまとめ、提出しなくてはいけない用紙に記入してくれている。どんな紙なのかを聞いたことがあるが、難しく分からなかった事だけ覚えている。


 父が薪を持って家に入って来た。やっと暖炉の出番だ。ルツももうすぐ返ってくる頃だろう。もしかしたらこのまま帰らなくてもよくなるかもしれない。


「アグリ、今日は何するんだ?」


 暖炉に薪をくべながら聞いてきた。


「ジンさんにお礼を言いに行きたいんだ。お世話になったから」


 資金や人員。食料などたくさんの支援をいただいた。間接的には何度もお礼を言っていたが、直接会ってお礼を言いたかった。

 父からお土産を持たされてじんさんの元に向かう。馬車の時間はすぎてしまったので、ロットに馬を借りて走った。サンドリンを通りジンさん宅に向かう方が時間を短縮できることに気付いたので、今日もそこから向かうことにした。


「寒いー!」


 馬が足を滑らせないよう、ゆっくり慎重に手綱を握るが、風が当たり寒い。首元や足首から流れてくる冷たい空気は全身を冷やし、痛いくらいだった。サンドリンの村が目に入った時、温まらせてもらおうかと頭をよぎったが、その誘惑にぎりぎりの所で耐えた。家に入ってしまってはもう出る事が出来ないと思ったからだ。


「ついた……」


 耳があるのか、自分でも分からなくなるほどに冷え切ってしまった。ゆっくりとした動きしか出来ない手を動かし、馬を小屋に入れる。

 もう我慢できなかったので、ノックも名前を呼ぶこともせずジンさんの家の戸を開けて中に飛び込んだ。


「あれ? アグリじゃん」


 少し驚きつつも、暖炉の前へと誘導してくれたのはエブリイさんだ。


「何もこんな寒い日に来なくたっていいのにー」


 暖かい紅茶を持って来てくれたエブリイさんは俺の横に座る。まだ感覚が戻っていない手を見つめている目線に気付く。ちょっと離れると、エブリイさんの口角がグイっと上がるのが分かった。


「ねぇ、かゆいでしょ。治してあげようか」

「絶対いやです!」

「いいから、いいから」


 無理やり俺の手からコップを取り上げ、手を前に出すようにと言われた。しぶしぶ従った瞬間、エブリイさんの両手が俺の手をパーンと挟んだ。すかさずもう片方の手もパーンとされる。寝ていた俺の手の神経が飛び起きて、痛みとなって全身へ広がって行った。


「いってぇぇ!」


 暖めても、マッサージしてもその痛みは無くなることが無かった。しばらくエブリイさんに文句を言っていると、ジンさんとケンさんが帰って来た。


「おぉ。アグリ君。馬が居たからもしかしてと思っていたんだよ」


 両手を広げたジンさんは、俺を力いっぱい抱きしめてくる。突然の事で困惑していると、耳元で優しい言葉を掛けてくれる。


「よくここまで頑張った。投げ出してしまうかもしれない、諦めてしまうかもしれないと思っていたが。本当に素晴らしいよ」


 強く背中を2回叩かれると同時に、涙が吹きこぼれてしまった。


「ありがとうございます。ジンさんを含め、みんなのおかげです」


 震える声で何とか口に出すと「その気持ちを忘れるな」と言ってくれた。忘れる事なんてできない。きっといつまでも。

 父から貰ったお土産を全員に渡し、少しの時間お茶を飲みながら話していた。するとジンさんがケンさんの顔を見る。不自然にケンさんは目を逸らしたのが見えた。


「その調子だと、終わってないんだな?」

「そうは言ってもねー。あんな大きな田んぼ終わらないよ」


 仕事の休憩でここに来たのだろう。ジンさんが家の中で仕事の話をするのは不思議だった。あのルールがあるからだ。「何かあったんですか?」とケンさんに聞いてみると、ジンさんが最近、土地の一部をケンさんの土地に変えたのだと言う。1人の父になるからだそうだ。


「良いですね。何を作る予定なんですか?」

「アグリー。助けてくれよー」


 弱弱しく情けない声を出し始めたケンさんは、いきなり立ち上がった。すぐに手を引かれて、寒い外へと連れていかれた。


「すまないが、見てやってくれ」


 そんなジンさんの声が遠くに聞こえた。


 しばらく農道を歩いて行く。最初にジンさんの家に来て手伝った田んぼとは別の方向で、海の方に向かっているみたいだった。海からの風が一瞬強く吹いて、潮の香りの混じった空気が全身を撫でる。目を開けると、一面にきらめく海が広がった。その手前には広大な土地があり、数十人が作業しているのがここからでも分かった。


「もしかして、ここがケンさんの土地に?」

「そう……」


 ジンさんからある程度認めらてた結果なのだろう。その点は喜ばしい事に思えたが、ケンさんはあまり嬉しそうには見えなかった。ケンさんは俺の前に立ち、手をがっしりと握ってくる。


「お願いだ、力を貸してほしい。何を作ったらいいのか、どうやって作れば良いのか。教えてほしいんだ」

「えーっと。好きにしたらいいんじゃないですかね? せっかく自由にできる土地が手に入ったんですから」


 ケンさんは肩を落とした。「そう簡単にはいかないんだ」と体全体の力が抜けていった。


「どういうことですか?」


 ケンさんによると、麦以外の作物は作った事が無いらしく、どうしても父に頼らないと仕事が出来ないと言う。ただ、ジンさんは麦や米は海からの風が大きい立地である事から無理だと言われたそうだ。


「なるほど。確かに、ここで麦を作るのは難しそうですね」

「アグリ君もそう思うかい? どうしたら……」


 いろいろな案はある。風に強く、また塩の影響を受けにくい野菜や植物もある。ただそれではどこの農家さんだってやっている事だ。これから便利な農業が伝わっていくとなると、それだけで食べていけるのは難しくなるかもしれない。それにケンさんがこの広大な土地でいろいろな種類の野菜を育て、出荷する所は想像できない。

 ケンさんが受け取った土地を改めて見てみる。奥には水平線が広がり、ビーチと言えるような砂浜もある。そこから数十メートル陸が続くと、ケンさんが畑にしたいと思っている土地が広がっていた。


「ケンさん。あの砂浜もジンさんの土地ですか?」

「あぁ、確かそうだったかな。子供の頃はみんなで遊んだよ」


 「それなら」と俺は大きな声でケンさんを見た。何かいい案が出てくるのかと期待するその目を見つめて。


「見せる農業はどうですか!」

Next:見せる農業

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