土
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。ご苦労様でした」
孤児院に戻って来たダリアさん。メリスさんに顔を出している。そんな中、すぐに子供たちが集まり出し、あっという間に取り囲んだ。それでもダリアさんは優しく接している。
「ごめんなみんな。ダリアさんを少し休ませてはくれないか? ずっと働いてくれていたんだ」
みんな物わかりの良い子で助かった。ある子はすぐに離れ、ある子は荷物を部屋まで運んでくれた。おかげですぐに自室で休むことが出来た。
「ありがとうございます。少し休みます」
「ゆっくりしてください」
誰のせいでこんなに忙しく働くことになったんだと心に刻みながら、部屋のドアを閉じた。
馬車に乗せてきた、サンドリンで出た廃棄物や、回収物を下ろして片付ける。そしてたくさんの土を詰めた木箱も。
「なにしてるのー?」
サラがいつもの見回りから帰って来た。着実に成長している野菜を見たのかご満悦な様子だ。
「サンドリンから持ってきた土だよ。どんな土なのか確認したくて」
「土って違いがあるの?」
土にもいろいろ種類というかタイプがあったりする。砂地なのか粘土っぽいのか。酸性かアルカリ性か。サンドリンの土地で初めて米を作るんだ。ちゃんと調べておきたい。必要なら改善措置をとる。
「知らなかった。でもどうやったら分かるの?」
昔は土の状態が分かる薬剤や機械があったが、今は手に入らない。そのためやっぱり、見たり触ったり、試したりするしかない。
「サラ、この土を触ってみて?」
「うん?」
サラが木箱の土に手を伸ばし、手に取った。手の中には土の塊が乗っている。
「孤児院の畑の土と何か違い感じる?」
「んー」
サラは持った土を転がしたり、ほぐしたりした。そして比べるように自分たちの畑の土も触りに行った。
「畑の方はサラサラな感じがする! こっちの土は重い?」
良い答えだった。試しに水を含ませてみるとなかなか染みこんで行かない事が見て取れる。水はけの悪い事が分かった。米を作るには少し改善が必要そうだ。
さらに土をしばらく野ざらしにしてみる事にした。そうする事で雑草が生えてくる。どんな種類の物が生えてくるかで、土の状態が分かったりもする。もう薄れていく記憶がどこまで正しいのかは定かではないが、出来る事はすべてやろう。米を作る時、後悔しないように。
サラとそんな土の事を話した。案外、興味を持ってくれたみたいで嬉しい。
そんな中、孤児院の中から出て畑を見に来たのはゼイーフさんだった。畑の隅々まで眺め「いいな」と呟くと、スケッチブックのような紙の束を出してくる。
「アグリ、作業している所を見せてくれないか?」
「構いませんけど……」
不思議に思いながらも作業を開始した。アルタスと共に、枝豆を蒔く場所を耕していく。
チラチラとゼイーフさんの姿を確認すると、スケッチブックを抱え鉛筆を握っていた。
作業が一段落し、ゼイーフさんの所に戻る。すると自慢げにスケッチブックを見せてくる。
「すごいですね」
「あぁ、鉛筆一本でこんなにも表現できるなんて」
アルタスも俺も見入ってしまった。鉛筆の微妙な濃さ。紙の白色も使い、畑の土や畝の奥行、俺たちの汗一粒すら輝いて見えた。ゼイーフさんの才能が怖いくらいだ。
「誰かに習ていたんですか?」
「いや、好きで描いている」
趣味の範囲を超えている。ゼイーフさんには是非今後も描いていただきたい。子供たちの中にも絵を描いてみたい子も居るだろうし、来てもらえて良かった。そんな素晴らしい絵が孤児院の部屋に飾られたのだった。
今日はいつもより早くにロットたちが孤児院に帰って来た。メセデによると今日は午前中の間に、ほとんどが売れてしまったそうだ。それで思い煩う事も無く予定通り、明日を定休日にすることが出来た。
「明日は休みだから、ゆっくりしてくれ」
「やったー! どっか行こうかなー」
「良いんですか? 休めと言われても何をすればいいか……」
メセデの言った悩みは、働く者の悩みだ。明日の夕方まで悩むと良い。
孤児院での仕事が終わり、ロットと帰途に着いた。
「何してるんだ? そんなに動き回って」
馬車の中を観察したくて、走る馬車の中立ち上がり隅から隅まで見て行く。夏に向けて馬車の改造も行いたいからだ。
「あんまり穴はあけたくないんだよなぁ」
ロットがいつも使っているこの馬車は、ロズベルトさんからの借りものだ。そのため、できるだけ現状復帰可能な改造をしたい。たぶんその方法が、ロットの怒られる確率を下げられるだろ。
そんな事を想像しながら、馬車の構造を見て行く。窓が無いため風の通りはとても良い。ダリアさんのドライアイスを使用するにしても、もう少し空気の出入りを抑える必要がありそうだった。もう1つの案として、コンテナボックスを作りそこにドライアイスを入れて運ぶ。効率的に冷やすのはこっちの方が良さそうだが、今後商品が増えていく事を考えると限界もありそう。
それで、最終的な決定はリユンと相談してからになるが、この2つの案を組み込んでいく事を頭に入れた。馬車の荷台全体も冷やし、鮮度を保ちたい物はコンテナボックスに入れる。それをどれだけ馬車に穴を開けずに出来るか、リユンの腕が試されそうだ。
家に到着して荷物を下ろした。空にはすでに星が輝いていて、孤児院で少し時間を使いすぎてしまった事が分かる。
「ロット、田植え来る?」
「あぁ、行くよ。じゃないと米が食べられないからな」
もうすぐ田植え。ロットたちの家には田んぼが無いため来る必要はないが、毎年手伝ってくれている。ロズベルトさんの信頼が高いのはそんな気遣いも出来るからだろうな。まだまだ忙しい時は続きそうだ。
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