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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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復興

 お昼ご飯が俺の前に出てきたのは、ブロードさんリユンと、仕事から戻って来たベルナムさんがテーブルに揃って来た時だった。


「おぉ! アグリ! 来とったか!」


 相変わらず綺麗な赤い髪を揺らしながら、俺の背中を叩くベルナムさん。事前に来ることは伝えていなかったので、驚くのも無理はない。

 ただ、ベルナムさんってこんな感じの人だったかと迷ってしまうほど、印象が変わっていた。


「ベルナムさん、何だか変わってませんか?」

「ん? 何を言っとる……。わしはわしだ!」


 そうだったっけと頭を傾げていると、ブロードさんが笑いながら言う。


「ベルナムさんもいろいろあったんじゃないかな?」


 どこか含みを持たせた言い方だった。

 環境の変化、したかった仕事が出来ている事で、より活き活きと生活出来ているのかもしれない。ただ、ブロードさんもベルナムさんも、仕事内容を楽しそうに話すのでそんな事はすぐに忘れてしまった。


 昼食を楽しみながら近況を聞いていく。すると、顕著な活躍をしたのはブロードさんだと感じた。


「そういえば、オイーバさんに物資の安定供給があるって聞きました」

「あぁ、それはブロードさんのお陰だよ」


 自分の事のように言うリユンはとても嬉しそうだ。頭に手を置きながら謙遜するブロードさんが経緯を話し始めた。


「アグリ君の負担も考えて、物資を提供してくれる人を捜したんだ」


 ブロードさんは、サンドリンの人だけでなく、俺たちの事も気に掛けてくれていたようだった。ブロードさんの優しさがしみじみ話から伝わってくる。


「それでやっぱり頼れるのはおじいちゃんだったんだよね」

「言ってしまえば、隣国ですもんね」

「そう。そこで、条約を結んだ」

「条約?」


 条約という言葉で、一気に政治的な雰囲気がしてきた。


「でも、僕個人も、国の力もまだ弱いんだ」

「交渉するには分が悪いと……」


 ブロードさんは静かに首を動かした。しかし、その目には確かな自信と、将来の希望を映し出しているように見える。


「それで条約。物資と経済的支援の代わりに……」


 ブロードさんは俺の目を見据え、少しの間を置いた。その瞬間、その条約というのは俺が関係している事であると悟った。唾を飲み続きの話を待った。背中には冷たい物が通った。

 ブロードさんの顔が急に笑顔に変わり、余計に心臓が激しく動いた。


「来年から、20年間! 3割のお米を納める事!」

「へぇ、お米を……」


 満面の笑みが続くブロードさん。それに隣のリユンも笑顔だ。


「え……?」


 さらに俺の隣に居るベルナムさんも笑顔で、俺の肩をトントン叩いている。


「はぁあああ!? 米を3割!?」

「そう!」

「しかも来年から?」

「そう!」


 いろんな考えが頭をぐるぐると巡り、何を考えてどんな言葉を出したらいいのかすら分からない。


「待ってください、ブロードさん!」

「どうしたの?」

「もちろん米作りは来年から始めます! でも、初めての土地での生産なんて成功する保証はないですよ! そもそも失敗して当たり前ぐらいなんですよ!」


 気付けば俺はテーブルに手を付き立ち上がっていた。穴という穴から変な汗が出ている。


「知っているよ。ジンさんも同じような事を言ってたから」

「ならっ!」

「やめるかい?」


 ブロードさんは表情を一切変えず、俺を見つめる。その澄んだ瞳の奥で何を考えているのか、分からなかった。


「アグリ君にはそんな勇気はないのかい?」


 いつか俺がブロードさんに放った言葉を、鏡に映されているように感じる言葉。俺は足に力が入らなくなり、椅子にもたれるように座った。


「もし……失敗したら……」

「政治的な意味で、この国は終わりだね」


 俺は文字通り頭を抱えた。来年の米作り。その結果に応じて、俺たちがこれまでやってきた事が、紙くずになる可能性がある。協力してくれたサンドリンの人たち。ジンさんを含めたくさんの力でここまでやって来た。それを壊してしまうのは来年の俺かもしれないなんて……。そんな事を思うと、頭を上げる気にすらならなかった。


「アグリ君はこれまでたくさんの人を動かして来た。時にアグリ君自身が身を粉にしたこともあっただろう。その結果がこれだ。分かるね?」


 厳しいとも思えるブロードさんの言葉に「はい」と答えるしかなかった。それでも、俺1人の力ではブロードさんが持ってきた重責に耐える事は出来ない。今にも押しつぶされそうで、耐えられない。

 そんな時「アグリ」と声を掛けてきたのはリユンだ。そして意外な言葉を発した。


「何したらいい? 成功させるには」


 リユンの顔は、不安や小胆さは感じられない。まっすぐ俺を見つめ、それ以外何も言わなくてもリユンの気持ちが伝わってくる。

 俺はその時、自信の無さ、勇気の無さを一瞬忘れることが出来た。

 リユンの質問に答える前、腿に置いていた手を眺める。指先はガサガサだ。ささくれもあちらこちらにある。爪の間には土が入り込み、指のしわには土が染み込み、こべり付いている。そんなボロボロの手をぎゅっと握った。


「土の改善……」


 力なく呟くと、すぐにリユンは「よし」と元気に立ち上がった。


「ブロードさん、田んぼ部門の人員を一部アグリに付けるのはどう?」


 ベルナムも立ち上がり、俺の背中を思い切り叩く。


「それなら俺もやろう。棚田は必ず完成させるしな」


 次にブロードさんも立ち上がった。


「そうだね。アグリ君は自分の畑もあるから、指示を頼むよ」

「みんな……」


 みんなの顔を見ているとリユンの「なにしたらいい?」の言葉が魔法のようだと感じた。それと同時に肩に乗っていた重い責任は半分くらいに軽くなった。


「俺はこれまで1人で生きてきた訳じゃないだ。みんなが居たからここに居る。でも、それが少し気がかりで……」


 父にも母にも当てはまる。親友にも、仕事仲間にも当てはまる。俺は、何も返せてはいない。

 ただ、俺1人の力なんてたかが知れている。それなら、これからも一緒に突き進みたいと俺は思った。


「みんな、また力を貸してほしい!」


 少し間が開いたと感じ、下を向いていた顔を上げた。するとみんな予想外の顔をしていたのだ。何故か呆れている。


「何言ってるんだよ、今更」

「そうだ! わしはお前に仕事を貰ったんじゃ。最後まで付き合わせてもらうぞ」

「僕もだよ、アグリ君。君のお陰で僕はここに居る。君にすべてを押し付けたりはしないよ」


「ありがとう……!」


 俺は立ち上がった。きっと大丈夫。必ず成功させよう。今回ばかりはやってみないと分からないじゃない。やって成功させるのだ。

Next:ごめんなさい

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