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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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天日干し

 まだ肌寒い時期に蒔いた夏野菜の種は、いつの間にか腰のあたりの高さにまで大きくなっていた。ナスは緑と紫色が混じった葉を大きく広げ、地面に影を作っている。ネットに絡まり付いたきゅうりは、たくさんの棘で身を守っていた。孤児院の陰では、小さめの玉ねぎがその身を揺らし乾いた皮が時より宙を舞った。

 畑の周りに蒔いたマリーゴールドの種が、懸命な世話の甲斐あって咲き誇っている。黄色や赤、オレンジや白に輝くその花びらは、一枚一枚が繊細で、同じ花なのにそれぞれが違った表情をしているように見えた。


 マリーゴールドを来る日も来る日も眺めているのはサラだ。初めて自分の力で作った物。初めて最後までやり切ったのだ。深い満足感と達成感に満ちた顔を毎日見せてくれた。

 そんなサラでも花はいつか枯れてしまう事を知っている。花を眺めながら話しをしていた時、サラの表情はとても寂しそうだった。それでもこの花はただ朽ちるために咲いているのではない事を教えた。それは俺たちも同じだ。


「枯れてしまったら、種を一緒に採ろう。来年それをまた植えたらこの光景が戻って来るよ」

「それがどう、私達と一緒なの?」


 サラは少し元気のない声で言った。俺はサラの頭に優しく手を乗せて、ポンポンと撫でる。


「俺たちも自分の出来る事を精一杯すれば、また素晴らしい光景が将来見られるんだよ」


 ちょっと気取ってそんな事を言ってみたが、後になってとても恥ずかしくなったのは誰にも言っていない。




 暑い夏。いつまでこの暑さが続くのかは分からないが、暑くないと出来ない仕事もある。それが今日始めていく作業だ。

 漬物桶に詰めた梅としそ。これを天日干ししていく。買って来た竹製のザルをルツと一緒に一度綺麗に洗い、日に当て乾かしていた。


「アグリさん、持ってきました!」


 元気に声を上げたのは、今日の主力アルタスだ。他にも、サラとライも居る。後から出て来てのはダリアさんとそしてアルスだった。


「おっ、アルスも手伝ってくれるのか?」


 ダリアさんの陰に隠れるように立っているアルスは、アルタスに頭をガシガシ撫でられて髪がくしゃくしゃになってしまっている。それを直しながら頬を膨らませ、アルタスを睨んでいる。でもそれはみんなにとっては、ただただ可愛い顔にしか見えなかった。美形のアルタスは、物乞いをしていた頃よりも清潔感が出て、肌ツヤが余計に良くなったのだ。

 これは最近聞いた話だが、アルスの名付け親はアルタスだったそうだ。アルスがまだ首も座らない内に来て、アルタスが必死に世話したと言う。そんな経緯が聞けて、2人の仲が良い事にも頷けた。


「ありがとう、アルス。今日はアルスにも出来る仕事だから一緒にやろうか」


 俺のみぞおち辺りにあるアルスの髪を手で整えながら言った。すると目線も合わさず、静かに頷いたのだった。


 いつも洗濯物を干している畑とは反対方向の場所に、梅干しを干す事にした。というのも、そこからなら玄関に行かなくても取り込むことが出来るからだ。


「よし、じゃあ桶を開けてしそと梅を出そうか」


 桶の中では塩漬けした梅の上に、塩漬けしたしそが漬かっているはずだ。

 みんなの前に桶を置いてしそを手に取った。それからみんなに手本を見せるように説明する。


「しそは思いっきり絞ってザルに出してくれ」


 アルスとダリアさん、それにアルタスが桶を囲んで、それぞれ手の大きさに合った分のしそを手に取って握り始めた。手の隙間からあふれ出てくる真っ赤な汁は、時に手首を伝い、肘のあたりまで道を作っていた。

 ザルに出したしそを均等に広げているのはサラとライ、それにルツだ。大きなボールはダリスさんの絞ったしそ。強く、硬く絞ってあるのはアルタスの仕事だ。そしてゴルフボール程の大きさのものはアルスが絞った物だった。片手ではしっかり絞れないと思ったのか、両手で握られていた。


「アルス、上手に出来てる」


 頭を撫でながら笑顔で言うと、何も言わなかったが心なしか嬉しそうだった。

 しばらくしそを出していると、奥から梅が出現してきた。皮を破らないようにしそを丁寧に取った後、梅をザルに出していく。

 アルタスは何でも気になった事を素直に聞いてきた。


「梅も同じように干すんですか?」

「うん、そうだね。出来るだけ、汁が零れないように出してみて」


 「分かりました」と真っ赤に染まった手のひらを桶の中に向けた。

 しそと同じようにザルに出された梅も、サラとライが重ならないように並べていく。最初は梅を破ってしまわないよう気を張っていた。だが、数をこなしていくと、慣れた手つきで均等に梅を並べていった。


 日が高く昇った頃、虫の音すらも聞こえなくなる暑さの中、みんなで汗を流した。日陰での作業は微かな風を楽しみながら続けた。干された梅を眺め、軒下で取る昼食は、梅干しの完成を想像した俺だけが口の中を唾液で満たしていたのだった。


 合計5個の桶から出した梅干しは、孤児院の庭先を全て埋めた。その後の作業の説明を、手伝ってくれる子たち全員にした。


「夕方にはこれを中にしまってほしいんだ。朝になったら、またここに出してくれ」


 それを聞いたライは、雨が降ってきたらどうするのか聞いてきた。


「急いで取り込んでくれ」


 それが理由で、ここに干したのだ。雨が降りそうな雲を観察するこの季節は特に通り雨や、夕立に気を付けなくてはいけない。大きな積乱雲が遠くの山の上に合ったら警戒が必要だ。

 俺は最後に期間の説明を入れた。


「といっても3日間ほどで十分だ」


 手伝ってくれたみんなにお礼を言いながら使った物を片付けていく。するとサラが梅の入っていた桶を指さした。


「この中の汁はどこに置いておけばいい?」


 溢さないよう大事に扱っていた汁だ。実はそれも梅やしそと同じように天日干しさせておく。蓋を閉めて、蒸発してしまわないように気を付けながら。日光の力でカビ菌が抑制されるはずだ。すでにカビが発生していたとしても、これによって消滅する場合もある。今回は目に見えるカビは塩をきつくしたおかげもあってか確認できなかった。だけど美味しい梅干しを作るべく、最善を尽くすため、出来る事はやっておくのだ。




 帰りの馬車の中、ルツがこんな事を言った。


「あのくらい、魔法で乾かせばすぐなのに」


 聞くところによると、洗濯物だってものの数分で乾いてしまうほどの魔法があるらしい。実際それを使えば効率もよく、限られた時間も他の事に当てられるだろう。

 それでもそうしなかったのだ。


「夏にみんなで梅干しを干しました」


 不思議な口調だったのかルツは俺の顔を見上げている。


「ルツの思い出になっただろ?」


 頬を上げてニヤリと笑った。俺の問いにルツは答え、元気に笑ったのだった。


 暑い日の中での作業を思い出しながら、ベッドの上に寝転がる夜のひと時。だからといって暑さは変わる事が無かった。それでもシーツの冷たい場所を足で探しながら、目を閉じていた。

 明日は何をしようか。かぼちゃの芽を摘んでも良いし、少し前に考えていた肥料を作っても良い。そう頭に思い浮かべていると、いつの間にか意識が無くなっていた。

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