紹介
その後すぐに、馬車に乗り込む。隣には、お気に入りの服でおしゃれをしたサラも居る。リラヤに貰った髪飾りが今日は一際目立っていた。
「寒くないか?」
「大丈夫だよ」
雨が降り続く中、窓は設置されていない馬車。座っているだけで濡れてしまう。サラを雨がかからない場所に座らせたが、それでも霧状の水滴が顔を濡らす。おしゃれを楽しむ女の子は、どこの世界でも強いな。
店に続く道を二人で歩く。少しずつ建物が見え、サラに指を指しながら紹介する。緩い坂道を上がると、懸命に働くメセデの姿が見えた。その瞬間サラは走り出したのだった。
やっとの事で追いつくと、すでにコロッケを手にしているサラの姿があった。熱々のコロッケを白い息を吐きながら頬張っている。美味しそうに食べてくれているサラの顔を照れくさそうに見つめる、メセデも居る。
「美味しいか、サラ」
「うん! サクサク!」
「そっかぁ。良かったな、メセデ」
そんな2人はとても楽しそうで、自分の作った物を褒められているメセデはまんざらでもない様子だった。ただもう1人、存在を確認できていない人物は……。店の中を覗いてみても、アリアの姿しかなかった。
「リラヤならついさっき、どこかに行きましたよ」
「そうか、悪いなメセデ。何か考えるよ」
まぁ、リラヤの事だ。どこか遊びに言って行ってしまったのだろう。それも含めて、休みの日や交代時間の計画も立てると動きやすいか。それもこれも、アリアとも相談しなからだ。
店の中に入り、アリアに向かって手を上げた。店の中にはお客さんが居たので邪魔をしないように、いつものテーブルの前に座った。
魔石を買いに来たお客さんは、アリアの笑顔を見てとても楽しそうに話している。アリアも、自分の商品を自信を持って販売しているのが良く分かった。俺も将来、この米は美味しいですと胸を張って言えるようになりたいものだ。
しばらく、アリアを眺めつつ様子を見ていると、時間があっという間に過ぎて行った。
「面白かったですか? ジーっと見つめて」
少し赤くなった頬を膨らませるアリアさん。お客さんの波は落ち着いたようだ。
「ごめんごめん。つい見とれちゃってた」
「何それ」
クスクス笑うアリアに、相談がある事を伝えた。ひとまず、野菜販売の定休日についてだ。メセデやリラヤの気持ちも考えて休む日を作ってやりたいのだ。給料も入る事だし、体を休めたり、遊びに行ったりもしたいだろう。
「特にメセデは真面目に働きすぎちゃう気がして……」
「そうね、仕事をしたいって前から言っていたみたいだし」
「うん、放っておくとずっと働いちゃいそうだから」
それで定休日を決める事にした。アリアはいつでも良いそうだ。ロットにも意見を貰いつつ、売り上げ平均が少ない日を見つけて決めても良いかもしれない。
そしてもう1つ、グラミーが作る魔法についてだ。手紙で答えてくれたことにお礼を言って、概要を説明した。
「グラミー君、すごいわね」
虫にもコードがあるとの事で、それを組み込んだ魔法。それはこの世界にの農業にとって大きな進歩となるかもしれない。
「今の時点で実現可能だと思う?」
「んー」
アリアはお茶を口に含む。アリアにしては難しい顔だった。
「無理ね、私には」
「え……?」
アリアが頼みの綱だったのだが……。ここで躓いてしまうとは思ってもみなかった。エリートのアリアが無理ならこの世界のほとんどの魔法使いでは無理という事になってしまう。
「えっと……、何で?」
「一種類や二種類の虫じゃないでしょ?」
「うん。実際の数は分からないけど……」
「たくさんのコードを組み込んだ魔法で畑を囲もうなんて、私2人分の魔力があっても無理ね」
確かに、大量で複雑なデータを処理するにはそれなりのマシンスペックとエネルギーが要るはずだ。初めてアリアに魔法を見せてもらった時、アリア本人が魔力は少ないと言っていたっけ。そう考えると、アリアでも無理なのは仕方がない事だとは思った。でも、こんな綺麗な世界で大量の農薬を使いたいかと言われたら、首を横に振る。それなら、無農薬で作り、虫の被害が出なかった物だけを選別するか。このためには機械を作らなくてはいけないが……。
「ルツちゃんの力を借りれば出来るかもね」
ボソッとアリアが呟いた。そういえば、子供の頃アリアにルツを見せに来た時、魔力量が数倍あるとか言っていた。それが今でも正しければ実現可能なのだろうか。まぁ、どちらにせよルツがコポーションに入って働くまでは無理な事が分かった。その点も考えつつ、今は実績を出す事に注力した方が良さそうだ。
コバトさんにも会いたいため相談が終わって、外に出た。するとリラヤの姿があり不自然に俺の方を見ていない。
「リラヤ、お疲れさま」
「お、お疲れさまです」
何で敬語。心の中でクスクス笑ってしまった。リラヤって敬語使えたのか。それはそうと、定休日について二人に伝えた。二人の意見も聞きいて考えたい。そんな事を話してからコバトさんの店へ行ってくると言った。
「あんまりメセデに無理をさせるなよ、リラヤ」
「はーい」
「メセデも、嫌なら嫌とちゃんと伝えて良いからね」
「はい、ありがとうございます」
海が見える店。そこでは相変わらず優しい笑顔のコバトさんが、たくさんの人に料理を提供していた。サンドリンに行く時は体調を心配していたが、今店の営業は大丈夫な様子で安心だ。
「いらっしゃい、アグリ君」
「こんにちは!」
「少し待ってね」
お昼時ともあって、仕事着のお客さんや観光目的のお客さんが目立っている。
しばらく待っていると、頼んでもいないのにテーブルに料理が置かれた。
「俺、食べたそうに見えましたか?」
「えぇ、そう見えた」
何もかもお見通しと言いたげな顔。でもまさかこれを持ってくるとは……。まるで俺が「いつもの!」と頼んでいるようじゃないか。
「少し量は多めにしてあるから。旗もね」
「あ、ありがとうございます」
苦笑いで返すと、忙しそうにキッチンに戻って行った。
旗が2本立っているオムライス。そう、お子様ランチだ。俺は思い出がよみがえる前に、すぐに流し込んだ。
何とか涙を流さずに食べ終わる事が出来た。
30分ほどでほとんどのお客さんは捌けて行き、お店は随分と静かになった。コバトさんによれば、これからの時間帯はお茶を飲みに来るお客さんが多いみたいだ。
「お待たせ」
「いえ、こちらこそごちそうさまでした」
俺が店に来たと言う事は何か話がある事を察していたみたいだ。それで、子ども食堂を作りたいと考えていると伝えた。誰でもご飯が食べられる場所だ。みんな様々な状況の中、孤児院が交流の場になって誰かの居場所になってほしいと思っている。
「なるほどね、それで私に……」
「はい。コバトさんが孤児院に……」
「私が孤児院に行く事は出来ないかな」
そう笑顔で言ったコバトさん。その笑顔の意味は俺には良く分からなかった。
干ばつがあって壊れてしまった店をリユンと共に直した。コバトさんは、死ぬまでここで働きたいと言う。コバトさんにとってこの店は人生そのものなのだと。
「でも、1人紹介したい人が居るわ」
「本当ですか!?」
「えぇ。その人なら協力してくれると思うの」
そう言って示された場所は、一度だけ言ったことがある場所だった。
「ここって、冒険者食堂?」
「そう、そこのゼイーフという人よ。私の名前で連れて行くと良いわ」
「ありがとうございます!」
俺は急いで店を出て、雨も気にせず走り出した。2本の旗を握った手で、コバトさんに手を振った。
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