休む勇気
「良い感じだね」
少し遅くなってしまったが、トマトに雨除けの屋根を作ってやった。
「アグリお兄ちゃん、お水あげなくて良いの?」
サラが心配そうな目で問いかけてきた。
トマトは雨が苦手な植物。日本のように雨がそこそこ多いこの地域でも雨除けは必須だろう。夏場の台風自体は少ないものの、雨は降る印象を受けるのも1つの理由だ。
プランターで作るトマトは、土の水分量や泥跳ねの心配も無いことからそれほど気にしなくて良いが、外の畑ではまた変えなくてはならないのだ。
「俺、トマトって苦手なんですよね……」
アルタスが申し訳なさそうに呟いた。
「そうなの? どういう所が?」
「なんかもう食べ物として認められないっていうか……、すっぱいし、皮も固いし……」
なるほど、確かにその理由は納得出来た。父が作ったトマトも甘いものではなかったからだ。というより、トマトはすっぱい物という認識すらあるように感じる。
「じゃあ、俺たちのトマトは甘くしてみるか」
「そんな事、可能なんですか?」
「やってみないと分からないけどな」
いつもの確証の無い言葉だが、それが楽しいのだ。
「出来る事の1つとして、肥料だな」
「作るんですか?」
肥料を自作する。自然の物が原料なら作れるだろう。言わば有機肥料だ。これまでもたい肥や、貝殻で肥料を作って来た。それをもう一歩、進歩させてみよう。今後サンドリンの土を改善していくのにも役立つだろう。
「1つは油を使った肥料だね」
「油ですか?」
正確には廃油だ。店でコロッケを揚げていると、どうしても出てしまう廃油。このまま捨てるのはもったいないので、活用方法をずっと考えていた。確か、油を肥料にする術があったはずだ。作り方なんか覚えてはいないが、賢治さんに話してみたらいい案が出てくるかもしれない。
「確かに、油は高いですし、使えるなら使いたいですね」
そしてもう1つ。港町が近くにある事を利用し、魚を使った肥料を考える。リユンために町を回った時、たくさん魚の入った箱が積まれていたのだ。聞くところによると無料らしい。その時は詳細はを聞けなかったが、おそらく最終的には、破棄に回ってしまうだろう。そんな魚たちを乾燥して粉末にしてしまえば、魚かすと呼ばれる肥料になる。もしあの魚が手に入れば、コスパのいい肥料が手に入る。
「それに、この肥料はトマトを甘くする力がある!」
「おぉ、楽しみですね」
そんな事をアルタスと話していると、サラがネギの追肥をし終わったと報告してきた。
「お疲れ様、少し休んで」
優しく頭を撫でなる。徐々に気温が上がり、体力も削られるようになった。春も終わり、これから夏が近づいてくるのだろう。
夏になればまたルツが帰ってくる。たくさん話を聞きたい。それに手を付け始めた馬車の改造、これも夏までには完成する予定だ。
後はやっぱり夏野菜、これは外せない楽しみのひとつだろう。
そんな楽しみを1つ1つ上げていったら、季節はすぐに廻って来る。寝苦しいほどに暑い夜は、起きるのも遅くした。
息を吐く音がうるさいと思える程に苦しい。薄っすらと明るくなりつつある空の下、俺はロットに頭を下げた。
「ご、ごめん。っつ。寝坊、した……」
息を切らしながら、何とか声を出し謝る。改造したてで、タールの匂いがまだ残っている馬車の横、車輪の前で仁王立ちしているロットは、何も言わず俺の方をじっと見ている気がする。その目が怖くてなかなか顔を上げられない。
というのも、いつもの……。いやたまにやってしまう寝坊はせいぜい10分程度。
「ごめん、ごめーん。寝坊しちゃったー」
そのくらいの遅刻なら頭をかきながら謝れば、優しいロットは怒らないでいてくれる。でも今日は違った。寝坊した俺が言うのもなんだが、今日は猛反省してしまうほどの遅刻だった。
「本当に申し訳ない……」
「まぁ、良いけど。大丈夫なのか?」
ロットの大丈夫の意味が良く分からなかった。俺に対して大丈夫なのかを聞いているのは間違いないが、俺の何を心配しているのだろうか。
一先ず店に並べる野菜を急いで準備し、孤児院に向けて馬車を走らせた。
荷台にはダリアさん作のドライアイスが、野菜と一緒に積んである。これにより、鮮度を保って店まで運べるようになった。もちろん完璧な熱対策ではないが、去年と比べても荷台の涼しさは段違いと感じる。
そしてもう1つ、進化した点がある。ロットが操作する馬車の馬が、2頭編成になったのだ。馬車を改造した時に起こった問題、それは重量だった。野菜や、今後米を積むとなると重さが増す。そのため、ロズベルトさんに頼んで1頭増やしてもらった。さらに馬車の足回りも馬車専門の職人に、強化をお願いした。見た目、すごしごつくなったように感じる程、強くなったのだった。
「アグリ、着いたぞ、アグリ!」
肩を揺らされ、目を覚ますと目の前には孤児院の建物が広がっていた。いつの間にか眠っていたようだ。
「ごめん、ロット。降りるよ」
そう言って降りようと一歩踏み出すと、馬車の足代を踏み外し尻もちをついてしまった。
「いてっ」
「おいおい、大丈夫か?」
ロットからまた大丈夫かと心配される。
「大丈夫、大丈夫」
この日は一日中、体がおかしかった。思うように力が入らず、作業をしてもすぐに疲れてしまった。
思えば、春から休みなく働いていた気がする。昼寝はいつもしていたが、丸一日の休みは取っていなかった。農業なんて休みはない。そんな間違った考えが俺を動かしていたみたいだ。大きな怪我や事故が起こる前にしっかり休まないと。
迎えに来たロットと、近くに居たダリアさん。それにサラやメセデ達にもその事を伝えた。少し勇気が要ったが、たまには良いだろう。
「そういう事で、明日は休ませてもらっていいかな?」
内心ドキドキしながら答えを待つと、思っても居なかった言葉がロットから飛んできた。
「2日」
「え?」
「2日休め」
「それは流石に……」
ロットが2日間休めと言って来たのには驚いた。俺には責任も目標もある。そんなに休んでいられない。
するとロットが一通の手紙を俺の前に差し出して来た。見覚えのある字。ロットから言葉は無かったが、言いたい事は分かってしまった。
「アリアの命令ですか……」
「そういう事だ」
手紙にも書いてあったが、明後日はアリアとお出かけだそうだ。それが休みになるのかは分からないが、久しぶりにアリアとゆっくり時間を過ごせるという事で嬉しい気持ちを隠す事は出来なかった。
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