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腹が減っては戦はできヌ  作者: らぴす
第三章:成長期
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お泊り

「聞いてないぞ」

「えぇ、そうだっけ? でもこれから帰るのは……ね?」


 2日間、一緒に作業をすると話した時に、泊まらせてもらって良いかと聞いた事をコニーは忘れていたようだ。でも、今更帰るなんて無理な話。薄暗く風も強い中、山を下りないと家には戻れない。そんな中、コニーは帰れと言うのか。


「良いって返事したか?」

「してない」

「なら断られたって思えよ」


 頭をかき、おどけて見せた。その時聞こえたコニーのため息は、外の風より大きかったと思う。


 コニーが夜ご飯を作ってくれている間に、薪をくべお湯を沸かした。もちろん魔石でやるのが一般的だ。でもコニーはこっちのお湯が好きなのだと言う。クールな性格だと思っていたが、案外可愛い所もあるんだな。


 村で作った米をたらふく食べて、大満足。後は風呂に入って寝るだけだ。


「コニー、風呂行こうぜ」

「先にどうぞ」

「何でだよ、せっかくだし一緒に入ろうよ」


 というのも見て驚いたのだ。孤児院の風呂は子供たちが一緒に入れるよう大きい。だがそれが例外だ。一般的のご家庭のお風呂は一人が膝を曲げて入れるほどの物。それがここの風呂は違った。5人は入れそうな大きな露天風呂なのだ。俺も元は日本人。こんな機会めったにない。絶対一緒に入った方が楽しい。久しぶりの裸の付き合いってやつだ。


「なぁ、頼む! 一緒に入ろう!」

「絶対いやだ!!!」


 ものすごい形相で断られてしまった。これ以上しつこくしても悪いので、渋々一人で入る事にしたのだった。


 風呂は思った以上に気持ちの良い物となった。風の音、木の音。森の匂いも、時々飛んでくる砂粒も。それはそれでいい物だった。

 風呂から出ると、次にコニーが入って行った。


 小屋の2階部分。そこにはいつも寝ている場所がある。布団しかないその場所は、何だかコニーの心の中を表しているように感じた。

 暖まった体を、少し冷たい床に預ける。ゆっくりと目を閉じると、すぐに意識が薄れ始めた。





「アグリ……!」

「アグリ!!!」


 遠くから名を呼ぶ声が聞こえる。夢の中からか、現実か。


「アグリー!」

「コニー!?」


 現実だった。すぐに体を起こす。


「コニー!? 何かあったのか?」


 すぐに声のする方向、風呂へと向かった。魔獣の可能性だって……!


「コニー!?」


 風呂場に入ると、お湯に浸かっているコニーの後姿が目に入る。その背中は赤くなっている。


「大丈夫か?」


 すぐに声を掛けると、ふわふわとした表情が俺を見上げる。完全にのぼせていた。


「服が……、風で……」


 なるほど。すぐに状況を理解した。服はこの際どうでもいい。まずはコニーをお湯から出さないと。

 ほとんど反応が無いコニーを湯船から上げる。乾いたタオルで体を拭こうとした時、驚くべき事実が判明してしまった。


「マジでか……。これは後で謝らないと……」


 しばらくの間、布団の上で休ませる。ぼんやりとしていた意識は徐々に戻り、水が飲めるようになった。


「目、覚めたか?」

「うん、ありがとう」


 コニーに服の場所を聞き、持ってくる。コニーのすぐ近くに置いてから、俺は小屋の下で待った。


「その様子だと、見たな」

「すまん、そんなつもりじゃなかった。君が女の子なんて」

「まぁ、良いよ。別に……」


 もしかしたら何か言いにくい事があるのかもしれない。そんな事を感じる返事だった。

 服を来たコニーは「もう寝る」とだけ呟き、それ以上は何も話さなかった。俺も2階に上がり、隅っこに寝転がる。楽しいお泊りのはずが、何だか緊張してしまっていた。目を閉じてもなかなか寝付けない時間続く。すると「そうだ」とコニーが軽い声を出し、体を起こしていた。


「どうしたの?」

「もし、女って事を誰かに話したらしたら……」

「話したら……?」


 ゴクリと喉が音を鳴らす。


「お前の婚約者に、襲われそうになったって言うから、覚悟しとけよ」


 それは。非常にまずい。そもそもこの状況自体が、あまりよろしくないとも、コニーの性別が分かった時点で思っていた。それをまさか脅しの材料として持ってくるとは……。


「絶対、誰にも言いません」


 こう言うしかなかった。本人にも隠したい事情があるのか、それともみんなが俺と同じように勘違いから始まったのかは分からない。でももし前者だったとしたら、コニーの気持ちを尊重したいと心から思う。

 この日、俺は部屋の隅っこで毛布を寝袋のようにして寝たのだった。




 次の日。今日も作業を続け、昼過ぎには里芋の畝が完成した。


「藁?」

「うん、意味があるのか分からないけど、出来る事はやっておこうと思って」


 里芋の畝にはマルチシートを掛ける。その代わりになるのかどうかは分からないけど、多少は効果が出ると見込んで畝に藁を敷く。飛んでいかないように押さえないといけないのが面倒だが、致し方ない。


 途中「休憩しよう」と提案するもコニーの手は止まらなかった。それほどまでに農業が好きなのか、それとも……。


「お疲れ様、良い感じだね」

「……」

「どうした?」


 完成した畑を眺めるコニー。達成感に満ちているのだろうか。


「去年、俺が1人でした畑とは全然違う……」

「成長したんだな」

「違う!」


 力強く言い放ったその一言は、コニーの内に秘めた何かを物語っているようだった。


「俺は1人で生きてやるってこの村に来た。それなのに……、何も出来ないんだ……」

「どうしてそう思うようになったの?」


 コニーは唯一秘密を知られた俺に、さらけ出すように話してくれた。


「俺には、尊敬する兄がいる。兄は何でもできて、優秀だから親の期待も応えられた。それに比べて俺は親に従順じゃない。女だから兄と比べても出来が悪い。だから追い出されたんだ、この村に」

「両親は、そう言って追い出したの?」

「そうに決まってる!!!」


 コニーが浮かべたのは涙だった。怒っているはずのコニーが泣いているのだ。その涙は、コニーの本当の気持ちを表しているような気がした。

 コニーを否定なんかしない。間違ってなんかいない。それなら、俺が出来る事は……。


「見返してやろう。俺たちが作った野菜で。必ず俺がコニーの野菜を両親に食わせて見せる」

「そんなの、無理だ。もし出来たとしても、見返す事なんて……」

「なんだ? 自分の作る野菜に胸を張れないって言うのか?」


 ニヤニヤしながらコニーを見つめと、力強く口を結んだ。良い顔だ。


「それに、誰一人として人間は、1人で生きて行くなんて無理だ」

「どうして……?」

「だって、俺たちが食い物を作ってるんだぜ?」


 俺たちが農業をして、作物を売っている限り、それは証明し続けられていく。俺たちが誰かの腹を満たす事で、その人が働き続けられるのだから。

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