言い聞かせていた大丈夫
「アグリ。ねぇアグリ! 起きて!」
「ん、うん。起きた……」
「もうみんな行ったよ! ベルナムも待ってるし」
アリアの声がなんとなく頭に響いてはいたが、目を覚ますのには時間がかかった。重い重い瞼を押し上げて、やっとの思いで目を覚ました。
「分かった。今行く」
「ご飯用意してあるから早く来てね」
自分を自分で叩きながら何とか立ち上がる。昨日はなかなか寝付くことが出来なかったのだ。何時に眠ったのかは分からないが、ほとんど寝ていない感覚が残る。体が重く、立ち上がっても少しふらついてしまった。
「悪い、ベルナム」
目を擦りながら、乱れた服と髪を片手で直す。アリアが待ってくれている小屋に向かうと、ご飯を用意してくれた。そこにベルナムも居て、二人に改めて謝った。
「いいさ、おぬしにもそんな所があるのだな」
なぜか自信ありげに言うベルナムを見ながら、朝ごはんを食べた。耳にはみんなが作業している声や音が聞こえて、かなり寝坊してしまった事を今更ながら実感した。
今日の天気は曇り。薄い雲ではあるが青空は見えない。少し風が吹いていて春の匂いが漂っている。そろそろ本格的に畑を準備していく必要がある季節になってきた。胸に拳を置いて、焦る気持ちをぐっと抑えた。大丈夫、きっとやり遂げられると言い聞かせた。
「ベルナム、今日から復興に手を付けて行こう」
「あぁ、何をすればいい?」
馬車から手書きコピーした地図を出してきて渡した。
「この国の地図か。ここに棚田って事か?」
ベルナムが人差し指で地図をなぞった。のめり込むように地図を読んで、地形を把握していく。
「まだ、正確に決まったわけじゃないけど。大体こんな感じで復興していこうかと」
「うん、良いと思う。これは何だ?」
ベルナムさんが気づいて指を指したのは、田んぼと田んぼの間の隙間だ。
俺が作った地図には、斜面に田んぼが3枚、横に並んでいる。田んぼの間には、川を作り、水田にするための水を流す。それには排水の仕事もしてもらう事も重要だ。山の上に貯水場を作り、水門を開ければ水が流れる。
「これが貯水場か、雨だけで持つのか?」
「いや、最初は魔石も使わないとだめかな。最終的にはここの大きな川から水をひきたい」
ベルナムさんと話し合っていると、食器の片付けが終わったアリアとロットが近づいてきた。
「なぁ、アグリ。思ってたんだけど、俺達の村では各自の田んぼに魔石があるよな?」
「うん、そうだね。それぞれ魔石を用意して水を入れてるね」
「こっちもそうしたら、排水用の川2本で済みそうだけど……、そうはしないのか?」
ロットが言ったのも間違いではないし、手間や時間も限られる中なのでその方が良いかもしれない。
「俺たちの目標は美味しい米を作る事だ」
「川を作る事でそれに繫がる?」
「そういう事」
俺は自慢げにそう言った。米作りでよく聞かれるのは、水が美味しい場所のお米は美味い。もちろん魔石の水は綺麗だが、栄養が無いと考えている。それで雨水も使うってわけだ。
まずは出来る事から改善していこう。次に考えるのは土だな。まぁこれは棚田が完成してからでも良いかもしれないが、頭に置いておくと良いだろう。
ベルナムとパフトンさんを連れて、3人で崩れた山を回る。
「かなり石が転がっているな」
「使えたりしますか?」
その辺にはたくさんの大きな石や岩が転がっている。大きさも形もさまざまだ。1つ運ぶのにも苦労を要するだろう。そう考えると、使うも使わないも苦労は一緒。だとしたら有効に使いたいのだが……。
石を小さな手で触りながら見定めるベルナム。「うん」と小さく頷いた。
「何とかやってみるよ、この体じゃ指示を出す事しか出来ないけどな」
「それで十分。ありがとうベルナム」
その後も村を回ってベルナムとパフトンさんの意見の聞きながら、田んぼにする区画を大まかに決めて行った。
「そういえば、崩れた原因が分かった」
ハレウミからジンドリンに歩いている途中、パフトンさんが真剣な顔で指を指した。そこは周りと同じように崩れている、何の変哲もない場所だが……。
「言われてみれば、不自然だなここは」
ベルナムも何か分かったように見に行く。俺は何が何だか分からず、とりあえず付いて行ってみた。
「これが原因ですか?」
「村の人の情報なんだが。ここで何者かが山を削ってい行ったらしい」
「削る? どうして」
この辺りで住んでいた人に、一応は許可を貰って削っていたらしい。何をしているのか、何の目的があったのかは不明だと言いう。
「これが直接的な原因かどうかは分からないが……」
「可能性としてはありそうですね」
科学的に地盤が緩いとか、そんな事は分からない世界で、無造作に山を削るのは危険だ。
木材も今後必要になって来る、最大限注意しよう。
この日の天気は曇りのまま過ごしやすい気温で、一日を終えられた。明日からは家を建てる場所を……。
「アグリー!」
「リユン!?」
突然大きな声がして、驚いてしまった。
心の中で、えぇー!?と叫びたくなるような光景が広がった。大きな音と、砂煙を立てながらリユンの声が近づいて来る。馬車の中から大きく手を振るリユンの後ろには馬車が、一台二台三台……。
「嘘……、まだ後ろに!?」
ジンドリンから村へ降りてくる一行は後ろに続々と連なっていた。村の人も警戒からか、なんだなんだと集まって来る。
先頭の馬車が到着すると、中からリユンが降りてきた。
「これ、ど、どういう事!?」
「驚いた?」
驚くってレベルの物ではない。なんせサンドリンに来た馬車の数は全部で15。中からはざっと数えて50人は居る。なんだこれは、リユン、君は何者なんだ!?
「親方の伝手だよ。親方の指示でこんなに集まってくれた」
リユン、君って奴は……。
復興と田んぼができるまで時間がかかると思っていた、1年はゆうに超える予測をしていた。でも、これだけの応援があれば、すぐに成し遂げられる。
「どうしたんだよアグリ」
気付けば俺は膝を付いていた。毎日必死で自分に言い聞かせていた大丈夫の言葉。それが今、目の前に現れたのだ。
もう大丈夫だ。
「リユン、ありがとう、ありがとう」
「良いって、友達だろ? それに親方にも言っとけよ」
「あぁ、もちろんだ」
明日から始まる本格的な工事。土地を作り直し、家を建て、畑を作って仕事をする。すぐに元通りの生活に戻れる。やってやる。楽しい楽しい農業を!
やる気に満ち溢れ、リユンと肩を組みながらアリアとブロードさんにも報告すべく歩く。すると突然「あっ」と空を見上げながら足を止めた。
「言い忘れてたけど、お代は付けといたから」
「え、えーっと……。あまり聞きたくはないけれど、おいくらになる予定で?」
コソコソと耳元でとんでもないゼロの付いた単位を言って来たリユン。
その瞬間、体の穴と言う穴から汗が吹き出した。十代前半で親友に巨額の借金を背負う事になってしまった。そこからの記憶は無く……。気が付けば朝になっていたのだった。
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