制限
サンドリンへ向かう馬車の中、リリアンが明るい声を出している。何やら気分が良さそうで、いつもより元気だ。
「それでね、お客さんが来て魔石を渡したの! そしたら偉いねって褒めてくれたんだよー」
「そっかぁ、良かったな。リリアン上手にお客さんに渡せたんだな」
「すごい? ねぇ、すごい?」
目を輝かせながらジュリとの思い出を話してくれる。その声はどこまでも響き、周りのみんなも微笑ましく思わせてくれる。リリアンに良い友達が出来てよかった。帰ったらジュリにお礼を言わないと。
リリアンの思い出話は止まる事を知らず、村に到着するまで続いたのだった。
最後の日の光が山を照らす頃。俺たちは無事にサンドリンに到着した。
ベルナムはジンドリンから見る事が出来る村全体を眺め、心を痛めている様子だった。それでもここから見える景色は少しずつ変わっていくだろう。現に今でも俺たちが村を出た時と比べ少し片付いている。これもブロードさんのお陰だ。
「ここを戻していくんだな」
「はい! 俺達で!」
ジンドリンから降りて行き、ブロードさんが本部にしている小屋に入った。
「戻りました、ブロードさん」
「おぉ、アグリ君。おかえり。どうだった?」
「はい、あの4人を集めてください」
今日はすでに暗くなりつつあるので、ベルナムとの仕事は明日にする。今日の残りの時間は、ダリアさんに魔法の制限を掛けてもらう。これは早ければ早い方が良いだろう。
ブロードさんの手配によってすぐに魔法使いの四人が集まった。荷物の乗っていない馬車にブロードさんとダリアさんが4人と一緒に乗り込んだ。ブロードさんと打ち合わせしておいた通りに進んで行く。
「この国での魔法使いの扱いを決めた」
「扱いって何ですか?」
少しイライラしている様子のロンが怯むことなく聞いてくる。父に似て気が強そうだ。
「これは君たちを守るためなんだ」
「守る? どうせこの人に言われたからでしょ!」
指を指されたが、俺は無言で見守る。もちろんこの件を提案したのは俺だ。でもブロードさんと話し合った結果の事だ。
「君たちは魔法使いとしてはまだまだ未熟で、危険も多い。だから、俺の許可無しに魔法を使う事を禁止する」
そう告げられた3人は、落ち着いて聞いている。ロンは眉間にしわを寄せながら、俺の事をああだこうだ言っているが、ロンは最終的には了承したのだった。
「魔法が必要な時や、訓練をしたい時は、俺か、アリア、白魔女ダリアさんに許可を貰ってくれ」
小さく返事をする3人。その目には輝きが無く自分のしてしまった事への反省が、見えない事も無かった。
ダリアさんが準備を始める。魔法使い4人の前に、魔石を並べ指示を出した。
「ご自分で、紋章に押し当ててください」
4人はダリアさんの指示に素直に従った。
準備が整ったのか、ダリアさんは本を開きながら呟き出した。それは俺には聞き取る事が出来ず、何をやっているのかさっぱり分からなかった。もしかしたら、グラミーに渡した本にもあった文字を発音しているのかもしれない。
紋章に押し当てられた魔石が青白く輝きだし、馬車の中はもちろん、外にも漏れ出していった。それは目を閉じなければ焼けてしまいそうな光で、何処となくあの時の光と似ていた。優しくて心地が良いあの光に。
数分に感じたがおそらくは数秒。そんな時間が流れた後に、目をゆっくり開けた。まだ目が慣れず見えにくいが、ダリアさんの声が耳元でした。
「アグリさん、成功しました」
「分かりました、ありがとうございます」
静かに呟き、皆が目を覚めるまでその場に留まっていた。
その後4人はダリアさんからの説明を受けて、魔石を返す。この魔石こそが魔法を使えるようにするスイッチの役割を果たすそうだ。
4人を親の元へ返し、馬車の中にブロードさんとダリアさん、それと俺も残り、アリアも呼んできた。
「この魔石は2個、同じものを用意できます。合計3個ですね」
ダリアさんは、鞄の中から魔石を8個出してきて準備をした。
コピーが完了した物をアリアとダリアさんが持つ。本物をブロードさんが持つことになった。
「アグリさんにはこれを持っていてください」
「これは?」
「詳しくは説明できませんが……、危険なもので魔力の無いアグリさんが一番安全かと」
ダリアさんは大きく目を開けて、俺のその魔石を預けてきた。ただ俺でも発動の可能性はあるらしく、扱いには十分気を付けないと。
馬車を出ると暗くなり、村の人がご飯の用意をしているのが見えた。俺も手伝いに行こうと足を前へ出すと「ちょっと」とブロードさんに声を掛けられた。
誰も居ない隅に寄り、なにやら重要な話をしたいみたいだ。
「アグリ君はいつも優しいしから、人を許さないなんて僕は思ってもいなかったんだ」
「そうですかね?」
「どうしてあの子達はここまでしたんだい? もしあの子たちが本気で謝って来た時、君はそれでも許さないのかい?」
「はい」
無表情で答えた。まっすぐブロードさんの目を見て、どんな事があろうと俺の気持ちは変わらないと伝わるように。俺がなぜこんなにも怒ったのか、危険を冒してでもこんな行動をしたのか。もちろん考えなしに動いた訳じゃない。怒りに任せたわけでもない。それでも俺は、ルツをいじめた行動に怒りを覚えた。
「俺は、基本的にすべての人でも受け入れたいと思っています。孤児であろうと、障害があろうと、苦手な事があろうとも」
これまでそんな思いで行動してきた。美味しい米を作りたいのも、最終的には世界のたくさんの人に美味しく食べてほしい、そんな思いからだ。
「でも、すべての行動を受け入れるわけではありません」
いじめを行ったという事実。それはどんなに謝ろうとも消えはしない。その行動を俺は受け入れない。
「そうか、分かった」
「――俺からも1つ良いですか?」
「ん? あぁ」
「ロン、どうして最後には納得してたんでしょう?」
あんなに怒って反対していたロンが、最終的にはブロードさんの言葉に従った。それは不自然にも程がある。ブロードさんは「あぁ」と少し照れくさそうに、頭に手を置いて話してくれる。
「ロンは、小さい頃から僕に好意を持っていてね、それが原因かな」
「なるほど」
任務が完了し、今日のご飯を食べる。ただ、なんだか味が無い。もちろん濃い味付けなんてものは出来ないが、それ以上に味が無かった。その理由はなんとなく分かる。これが正解なんて最初から思ってはいなかったが、いざその状況になると複雑な気分だ。正当化なんてしない、言い訳も、自己防衛もしない。それが俺の行動の責任だ。
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