夏の始まり
4日後、妹が家に帰って来る事が分かった。そのため部屋の掃除をし、布団を干した。使わないと綺麗にしていても埃がたまるものだ。
「アグリー、今日お父さん、学校に行ってくるから」
「遅くなる?」
「んー、暗くなる前には帰って来るよ」
「分かったー」
朝を迎える時間が早くなってきた頃。今日は魔法訓練学校での保護者会のような物があるらしい。子供たちの様子や、学校での行事などの確認をするみたいだ。ルツもそのまま帰ってくれば良いのにと思うのだが、ルツは寮暮らしの事もあり、そう簡単にはいかないと聞いた。
「気を付けてねー」
「アグリもな」
同じ時間に家を出て、お互い背中を向け歩き始めた。
「おはよー」
しばらく歩いて、到着したのはコニーの家だ。家の前で声を出すが出てこない。案の定、家には居ないようだ。畑に向かって歩くと畦道で、しゃがんでいるコニーの姿が見えてきた。目を細めてよく見ると、草むしりをしているようだ。
「おはよう、コニー」
「……はよ」
「どうした? 体長でも悪いのか?」
いつもは楽しそうに、黙々と仕事をこなすコニーだが今日は少し様子が変だった。いつも一人で生活しているので、少し心配だ。
「いや、特に問題はない」
そうは言っているが心配だ。1日様子を見ながら作業していこうと決める。
今日も晴れだ。雲は少なく、雨の予兆すらない真っ青な空。時間と共にじりじりと白い光が照りつけてきた。
そんな中、里芋の畑を見て回った。里芋の葉は大きくなり、高さは俺の膝下くらいまである。畝の高さもあるので、茎の長さは15センチから20センチくらいだろうか。今の所、順調だ。
「里芋って、親芋の周りに芋を付けていくんだよな?」
「そうだね、親芋から子芋、さらに孫まで成長していくんだよね」
里芋は親が子を作りながら成長する。時より子芋が芽を出す事もあり、そんな余計な芽を取る工程が必要だ。無駄な肥料を吸われないように、そして育成が問題なく出来るようにするためだ。
「親芋の横から芽が出て来たら、鎌で切ってあげてね」
そんな事を教えてあげながら畝の間を見ていると、コニーが立ち止まってしゃがみこんだ。朝の体調の件もあるので急いで近づいた。
「何かあった?」
「これ」
コニーが指さしたのは、里芋の葉っぱだ。そこには2センチほどの黒い虫が付いている。よく見てみると、黄色い斑点も体に付いていた。
「こいつは……」
「芋虫……?」
「これは、セスジスズメだね」
セスジスズメの幼虫だった。こいつはかなりの暴食、里芋やさつまいもなどの葉を食い散らかす虫だ。畑を壊滅させるほどの力を持つとも言われている。
「こいつの成虫は蛾。駆除した方が良いね」
「毒は?」
「無いよ、大丈夫。触ってもかぶれたりはしないから」
コニーはそれを聞くとセスジスズメをつまんで足元に落とした。そして躊躇なく踏みつぶした。
「勇気あるね」
「舐めないで」
その顔は、睨んでいるようにも、自信ありげの顔にも見えたのだった。
その後も里芋を植えた畝の間を歩き虫を捕まえては、然るべき対応を取っていく。
日が高く昇り、夏らしい気温へとなっていく。俺はコニーに声を掛けて、少し休憩しようと提案した。
「もう休憩?」
「まぁまぁ、良いから」
汲んできた水をコニーに渡し、小屋の日陰に近づく。その辺に転がっていた石を持って来て、腰掛けた。
「ふぅ……」
思わず声が出てしまう。きっと今頃リユン達も休憩しているだろうな、と思い浮かべながら空を見上げた。
ふとコニーの顔を覗くと、異変はすでに顔にまで現れている。
「コニー、顔赤くないか?」
注意深く様子を窺っていると、明らかに頭が重そうに手をおでこに置いて、支えているようにも見えた。
「大丈夫だから」
不愛想に呟きながら左手で俺を払うように手を動かした。そうは言っても放っておく訳にはいかない。
「今日はもう休みなよ。無理すると、余計に仕事が進まなくなるぞ」
少し脅すような口調で言うと、ピクッと体が反応を示した。なんとなく想像したのだろう。
「なんか心当たりあるのか?」
それでもまだ部屋に入る決心は付かないみたいだった。それで、何か力になれるかもしれないと話を聞く事にした。
「……つい」
「ん?」
一歩近づいて耳を澄ます。
「暑いんだよ! 毎日毎日!」
「あぁ、なるほど」
コニーが言うにはここ数日の気温で体の調子が悪いらしい。朝もなかなか起きられないのにも関わらず、夜は寝つきが悪いと言う。
「本当、暑いよな……」
俺も前の世界ではよく暑さにやられていた。イライラするし、仕事も思うように進まない。そんな日が続くので、夏は嫌いだった。
「ちょっと台所、借りても良いか?」
無言でコクリと頷くコニー。帰ってくるまでここに居ろよと念を押す。この場所は風通しも良いし、畑よりは涼しいから大丈夫そうだ。俺は駆け足で、コニーの家に向かった。
これから作る物はスポーツドリンクだ。作ると言っても塩と砂糖を水に溶かすだけ。前に泊まった時、2つの材料がある事は確認していた。
「このくらいかなー」
味見をしながら、塩と砂糖のバランスを調整していく。濃すぎてもそれはそれで問題のため、少し薄味にした。水を飲むよりも効果はあるだろう。
大きな桶で作ったため、それをコップに入れてコニーの元へ向かう。その途中、棚に黄色い物を見つける。
「レモンだ」
特徴的な見た目はこの世界でも一緒。俺は少しお借りして、レモンを切った。
「クエン酸、投入」
自身満々に「これでよし」と呟き、完成した。
軽い足取りでコニーに近づき、アグリオリジナルブレンドを渡した。
「夏の飲み物はこれが無いとね」
「これは?」
疑いと不信感のこもった目で俺を見つめるコニー。説明が無いと口に出来ないみたいだ。俺はしっかりとそのドリンクの内容物を説明して、安心させる。
「すっぱっ!」
腫ものに触るような表情で一口飲んだコニーは、鼻にしわを寄せながら感想を言ってくれた。
「レモンにはクエン酸って言う疲労回復の効果のある栄養素が含まれるんだ。夏は疲労が溜まるからね」
そんな解説をしていると、コニーは「ごめん」と小さく呟いて、そのスポーツドリンクを一口、また一口と飲んでいく。
「どうして?」
「1人じゃ、何も出来なかった……」
「そんなことないよ」と頭に浮かんだ言葉を飲み込む。実際、コニーはこれまで1人でやって来た。この畑を使って自分の力で生きてきたのだ。でも、おそらくコニーが言いたい事は、そういう事ではないのかもしれないと思ったのだ。
返事に迷っていると、コニーはまたボソッと呟いた。
「ありがとう」
嬉しかった。少しかもしれないが、コニーと良い仕事仲間になれた気がした。
「うん! どういたしまして。でも……」
「でも?」
「今日の仕事は終わり」
そう断言した俺はコニーを家に引きずり帰って来た。見張っていないと畑に戻ってしまうため、夕方までコニーと一緒に居たのだった。
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