新しい友達
私アグリが、馬で来た事をすっかり忘れてしまい、二人一組でアリアの店へと向かう事になった。俺とベルナムが馬、アリアとダリアさんが馬車で移動だ。アリアと別になってしまい寂しさもあるが、ダリアさんも、ベルナムもアリアの店を知らないため、仕方がない。
雨が降った後の為、ぬかるみもあってスピード遅めだ。借り物の馬が怪我をしないように、さらに俺達も事故にならないように気を付ける。そんなのろのろ運転でも、ベルナムは楽しそうに揺られていた。
日が傾き始めた頃に到着した。集合場所の店を見たベルナムさんは驚いた様子で、建物を眺めていた。まだまだ新しいこの建物は、周りと見比べても目を見張るものがある。
「これ、俺の友達が建て直したんだ、綺麗でしょ?」
「あぁ、立派な建物だ」
ジュリに手を軽く上げながら、中に入った。
「ベルナム、紹介するよ。この子はジュリ、幼馴染だよ。すっごく頭が良いんだ」
「ほう、それはそれは」
「いつもはアリアが切り盛りしてるんだけど、今はジュリが手伝ってくれてる」
「立派だな」
そうやって俺の店でもない場所を、自慢げに紹介していった。そんな楽しい時間を過ごしていると、アリアとダリアさんが到着した。ただ、暗くなるまでの時間も迫って来ていたため、まずはベルナムの友達、グラミーのもとへ行く事にした。ベルナムの両親には明日話す事にしよう。
「いつもはこの辺りに居るんだけど……」
ベルナムに連れてこられたのは、いわゆる住宅街。物を売る店は少なく、人が住んでいるであろう家がたくさんある場所だった。中には宿もあるみたいだ。そんな街並みの中、砂地の空き地でグラミーを探す。ただ近くには家の間を歩く人が居るだけで、グラミーらしき人は見当たらない。
みんなで辺りを見渡していると、アリアが少し先を指さしながら「もしかして」と呟いた。
「あの人じゃない?」
アリアが言う方向を見てみると、少年が一人立って何かしている。よく目を凝らすと、何か棒のような物を持っている。
「何してるんだろ……」
「あれがあいつの日課なんだ」
何の事かさっぱり分からないがとりあえず会ってみよう。
そうして近づいて行くとグラミーの声も聞こえてきた。何かを叫びながら、やっぱり棒を振り回している。ベルナムがすぐ隣まで近づくと声を掛けた。
「グラミー! ちょっと、グラミー!!!」
大きな声で呼びかけてやっと俺達の存在に気が付いた。最初にベルナムを見て、それから俺達に気付くと、少し嫌そうな顔を向け、警戒しているのか一歩離れる。
「紹介するよ、こいつがグラミーだ」
ベルナムから紹介を受けたのは俺達より少し年上くらいの少年だ。茶色がかった髪が無造作に伸び、綺麗とは言えない服を着ている。遠くからも見えた木の棒は、お手製なのか削られている。まるでシャウラさんがいつも持てる杖のようだ。
「俺は、アグリ。よろしく」
自己紹介をしたんだが、首を傾げて無反応だ。特に無視している様子は無いのだけれど……。
「アグリ、こいつは耳が遠いみたいでな。大きな声なら少しは聞こえるみたいだが……」
納得してさっきよりも大きな声で名前を言うと、コクリと頷きながらアグリと名前を呼んでくれた。大した事は無いが少し嬉しくなる。それから、順番にアリアやダリアさんを紹介して顔を覚えてもらった。
「さっきは何をしていたの?」
俺がグラミーに大きな声で聞く。それでも聞こえなかったみたいで、もう一度ゆっくりと聞いてみる。持っていた棒を指さし、体でも表した。すると理解できたようで、口が開いた。
「魔法」
「え……」
「何? 今なんて言ったの?」
日本人だった……。驚きと共に周りが静けさに包まれる。アリアが何を言ったのか理解できなかったのは、懐かしく感じる日本語で魔法と口にしたからだ。
耳が聞こえにくいから、この世界の言語が上手く覚えられなかったのか。ベルナムも分かってはいただろうが、アリア達の前だったため配慮したんだろう。
「魔法を練習してたんだって」
話すのが苦手で、聞き取りずらかっただけとアリアは思っているようだ。アリアに通訳すると、杖を持っている理由も理解した。
どうしようか。ここの言語では聞くのも話すのも難しいと思う。だからと言ってここで筆談するわけにもいかないし……。
「アリアさん、グラミーさんは初対面の人が苦手なのかもしれませんね。挨拶だけして、後はアグリさんに任せましょうか」
「そうね。アグリ、後は頼むわよ」
ダリアさんの機転によって三人で話すことが出来るようになった。
「うん、分かった。任せて」
その後、グラミーさんが家に招いてくれて部屋に入る事も出来た。静かな場所でゆっくり話す事が出来る。
ここからは久しぶりの日本語の登場だ。正直話せるか、俺の方が不安かも……。でもグラミーさんと友達になりたいので、大きいな声で、ゆっくりと話す。難しい言葉は紙に書いて伝えていく。
最初は軽い雑談から始めた。17歳で、俺と同じくこの世界の肉が好きらしい。日本語で受け答えしていくと、グラミーの表情は次第に柔らかくなり、笑うようにもなった。それは俺たちにとってとても嬉しい事だ。
「前の世界では何が好きだったの?」
「アニメ。異世界に来られて嬉しかった」
あぁ、だから魔法の練習をしていたのか。納得がいった。グラミーによると、前の世界でも耳が聞こえず、それでもアニメの字幕を見て勉強したらしい。補聴器もあったから、今よりは聞こえていたと教えてくれた。
紋章が無いと魔法が使えない事も、特別な能力が無い事も知ってはいるが、それでも何か出来る事を探しているそうだ。
俺も、グラミーと一緒に働くことが出来れば楽しいだろうなと思っていた。何かいい案は……。
「それは何?」
グラミーが気になる物を指さしている。それは俺の持っている本だった。孤児院の書庫から借りてきたオリジナル魔法を勉強する本。それを渡してみると、パラパラと本の中を見ていく。
「オリジナル魔法を作れるんだって。ここにある文字や単語を並べると魔法が作れるって聞いたんだ」
「分かる」
「え……?」
何がどう分かるのか、俺には分からなかった。文字だって日本じゃ見た事も無いのに。3人で本を囲んでグラミーの解説を聞く。もちろんそれが正解かどうかはアリアかダリアさんにしか分からない。それでも、話を聞いていると、正解な気がしてくる。
「これには、法則がある。例えばこれ。たぶん、魔法の種類。火とか水とか。こっちが強さとか、範囲の事。だと思う」
「なんで分かるの?」
「昔、仕事が出来なかったから。プログラムを組んでた。それに似てる……と思う」
自信なさげに言うが、それはきっと誇っていい物だ。この場の3人で、見つめ合う。この瞬間グラミーの仕事が決まった。グラミーは能力が無いと言っていたが、そんな事はなかった。この世界で、魔法使いじゃないのに魔法を作れる存在。それが君の努力の成果だ。
「グラミー、俺と一緒に仕事をしないか!」
ダリアさんに許可を貰ってからグラミーにその本を貸した。話が終わって外に出ると、日が落ちもうすぐ暗くなる時間だ。ベルナムとも別れて、アリアの店に向かって今日あった事を話しながら歩く。
「見ただけで分かっちゃったの!?」
「そう! これが魔法の種類だーとか」
「普通、何年も勉強して学んでいく物なのに……」
アリアもダリアさんも驚きながら聞いていた。すごい人材がいたもんだ。
「アグリは、どんなオリジナル魔法を作りたいの?」
「そうだなぁ」
俺が作ってほしい魔法。この世界では手に入らなくて、農業で使いたい物。これは楽しい農業になるぞ!
「マジックハウス!」
そうは言っても何のことなのかさっぱりな2人。俺も分かりにくい言葉を使ってしまった。俺が欲しいのはビニールハウスだ。ビニールが無いのでマジックと言ってみただけの事。もっと言えば、虫対策も考えている。もしかしたら、俺が農業を変えるんじゃなくて、グラミーが変えていきそうな予感もしたりしなかったり……。
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