コロッケ
ロットが買って来た油を奥の棚に片付けてくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「良いよ、それじゃまた迎えに来る」
そのままロットは村に帰って行く。ロットは素直でいい子だ。いつも本当にありがとう。
「でも、なんか違和感があるような。疲れてるのかな」
店の方は油を買いに行っている間に、ほとんど準備が整っていた。後はコロッケの下処理と、揚げていくだけだ。
「メセデ、リラヤ。コロッケの作り方を教えるから来てくれ」
マリーさんに台所の使用許可を貰って作業を始める、前にまずは安全確認だ。
「これはお客さんの口に直接入る物だ。もちろん俺達の火傷や刃物の扱いは気を付ける必要があるけど、他にどんな事が出来ると思う?」
2人に尋ねてみると、すぐに答えは出てきた。深くは考えていないみたいだが最初はそれでいい。そうやって考える癖を付けて行けば、自ずと事故は減っていく。
「手を洗う! とかですかね」
「いいね、まずは自分の清潔面から。肘まで洗おうか」
メセデが照れながら良いことを言ってくれて安心した。でもリラヤは少し不安そうな顔で言って来た。
「私、喋りすぎて唾が飛んじゃうんだよね。だから喋らないとかかな?」
「おぉ、それも良いね。あとは髪とかも落ちないようにしないとね」
そんな事を話していると、ミルさんがお願いしていた物を持って来てくれた。
「これは?」
「アグリ君に頼まれていた物よ。頭に巻くものと、口に付けて使うらしいけど」
「ありがとうございます」
俺は手本を見せるように、三角頭巾とマスクを付けて見せた。加工品を作ると決めた時、ミルさんにお願いしていた物だ。
「コロッケを作る時はこれを必ずつけるようにしようか」
1つだけ決まり事を作り、調理に入った。
コロッケは比較的簡単に作れる物だ。ジャガイモに火を通し、潰す。父が作った玉ねぎと買って来た肉を炒める。それらを合わせてコロッケの形に整える。
「おぉ、これだけでも美味しそうだね」
「うん、完成が楽しみになって来た」
椅子に座りながら楽しそうに作業する様子は、とても好いたらしかった。
コロッケの種が粗方準備出来たので、今度は揚げる工程だ。準備した種はとりあえず置いておき、使った道具を洗ってから外の販売ブースに移動した。
「やっぱり揚げ物ってのは揚げたてが良いよな」
「そうなの?」
「そういう物なんだよー」
部活帰りはやっぱり揚げたてコロッケだった、人を横目に見ていた思い出がある。そんなくだらない会話をしながら準備をする。
小麦粉、溶き卵、ぱさぱさパンを粉々にして作ったパン粉をそれぞれ用意した。メセデとリラヤにまずは覚えてもらうために、いくつか揚げてみる事にした。
「小麦粉、卵、パン粉。この順番で付けていって」
温まった油にゆっくりと入れた。たくさんの気泡が表面に浮き上がり、気持ちの良い音が広がった。
「この時、油が跳ねるから気を付けてね」
さらに魔石で油を暖めているとはいえ、火が出る可能性。また鍋がひっくり返る危険性も伝える。誰も鍋を見ていないという状況も避けたい。油の取り扱いには十分に気を付けてもらおう。
「これで、きつね色になれば完成だ」
油の中から熱々のコロッケを引き上げた。サクサクの衣に包まれ、美味しいのは確定してるようなものだ。
「きつね?」
「きつねって何ですか?」
「あぁ、そうか……。まぁ、茶色だ茶色!」
何できつね色と言うのかなんて知らないので、苦笑いを浮かべながら、コロッケを半分にカットする。サクッと音を立て、白い湯気を上げながら、美味しそうなコロッケが完成した。
「食べてみて」
コロッケを、昔ジュリにも見せたことがある、竹の皮で包み2人に渡した。販売する時もこの葉っぱを使う。タダで手に入るしたくさんあるからな。
「美味しい!」
「サクサクして、熱々で、とっても美味しいです」
二人ともお気に召したみたいで、ペロッと完食してくれた。味は大丈夫みたいだ。今はジャガイモだけだが、カボチャや豆だってコロッケに入れても良さそうだ。お肉が苦手な人も居るだろうから、野菜コロッケなんて物も良いかもしれない。
さて、準備は整った。開店だ!
しばらくの間、メセデとリラヤの店の様子を見ていた。思った通り、匂いに釣られて1人、また1人とお客さんが来てコロッケを購入していく。嬉しい事に、ついでと言わんばかりに野菜も買って行ってくれた。まだまだお客さんの数は多くないが、コロッケが無い時に比べ確実に売れている。
心のどこかで心配していた、孤児院に対する偏見や誤解。現時点では特に気になるようなことは無く、気にしなくても良いのかもしれない。ただ単に店に立つ2人の服装が清潔な物なので、お客さんには孤児院出身だと気付かれていないだけなのかもしれない。それはそれで良い事だ。
「1つ貰えるかな?」
「ありがとうございます」
メセデが男性から注文を受け、コロッケを揚げている。お客さんが居るだけである意味宣伝になったりするものだ。
「って、賢治さん!」
良く見ると髭の手入れが全くされていない、怪しく見えてしまう賢治さんだった。
「おはようございます、賢治さん」
「おはよう。美味しいコロッケを食べられると聞いてね」
「ありがとうございます」
熱々コロッケを受け取った賢治さんと店の中に入り、少し話すことにした。
「いやー、この世界に来て揚げたてのコロッケを食べられる日が来るとは」
「コロッケくらい探せばあると思いますけど……」
まぁ、賢治さんの事だ。探すのは面倒なんだろう。お金を払ってくれるならいつでも食べさせてあげられる。
「売れ行きはどうだ?」
「見ていると良い感じですね」
「そうか、何よりだ」
それからサンドリンの様子や、孤児院の件などいくつか話した。
「へぇ、リユン君が。その年で借金とは……、前世より働かないといけないんじゃないか?」
「そうなりますね」
賢治さんは笑いながら、コロッケの最後のひと口を口に運ぶ。すると、持っていた鞄の中から軽そうな袋を出してきて、机の真ん中に置いた。
「完成だ、麹菌」
「まじですか!」
意図していなかった報告に心が躍る。すぐに手に取り、袋の中を見てみる。
「おぉ、すごい」
そこにはサラサラの白い粉が入っている。麹菌だ。これと米を組み合わせれば米麹が作れる。それに大豆を合わせれば……。
「味噌が作れる!」
「見るからにテンションが上がっているな」
「当たり前です。これがあれば何でも作れちゃいますよ」
賢治さんに何度もお礼を言った。
「では、喜んでくれたみたいだし私は失礼するよ」
「はい、本当にありがとうございました」
賢治さんは立ち上がり、店を出ようと歩きだしたがすぐに止まった。何だろうかと首を傾けていると、真面目な顔つきで振り返る。
「所でその腕は?」
俺はサンドリンでの出来事を話す。事故でこうなってしまった事や、再発防止策もしてきたと伝えた。
「そうか……」
「どうかしたんですか?」
少し間を開けた賢治さん。何かを言うべきか迷っているようだった。
「気を付けてくれ」
「はい……? それはもう気を付けますけど、どうして?」
意を決したように発した言葉は、俺が考えてもみなかった事だった。でもそれは、俺たちに深く関係する物だ。
「達人と呼ばれる者たち。それはバーハルが起こるタイミングで呼ばれると言う。ならば、俺たちが来る前の世代にもいたはずだ」
「確かに……」
「どんな達人だったのかは伝わっていない。どんな事を達人たちから教わったのか、驚くほど耳に入らない。もし私のような者が存在していたとしたら、少しは科学技術が発展していても良いとは思わないかね?」
考えてみればそうだ。バーハルが何世代にも渡って起こっているなら、達人に教えられた事が現在使えていても不思議ではないし、むしろその方が自然だ。でもそうではない原因は?
「何か思いつくかね?」
「教えきる前に亡くなっている……」
「可能性としてはあり得る話だ」
だから賢治さんは気を付けろと……。正直、俺は達人でもなんでもないと思っている。ただ、気を付けるに越したことはなさそうだ。
「分かりました、ありがとうございます」
賢治さんの背中を見ながら手を振るっていると、またもや振り返りコロッケを買って帰ったのだった。
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