休暇 (後編)
朝、今日も起きたのはいつもの時間だった。ロットの馬車が見えた時、大笑いされたのが頭に残っていた。それでもアリアの前に立った時の、たった一言でそんな感情は飛んでいった。
「かっこいいね」
自分でも分かるくらい体が熱くなった。こんな格好を見せたのは初めてで……、なんて事を言おうとか考えていた。だが、俺もアリアに向かってこの言葉を言わずにはいられなかった。
「綺麗……です……」
「なーに、その言葉遣い」
口元に手をやりながら笑うアリア。そんな笑顔の花が身に纏っているのは、シンプルで、すっきりとしている落ち着いたオレンジ色のワンピースだ。何かの花の色を使って染め上げられているのだろうか。
長袖のシャツを中に着ていて、手首まで伸びる生地は手のあたりでひらひらと揺れている。アリアのスタイルが最大限に生かされているように感じた。清楚ではあるものの、胸のあたりに付いているブローチが、一際輝いて見える。
「これ、気になる?」
「うん、すごく可愛いから」
「お父さんが、どこかの国で手に入れた物らしいわ」
羽だろうか。そんな形に造形されている。中には何かの石が込められていて、日の光を反射させている。
「時間も限られてるし行きましょうか」
しばらく見惚れてしまっていた。これからアリアと楽しい楽しいお出かけだ。
アリアに手を引かれ、町を見ながら歩いて行く。どこへ行くのかと思えば、特に行先は無いらしい。
「アグリ、どこか行きたい場所はある?」
そんな事を聞かれ、考え込んでしまった。でも折角なので前から気になっていた事を聞いてみる事にした。
「ここの子供たちはどこで遊ぶの?」
アリアは、顎に手を当てながら考える。すぐに「そうだ!」と答えを出したようだ。
「みんなかどうかは分からないけれど……。アグリ、魔法使いたいって言ってたわよね?」
そんな含みを持たせるような言い方のアリアは、しばらく歩いてとある一軒の店を紹介してくれた。いつも見る市場とは別方向にある。
目の前に立つとその建物の大きさに目を見張る。俺たちの店の3倍はありそうだ。
「何ここ……」
「入れば分かるわ」
少しにやつきくアリアに手を引かれ、中に入る。
「ようこそ、我が魔法館へ」
店に入った瞬間、そんな怪しい声が店内に響く。店内にはお香がたかれている事もあり、独特の世界観が広がっている。所々に魔石の光が放っているが、紫色だった。一般的な家ではみる事はないし、売っているのも見た事が無い。余程珍しい物か、自作だろうか。
「久しぶり、ライック」
「げっ、アリアちゃん」
アリアを見るなり、気まずそうな顔になった男の子。アリアが紹介してくれた。
「この人はライック、同級生よ。魔法は下手だけど、研究熱心な魔法使い」
「失礼な。僕だって成長したんだからね」
同級生には見えなかったのは、身長が俺と同じくらいだったからだ。
「ライックさん、アグリです。よろしくお願いします」
「よろしく、アグリ君。ここに来るのは初めてかい?」
「はい。ここは何のお店ですか?」
改めて店内を見渡しても、値段が書いてある商品は少なかった。ある物と言えば杖や歪な魔石が数点だ。見ただけではどのような物を売っているのか分からない。
俺の質問を聞いたライックさんは、自信満々に頬を上げながら言った。
「ここでは誰でも魔法使いになれるんだよ」
いつの間にか立ち上がっていたライックさんに連れられて、奥の部屋へと歩みを進めていく。
絵やの中に入るとそこにはテーブルと椅子。さらに水晶なのか魔石なのか、丸い石が置いてある。ライックさんはテーブルの向かいに座り、紙を出して来た。指示のあった欄に名前を記入する。
「アグリさん、ようこそおいで下さいました」
さっきとは打って変わり、いかにも作った声だった。何が始まるのかと最初は困惑してしまったが、なんとなく察しがついてくる。
「でわ、アグリさんが使える魔法の種類を診断します。こちらの水晶に手を置いてください」
ライックさんの言葉通り手を置くと、魔石の中心から白い光が放たれ、部屋中に広がっていく。
「おっ、おぉー!」
思わず閉じてしまった目をゆっくり開けると、驚いたようにライックさんが手を叩いた。
「す、すごい。これは魔法界にとって逸材となるお方だ!」
なんとも白々しい声を出して驚くライックさん。
その言葉で予想が確信へと変わった。ここはおそらく魔法を疑似体験させてくれる施設だ。アトラクションと言っても良いだろう。店に入った時からの世界観作りや、ちょっとした子芝居も、このアトラクションの一部なのだろう。
ここを思い切り楽しむためには、やはり全力でこのサービスを受ける事だ!
「本当ですか! これで魔王も倒せますか! 町を守れますか!」
「ま、魔王? 守る?」
適当にありそうなストーリーを口走ったが、ライックさん的には想定外だったらしく首を傾げる。でもさすがサービス業、すぐに俺みたいな面倒な客の話に合わせてくれた。
「もちろんです、この才能があれば、きっと!」
後ろでそんな良く分からない会話を聞いているアリアの視線は痛かった。
魔王を倒すには練習が必要。との事で次の部屋だ。
ここでは部屋の奥に的があり、そこに向けて魔法を放つことが出来るらしい。的は全部で5個。連続で当てる事が出来たら合格だという。
「俺はどんな魔法を使えるんですか?」
俺がそう聞くと、ライックさんはアリアの方に体を向けた。そして喧嘩を売るように、言った。
「そうだなぁ、アリアちゃん。お手本見せてよ」
ライックさんはアリアを試そうとしているのだろう。的をもう一度見た時、ひと回り小さくなっていたのだ。的を交換しに行ってはいないのになぜだろうか。
「なるほどね。でも私の成績忘れたの?」
自信満々にほほ笑むアリアは、所定の位置に立った。
「アグリ君、耳塞いどくと良いよ」
ライックさんに小声で言われ、なんとなく言いたい事が分かった。急いで耳に手を当てる。
アリアは手を的に向けて、何かを声に出して言っている。すると瞬く間に火の玉が現れた。
「ちょっと、アリア! 建物ごと壊す気かよ!」
挑発したライックさんでも驚いてしまうほどの大きさ。あれは俺より大きいのではないか。
「あなたの防御がそう簡単に壊れないでしょ!」
笑顔の横顔が見えた瞬間、その魔法は放たれ、的はおろか部屋全体が火に包まれた。目の前でバックドラフトが起こったようにしか見えないくらいだ。
「熱っ……くない?」
アリアの魔法が消え去り、隣に居てくれたライックさんが息を切らしている。何が起こったのか理解できなかった。
「アリアちゃん! アグリ君が怪我でもしたらどうするんだよ!」
「ライックが守れないはずないじゃん」
アリアが魔法を放つ時にもそうだったが、守備に関して絶大な信頼を受けているように見えた。
「まったく。学生の時から変わらないんだから」
学生の時に何かあったような言い方だった。気になって聞こうかと思ったが、次は俺が魔法を使う番だ。何だか緊張しながらアリアが立っていた場所に行く。
「何か言った方が良いの?」
「言っても良いし、言わなくても魔法は使えるよ。アグリ君は才能があるから」
アリアが発端のアクシデントはあったものの、ライックさんは上手に世界観を戻したのだった。
何も言わなくても魔法が使えるようになるという事だが、まだ実感がいまいち湧かない。でも、せっかくの機会だ。魔法を使えるなら何か言って放った方がカッコいいかもしれない。
「そうだな……」
しばらく考えて思いついた言葉があった。
俺は恥ずかしさを抑え付け、アリアを真似し手のひらを的に向ける。1つ息を吐き、狙いを定めた。
「空気砲! ドカーン!!!」
俺の声と共に手のひらに軽い衝撃が伝わる。見ると的が壊れている。
「すごい! 魔法だ! 見た見たアリア! 魔法使えた!」
自分でも驚くくらい気分が高揚していた。何もない所から未知の力が俺から出たのだ。これは誰にでも体験できるものではないだろう。俺はアリアにこの気持ちを伝えようと、振り向く。しかし、アリアはもちろんライックさんも冷たい目でこちらを見ている。
「え、どうしたの?」
「どうしたのって、何? ドカーンって」
アリアが気にしていたのは魔法ではなく俺の言葉だった。
ドカーンとは俺が子供の頃から慣れ親しんでいた言葉だ。科学の物を魔法で再現するのは失礼に値するかもしれない。でも子供の頃からの夢だったのだ。夢を叶える衝動はどうしても抑えきれなかった。
そんなこんなで空気だけでなく、水や火。また光の魔法なんかも教えてもらって体験した。
明るい部屋に出るころには魔法が、あたかも自分の力であると錯覚してしまうほどだった。
「えっ、これって」
「紋章だね」
気が付くと、手の甲に光る紋章があった。ライックさんによると、的を上手く撃ち抜いた人だけに現れるそうだ。最後まで手の凝ったアトラクションだ。
「どうだった?」
ライックさんにお茶を出してもらい、少し休憩しながら感想を話していた。
「楽しかった! どれもライックさんの魔法なんですか?」
「そうだよ。研究の成果だね」
人に魔法を使えるように出来たのも、的を作るのも、アリアの火から守ってくれたのもライックさんの魔法のおかげだ。
「ライックさん、魔法が好きなんですね」
「そ、そうだね」
何か気まずそうなのは、アリアが居るからだろうか。
「昔はそうじゃなかったわよね?」
「誰のせいだ」
ライックさんがアリアを睨んでいる。
アリアはてへっと舌を出した。何も反省はしていないようだ。すると「覚えてる?」と話し始めてくれた。
「学校で、壁の穴の事」
ルツの入学式の時、学校にお邪魔したことがあった。その時に見せてもらった場所、確か魔法の実技をする場所だったか。そこにはアリアが開けたと思われる大きな穴があった。
「うん、よく覚えてる」
「あの時ね、同じ班だったのが、シャウラとライックよ」
なるほど、その時から仲が良かったみたいだ。でも、少し疑問に思ったことがある。アリアのあれだけの魔法を食い止める事の出来るライックさんが、学校の歴史に残る程の傷を付けさせるだろうか。
「それで、先生に怒られたのがライックなのよね」
「あの時の恨みは忘れていないからな」
「ごめんって」
そんな恨みをここぞとばかりに話し始めたのはライックさんだ。
「あの時からアリアちゃんとシャウラちゃんは喧嘩ばかりしていたんだ。それで防御魔法を得意とする僕が2人の班に入れられた」
「そこで、いつものように喧嘩が始まったと」
「そう。学校内で最も魔力が強いシャウラ。そして魔法の扱いがずば抜けているアリア。段々と白熱して僕では守り切れなくなったんだ」
「その時の穴なんですね」
「そういう事」
アリアは指を立てながら得意げに言った。ライックさんが怒られたのは、2人を任されていたからだろう。大変だったんだな、ライックさん。
そんな出来事をきっかけに、魔法の研究に力を入れ始めたのだと言う。その結果、こんなにも楽しいアトラクションを作り上げて、アリアの魔法でさえ抑えきってしまう。ライックさんの努力がしみじみと伝わって来たのだった。
「ライックさん。俺に魔法使いの妹が居るんです。今度紹介させてください」
「そうね、ライックの研究がはかどりそう」
「どういうこと?」
不思議そうに目をアリアに向けるライックさん。
「私より、強力な魔力を持ってる。もちろんシャウラより上ね」
「本当!? ぜひ会いたい!」
目をキラキラさせたライックさん。これは夏休みが楽しみだ。
それから俺たちはライックさんに手を振り、楽しい経験をさせてくれたアトラクションに背を向ける。
「ありがとうございましたー!」
その後、あまり遅くなっても俺の仕事に影響が出てしまうとの気遣いで、ご飯を食べてから自分の店に戻ったのだった。
「ありがとう、アリア。楽しかった」
「私も。また行こうね」
「うん!」
ロットが迎えに来てくれて、店で仕事をしてくれていた、メセデとリラヤ。それに助っ人で入ってくれていたジュリと帰途に着いた。帰りの馬車の中は騒がしい物で、アリアと俺の関係を根掘り葉掘り聞く声が止まる事は無かったのである。
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