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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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アグリオリジナルブレンド

 コニーの体調不良の件が頭に残る夜。少しむしむしする部屋の中で、独語していた。


「うん、ルツが帰ってくる前に、一度様子を見に行こう」


 気になっていたのはサンドリンだ。虫取りの時、リユンが帰って来た春以来、俺は顔を見せていないのだ。


「スポドリ持っていくか」


 聞く人は居ないが、確信を込めて呟き、ベッドの上で目を閉じた。




「おはよう。何作ってるんだ?」

「飲み物だよ。飲んでみて」


 サンドリンには様々な年代の人が居る。そのため、味を試行錯誤しておくと喜んでもらえるだろうと考えたのだ。


「少し、しょっぱいな」

「そっかぁ」


 父から感想を貰って水を足し、砂糖を追加した。


「これから、汗をかくでしょ?」

「そうだな。この季節、汗をだして体温を調整するんだ」


 父がそんな事を腰に手を当て、自信満々に教えてくれた。


「汗に塩が含まれてるから、水だけ飲んでもだめなんだ」

「あぁ。夏の仕事帰り、シャツが白くなっているのは塩なのか」

「そう。だから、塩も一緒に補給しないとね」


 そのための梅干しだ。夏の朝、梅干しの入ったおにぎりでも食べて行けば十分に塩分を補給できるだろう。

 日中はもちろん、エアコンの無い熱帯夜。十分に注意しないと体調を壊す人が出てしまう。それを何とか阻止したい。


「これ、お父さんも持って行って」


 俺はそんな事を自然に、何の違和感もなく口にした。でもそれは父にとって、いや、ほとんどの国民にとって不自然な言葉だったことを、言ってから思い出したのだ。そう、水筒のような飲み物を持ち歩く容器がこの家には無いのだ。


「あぁー。ありがとうな。休憩の時に戻って飲みに来るよ」

「う、うん! 定期的に少しずつね」


 そんな事を言って何とかごまかした。

 正確には水筒はある。動物の足の皮を使った物だ。革細工職人が加工し丁寧に生産している。ただ、とても高価な物なのだ。その理由は、おそらく魔獣の存在だろう。動物を育てるにしても、野生の動物を狩るにしても、危険と隣り合わせだからだと推測している。

 そのため、ほとんどの国民が簡単に手に入る物ではないのだ。俺も子供の頃の水分補給と言えば、井戸に行って草むらに寝転がりながら冷たい水を飲む。そんな事が習慣だった。


「水筒……。何か考えないと」


 なんて誰に言うのでもなく馬車を操りながらサンドリンに向かった。






「すげぇー」


 サンドリンの村全体を見ることが出来るシェリンに到着すると、思わず声が漏れた。

 シェリンから見える景色は、前に来た時とは丸っきり違うように見えた。それどころか、本当にサンドリンなのかと疑ってしまうほどだった。そんな驚きを覚えながら村の中心へ向かい、馬車を走らせた。


 まず、目に入るのは家の数だ。俺が覚えているのは、本拠地であった小屋と、村の人が雨をしのげる小屋のみだ。でも今は違う。一軒、また一軒と立ち並ぶのはまさに住宅街。踏み固められた道路を歩き数えてみると、21軒あった。その内3軒はまだ未完成みたいだったが、土台までは出来ていた。それに内装も完成しているのかは現時点では分からない。それでも、人の住める家が立ち並び始めたのは間違いなかった。


 しかし、住宅街を抜け目の前に広がったのは荒地だった。ただ、それも悲嘆するような光景ではない。リリアンが名付けたハレウミに向かう崩れた斜面。そこに広がるのは、見事な階段だ。下段のいくつかは、石が積まれそれぞれの石が己の責任を全うしているように見える。皆が力を合わせ、何にも動かされることのない強度を保っている。これはベルナムの仕事だ。


「綺麗だ……」


 畑の階段は数えてみると12段。それが4つの区画に分かれていて、48枚の田んぼがあると理解できるほどに仕事が進められていた。

 ハレウミまで登って上からも眺めてみる。田んぼは地形に合わせ唯一無二の形だった。どれも個性的物が多く、誰がどの田んぼで作業するのか楽しみなくらいだ。

 そんな美しい眺めを堪能していると、森の木に寄りかかり休んでいたであろうグループに声を掛けられた。


「君は、確かアグリ君か」


 立ち上がり俺を見たのは、上裸で屈強な体つきが一切隠れていない、オイーバさんだった。


「オイーバさん!」


 喜びの余り声が出る。オイーバさんも笑顔で迎えてくれた。


「腕はもうなんともないか?」

「はい。お陰様でこの通り!」


 そう言いながら腕をぐるぐる回し、肘を曲げたり伸ばしたりして見せた。すると「そうかそうか」と嬉しそうに俺の頭を撫でてきた。


 話は変わり、サンドリン復興について話していた。驚いたことに、物資の支援が安定して届くようになったとオイーバさんは喜んでいた。


「その事はブロードの兄貴が詳しいだろうからそっちに聞いてくれ」

「本当、ありがとうございます」



「ブロードさん、こんにちは」


 オイーバさんと話してからすぐに山を下り、拠点に向かった。ブロードさん達が寝泊まりする場所は前と変わりなく、簡素な小屋だ。


「おぉ、アグリ君。久しぶり。よく来たね」


 小屋に居たのはブロードさん。リユンとリリアン。魔法使いのエミヤとホシャトだった。


「リユン、もう体調は大丈夫?」

「ありがとう、問題なく元気だよ」

「リリアンも、元気にしてたか?」

「うん!」


 と気付けば俺の腕に絡みついているリリアンにバランスを崩されながらもそんな他愛も無い会話をした。ブロードさんがサンドリンについての話をするところで、俺は口を挟む。


「ブロードさん、少しお土産を持ってきました」

「お土産?」

「はい!」


 みんなで俺が乗って来た馬車に向かい歩きだす。


「これから本格的な夏が始まります。友達もこの暑さにやられてしまって」

「そうだったのか。そういえば、ここサンドリンでも体調不良の報告が上がっていたね、エミヤ」


 ブロードさんは隣に付いているエミヤに目線で合図を送った。それを受け取ったエミヤは静かに頷き、口を開く。


「はい。建設部門で6人、田んぼ部門で3人が体調を崩しています」

「症状も聞いてますか?」

「頭痛と倦怠感を訴えています」


 的確に情報を開示してくれているエミヤに関心してしまった。ブロードさんが仕事に関しての教育を上手く行えている事が見て取れた。


「アグリ君、どう思う?」


 エミヤの話を聞き、季節的な状況を見ると大凡の見当が付く。


「熱中症でしょうね」

「熱中症?」


 エミヤは初耳のようで俺に目を向けた。

 暦的には、タンムズの後半。いわゆる7月上旬と言える。まだ体が暑さに慣れていない事もあり熱中症になりやすいのだろう。


「なるほど、そう言う事か」


 ブロードさんは俺の説明で腑に落ちたのか、顎に手を当てながら頭を縦に動かしていた。


「俺が今日持ってきたのも、実はそれの対策だったりします」


 馬車に到着して荷台に乗せた樽を下した。


「これは……」


 ブロードさんとリユンが樽を覗き込むと、反射する自分の顔を見て、頭の上にはてなマークが昇った。


「アグリオリジナルブレンドです」


 なんて良く分からない言葉と共に、俺たちは合計5つの樽を拠点に運んだ。


 その後、お昼休憩に戻って来た職人たちにドリンク勧める。


「おぉ、これは良い」

「あぁ、体に沁み込んでいく」

「少しすっぱいが、暑い日にはちょうどいいな」


 どこからともなくそんな感想が飛んで来た。これを聞けただけで来たかいがあったと思える程だった。料理部門を担っているエホトとホシャトにアグリオリジナルブレンドのレシピを伝えてから、ブロードさんと一緒に拠点の中に入った。

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