ああぁぁぁぁ!
それから数日間とても忙しい日が続いた。友達と話すのは基本的に夜のご飯の時くらいで、他の時間は常に動いていたくらいだ。ただ、それが嫌だとか苦しいとか思う事は無く、皆楽しく仕事が出来ていると感じていた。皆の様子を見ていても良い雰囲気の現場だった。
今日も恒例となっている打ち合わせが朝に行われた。土木の進行状況や後片付け、また、リユンと親方の専門的な話し合いや、ベルナムからも話があった。俺はほとんど理解できないので、その辺は聞き流している。俺の最近の仕事は、土運びだ。家を建てるため、土砂を退かして固い地盤まで掘る必要があった。毎日のように土を運び出し、集めている。
もう少しで家を建てる作業に入れると言ったところで、ちょっと休憩。皆も少しは休めているだろうか……。
「お疲れ様アグリ」
後ろから来てくれたのは、アリアだ。冷たい水を持って来てくれて、首元に当ててきた。ビクッと身体が反応してしまい、笑われる。
「あ、ありがとう」
苦笑いを浮かべながら水を受け取る。
「今日は晴れて良かったわね」
「うん、昨日は雨だったからね、助かるよ」
すでに仮小屋が一棟建設されている。それは後で取り壊し、ちゃんとした建物になる予定の物だ。ちょっとした雨除けと作業を目的としている。そんな小屋の中で現在も数人が作業していて、その中にはリユンの姿もあった。何の作業をしているのかは分からないが、木材を扱っているようだ。幼いころからの手の器用さが、ここでも役に立っていると思うと嬉しくなる。
昔、一緒に大豆を蒔いた時、計ったように種を正確に置いていたのは笑ってしまったな。そんな事を思い出しながらアリアに話していた。
その時、リユンが居る小屋に何か違和感を感じた。何か変な感じだ、嫌な予感というか……。
「どうしたの?」
アリアが心配して聞いてきた。
「ねぇ、あの小屋、なんか変じゃない?」
「変って?」
アリアと一緒に小屋を眺めるが、アリアはその違和感に気付くことは出来ないようだ。でも何か……。しっかりと観察し、何が変なのか、何か危険な物が危険な状況にある物は無いか、目を見開いて観察する。
「はしごだ!」
リユンが作業する後ろに、今後使う木材が雨に濡れないように積んである。その奥にも加工された木がたくさん立てかけてあるのだ。そして違和感のあった大きなはしごが、斜めに立てかけてある。それが少しずつほんの少しずつ倒れてきている気がする。立てかけてある場所が斜めなのかもしれない! もしも、はしごがあのまま倒れて、木材に当たってしまったらっ――!
「怪我人が出る!」
「アグリ、あの子確か、あの人の息子さんじゃない?」
リユンに近づく1人の少年。少し前俺に侵略者と言って来た男の人の息子だった。小屋の中には何人も夢中で作業をしていて誰も気づかない。すぐに行かないと。
「行ってくる!」
すぐに立ち上がり、全力で走る。しかし昨日の雨で地面がぬかるんで、上手く踏みしめられない。早く伝えないと!
「リユンー! リユンー! そこから離れて!」
大きな声で叫ぶが、作業が止まる事は無かった。仕事の音で声がかき消されているのかもしれない。早く、早く。
コロンッ!という音と共に、はしごが倒れた。倒れた先にはたくさんの木材が。はしごが圧し掛かり、ドミノ倒しのように倒れて行ってしまった。
「リユン!!! みんな!!! 早く外へ!!!」
ドミノ倒しの最後には仮小屋の柱。一本一本が大きな力となって柱に接触する。接触してしまった柱はゆっくりと倒れ、小屋が歪んでいく。みんなはそんな大きな音で気付き、ぎりぎりで外へ脱出できた。間に合ったのだ。そこにはリユンの姿もあり……。
「あの子は!?」
リユンは居る。でもアリアと見ていたあの子がいない。小屋はギシギシと音を立てバランスを崩し始めている。今にも崩れてしまいそうだ。
「あぁ! もうっ!!!」
考える隙も無く、急いで小屋の中に入り探す。すると少し奥にその少年は焦り、半泣き状態で自分の服を握っていた。
「早く外に出ろ!」
「服が挟まって、取れないんだって!」
周りを見渡し、近くにあった刃物で服を破った。刃物を投げ捨て背中を押した。
「行け!!!」
すぐに外に向かって走り出す。でもその瞬間目の前に現れた木の壁、間に合わない。
「くそっ」
無意識の内に俺の前に居る少年を、思いっきり蹴り飛ばした。
――――――――――
「いってぇ……」
意識がもうろうとする中うっすらと目を開けた。
あいつを蹴っ飛ばした時、別に自分の命を諦めたわけじゃない。この世界には大切な人が居て、守りたい人も、大好きな人も居る。そう簡単にくたばるなんてできない。生きてて本当によかった……。
まずは周囲の確認。頭が痛い。呼吸は問題ない。視界は無し。手足は少しなら動かせるが、右腕には激しい痛みが走っている。感覚は問題ない、周りの木材を触れる。でもやっぱり頭が痛い……。あいつは無事に脱出できただろうか……。
アリアもリユンも、俺が小屋の中に居る事は分かっているだろうから、救出は時間が経てば可能だろう。問題は俺の体力が持つかどうか。いや、あの時諦めるなって自分が言ってたんだから、諦められないな。気長に待つとしよう。
俺は手探りで木を探した。どんな物でもいい、片手で持つことができて動かせる物。一本あれば音が出せる。
すると足元に転がる木を発見した。膝はほとんど曲げられない。体をねじり、下にずらすことで木を手に入れることが出来た。しばらくの間、大小さまざまな音をその木で出し自分の居場所をアピールし続けた。
――――――――――
「アグリ! アグリ!」
そんな呼びかけに気が付き、目をゆっくり開けると隙間からアリアの顔が見えた。アリアの綺麗な瞳が俺を見て訴えかけている。
「アリア……」
「アグリ! 良かった、もうすぐ出してあげられるからね」
優しい声、温かい声。ありがとう、ありがとうと心で呟く。もう大丈夫、助かったんだと安堵の気持ちから俺の左手から木の棒は離れた。
目が覚めた時には、日が昇る前で薄い光が空を照らしていた。馬車の中で横になっていた俺の隣にはアリアが居る。ひと時も離れずここに居てくれたのかもしれない。左手でアリアに触れようと手を伸ばした瞬間、右腕に激痛が走った。薄明りの中自分の腕を確認すると、パンパンに腫れている。
「これは……」
体を起こし、自分の腕を確認する。腫れている原因が分かると罪悪感と焦りが心を満たした。
「アグリ……?」
アリアが目を覚ました。起き上がるアリアが安心できるようにと笑顔を向けた。
「アリア……、ありがとう。助かったよ」
「うん。良かった。本当に良かった」
大切なアリアが、大好きなアリアが。涙を浮かべて喜んでくれる。そんな姿を見てますます嬉しくなり、自分の命を大切にしようと心に決めた。
「アリア、何か大きいの布は無い? 右腕が折れてるみたいだ」
「嘘……」
アリアも俺の腕を確認し震える。汗が床に落ちたのも分かった。真っ青な顔で俺の腕に優しく触れる。
「大丈夫、固定しとけばすぐ直るよ」
「すぐに持ってくるわ。他に必要な物は?」
お願いしたのは、水と食べ物。それに腕を固定する程よい長さの木の棒を頼んだ。
日が完全に昇って、みんなが活動を始めた。皆、心配してくれたようで声を掛けに来てくれる。リユンなんて見た事も無い顔で来たのにはさすがに笑ってしまった。
「すまなかった!」
「いや、頭を上げてください。みんな無事で何よりです」
今俺の目の前で頭を深く深く下げているのはあの親子だった。今にも地面に頭が付いてしまいそうな勢いだ。父親がラザで息子がダニール。ラザはあの時文句を言っていた人だが、今ではこうして謝っていた。許すも何も、侵略まがいな事をしてしまったのは事実なのでお互い様だ。とりあえずダニールが無事でよかった。
そんな2人と話していると、肩をトントンと叩かれた。振り向いた先にはオイーバさんを含む筋肉三人組が立っている。何だか嫌な予感がするんだけれど……。
苦笑いを浮かべて後ろに下がると、いつの間にか囲まれてしまっていた。
「アグリ君、腕が折れてしまったようだね」
「えっと、あぁー、いや、大したことは無いですよ? 明日には治ってますよ」
「そうはいかねぇ、若いんだから、しっかり治さないとな」
なになになに? 逃げた方が……、良さそうだ! そんな気持ちが頭に浮かんだ頃にはもう遅かった。抱え上げられ特別治療室に連行された。
「折れた骨を元の位置に戻さないとズレてくっ付いてしまうからな」
「いやいやいや、そんなのだめですって」
麻酔! 麻酔は無いのか!? 魔法で何とかならないのか?
必死で逃げようと馬車の手すりを掴むが、オイーバさん達には勝ち目がない。すぐに引き戻され、2人に足と身体を抑え付けられた。
「なーに、一瞬だ。何度もしてるから俺の腕を信じろ、腕だけにな」
何くだらない事言ってるんだこの人は! ただでさえ痛いのに!? そこを今触られるの?
アリアが優しく包んでくれた布を取り払われて、激痛の中肘を伸ばされた。
「いやーー! 助けてーー! 絶対痛いから! 無理だって!」
「男だろ? このくらい我慢しろ」
オイーバさんは俺の腕を揉んで、折れている場所を特定した。その時間が着実に近づいている。汗なのか、涙なのか何なのか、訳も分からない水分が体中から噴き出てくる。
「こんな事に男も女も関係ないですー! 痛いのは痛いんですー!!!」
「ほら、やるぞ。歯食いしばれ!」
もう痛いの確定してるじゃん。食いしばらなくていい方法は無いのか! 絶対無理ー!
オイーバさんのカウントダウンが始まり、心臓が口から出そうだ。
ゴキッ!!!
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」
――――――――――
「アグリ、この世の終わりみたいな顔してるわよ……」
「でも、認めたくないけど……、痛みはマシになった……」
「良かったじゃない」
「絶対感謝しないけどね!」
そんなこんなで治療?が終わり、今日は一日休ませてもらう。今後どうしようか、この腕じゃしばらく動けそうにない。みんなが汗水たらしながら働く後姿を見ながら、明日からどうしようかと考えるのだった。
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