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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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病気

 休暇終わりの初日というと、職業関係なく憂鬱だろう。ただ、やはり職場が楽しい場所ならそれは別と言える。それに、自分がやりたい事を仕事に出来ている事もあるだろう。

 でも今日は違った。休暇終わり、気合を入れて仕事をしようと起きたとたん、足にブレーキがかかったのだ。


「雨か……」


 何か悲しい事でもあったのか、空から泣き声とともに、雫が落ちてきている。

 残念ながらこの世界には、立派な傘やレインコートなどは無い。でも今日を急遽休みにする事もできない。


「あれ着るか……」


 急いで準備をし、仕事をするため小屋に向かった。そこにあるのは自作のレインコートだ。


「よいしょっと」


 茣蓙。父が仕事で使わなくなった茣蓙に頭を通す穴を開けた。それを頭から被れば自作のレインコートだ。

 1時間もしない内に重くなり、動きにくくなるのが欠点だ。それに完全には雨を防いでくれないし、あまり綺麗な物でもない。でも着ないよりはマシだった。

 そうこうしながら野菜の収穫が終わる頃、ロットが馬車に乗ってやって来た。


「おはよー」

「おはよう、ロット」


 いつもの挨拶。変わらない朝。収穫した物を荷台に詰め込む。


「今日はどうするんだ?」


 ロットが聞いてきた今日の予定。自分でも悩んでいる所だった。

 自分の畑で作業しようにも大した仕事は出来ないだろう。かといってそれは孤児院の畑でも同じ状況だ。では店を手伝うのはどうだろうか。


「雨の日はお客さん少ないからなぁ」


 ぼそっと小言を言ったロット。それはお客さんの動向は操作できないので仕方ない事だった。でも実際売り上げは減るため、雨の日の収穫量は減らしているのが現状だ。


「ここに居てもやる事ないし、俺も行くよ」


 考えていてもどうしようもない。俺も馬車に乗り込んだ。


 孤児院についた時、メセデとリラヤに休んでも良い事を伝えた。その結果、2人の答えは「行く!」だった。メセデは来るだろうなと思っていたがリラヤは意外だ。「何でだ?」と理由を聞いても答えてはくれなかった。


 店に到着し、野菜を並べ終わってもお客さんは来ない。


「中に居ようか」


 メセデにそう提案し、店内に入る。中からでも外の様子は見る事が出来るからだ。


「おつかれー」


 軽い口調でティーカップ片手に座っているリラヤ。優雅に足を組んで俺たちを迎える。そんなリラヤを見て、休んでも良いという提案を蹴ってまで、ここに居たい理由がなんとなく分かって来た。苦言を呈するつもりで近づいて行った時、店の戸が開いた。カウンターにいたアリアが「いらっしゃいませ」というのが聞こえ、俺もその方向に振り向く。そこに居たのは賢治さんだった。


「おや、珍しいね。アグリ君がサボっているなんて」

「サボってないですよ!」


 ちょっと力を込めて言い返す。でも、どこか自信が無いのは、これからサボろうとしているからかもしれない。


「今日は何しに来たんですか?」

「用が無いと、来てはいけないのかい? この店は」


 皮肉っぽく言った賢治さんは、リラヤが座っている隣に座った。

 賢治さんはアリアが出してくれたお茶をすすり、何だか懐かしい話を持ってきた。


「少し前、アリア君が水を暖めたと言っていたね」


 確か風邪をひいた時の事だ。アリアが火を使うことなく魔力で水を暖めたのだ。その事が気になって賢治さんに聞いた事があったっけ。今更そんな事を思い出す。


「そういえばそんな事、言っていましたね」

「電子レンジだな、それは」

「なーにそれ」


 自信満々に言った賢治さんは、リラヤに説明を求められている。電子レンジ。俺はそれを聞いただけで、どんなものか、何が出来るのかを理解できるが、この世界の人は分からないだろう。


「アグリ君は、電子レンジがどうやって暖めるか、分かっているかい?」

「えっと、確か、摩擦ですよね。氷がレンジで溶けないのは摩擦が起きないから」

「簡単に言えば正解。ではアリアちゃんがやって見せた物は……」

「魔力で水の分子が動いてるって事ですか?」


 賢治さんは嬉しそうに語る。魔力が電子レンジで使われる、マイクロ波と同じ力を持っていると考えているらしい。ただ、そんなマイクロ波に似た電波が、紋章があるというだけで、なぜ魔法になるのかはさっぱりらしい。


「せめて賢治さんと俺のどちらかが魔法使いだったらなぁ」

「そうだったら実験し放題だろうね」


 そんな会話をいくつか挟みつつ、お客さんを待つ時間。話していると数人来てくれるが、対応はメセデが出る。俺やリラヤはお尻に根が生えたように動けなかった。いや、動こうとすらしなかった。


「そういえば、アグリ君。麦はどうなんだ? 収穫、そろそろだろう」


 たい肥の実験が成功し、麦も去年の秋に蒔いている。でも、麦の事を誰にも言わないでこれまで来たのには理由がある。


「失敗しました……」

「えぇ、アグリ、失敗するの!?」

「するよ! 人間なんだから!」


 みんなに驚かれる。失敗しないというプライドがあった訳ではないが、なかなかショックだったのだ。土が乾けば、麦畑は耕す事になるだろう。


「たぶん、病気かと。感染の可能性もあるので、あの畑はしばらく放置します」


 前の世界なら薬品を用意出来た。予防策もたくさん出来る。でも今の世界は、自然の回復力に頼るしかない。来年まで雑草を生やしておけば何とかなるかもしれない。来年から病気に強い作物を植えて実験するつもりだ。


「そうか、残念だったね」

「農業に病気はつきものですから」


 いくら予防策があるとはいえ、前の世界でも病気でたくさんの被害を被ったことがある。

 ある村で、特産の野菜に病気が発症した。その村はすぐに対策したが、村のみんなが一生懸命作ったその野菜は大きくなる事が出来なかった。その時、ちょうど台風が上陸。強風が1日吹き続けたのだ。すると、その菌は市内に広まる。村を超え、市外にも広がった。その年は不作に終わり、経済的に厳しい年となったのだ。次の年からは、強力な薬を使うもその後数年間は油断を許さなかった。それが原因で特産を生産する人口は減り、衰退していったのだ。


「なんとかやってみます。ジンさんにもアドバイス貰えると思いますし」


 頼れるのは、やっぱり先輩だ。俺は諦めない。この世界の農業を変えるために。


 その日の終わり、リラヤに困惑しながら給料を支払った。これが雇い主という物なのかとつくづく実感したのだった。

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