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人は求むる余りに……  作者: スリーS
高校生と紛い物の奇術師
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A-part 2

 僕は目覚めたんだと気付いた。

 頭が朦朧としている。幾ばくかの時間仰向けの状態で天井を眺めていたが、飽きたので体を起こしてみた。そうしたら体も重いことにも気付く。視点を水平に保つと、清潔そうな桃色のカーテンがまず目に入った。僕の周りを簡易的な個室として仕切っている。ベッドやシーツも新品のように一面真っ白だが、僕の着ている服は少し色を含んでいる。まるで、テレビで見た患者が着るような衣類だった。

 まだ意識がはっきりとしないまま、僕は裸足のままベッドを降りる。冷気の切っ先が足裏に刺さった。下にスリッパを見つけたのでそれを履いた。僕は僕を囲んでいるカーテンを解く。強烈な日光に目を細めた。朝らしい。壁に掛けられたアナログ時計は七時を示していた。周りには似たような結界が五つある。

「病院?」

 僕は六人部屋の病室にいた。

 僕が入院したのはこれで二度目らしい。らしいというのは、最初は入院したのは四歳の時だが、その時のことを僕はほとんど覚えていないからだ。よって、これは後から聞かされた話になる。


 ある日の夜、甲高い悲鳴が僕の家に響き渡った。その声を発したのが僕だった。まだ声変わりをしていなかった悲鳴は、なんでもガラスを何度も引っかくような声だったという。当時の僕達は同じ部屋だったので、姉さんが真っ先に気付いた。姉さんは怖い夢でも見たのかと、僕を起こそうとしてみたが中々正気を取り戻さない。続いて、まだ一緒に暮らしていた両親が悲鳴を聞いて駆けつけてきた。今度は母が何度も揺さぶってみたが、僕は一向に目を覚ます気配がない。父はこの非常事態を悟り、一一九番にかける為に電話に走った。こんな状況に慣れていたのか、父は取り乱しもせずに、電話でこの状況を冷静に説明した。救急車が到着し、それには母親が同伴した。ずっと手を握って呼びかけ続けてくれたらしい。僕の悲鳴は病院で鎮静剤が打たれるまで続いた。その後、原因不明の高熱が三日間続き、僕は生死の狭間を彷徨った。両親と姉さんは、僕が死ぬんじゃないかと本当に心配したらしい。


 しかし僕は幼すぎたためか、その時の記憶はない。

 他人事も同然だ。

 従って僕がここを病院と判断したのは、経験ではなく知識によるところが多い。それでも、想像していたのと大差なかった。

 ところで、僕はどうしてこんな場所にいるのだろうか。




 医者が看護師一人を連れて来た。回診の時間だと思う。時計回りに同室の患者を相手にして、ついに僕の番が来た。

「おはよう。いい朝だね」

 医者は僕の目線の高さに合わせ、胸にあったネームプレートを指して自分の名前を言った。医者は眼鏡をかけた痩せ型の壮年の男性だった。目の下にできた隈が、如実に仕事の壮絶さを知らしめている。

 僕が何故ここにいるかを聞くと、僕は沢入埠頭の倉庫街から一昨日に、病院に運ばれたらしい。初めて聞かされた時は、僕はそんな場所に行ったのか覚えがなかったが、医者の話を聞く内に曖昧に思い出してきた。

 意識がはっきりしている記憶は、いつものように気まぐれに寄り道をして、不気味な本屋に入ったのが最後だった。その時を境に、僕の記憶はもやもやと混濁してくる。まるで僕に何かが乗り移って、体を動かしているような印象。あるいは、僕に似た体を持つ人間に僕が乗り移っているが、自分の意思で体を動かせないようなもどかしさ。とにかく、意識のレベルが低く抑えられている感覚が残っている。そのぼやーっとした情景が、脳に残されていた。

 いったい、僕の体に何が起きたのだろうか。

 話を聞いていると、僕は風邪をひいたのだと分かった。体が不調を訴えていたのに僕はそれに気付かず、零下を下回る冬に出歩いたおかげで譫妄状態に陥り、倉庫街に辿り着いて気を失った。発見されたときは相当衰弱していて、あのまま寒空に放置されていたら凍死していたかもしれないとのことだった。一日中寝ていたおかげで、僕の体は小康状態を保っている。今日は大事を取って入院、特に問題がなければ明日には退院できるらしい。

 確かに、僕は未だに体は本調子じゃない。しかし、僕は違和感を禁じえなかった。自分がいつも罹る風邪の症状とは決定的な何かが異なっている。

 決してプロの診断を疑っている訳じゃないが、僕は納得がいかなかった。

 医者は触診や問診など僕に一通り行った。その間医師は笑顔を絶やさなかったが、それでもやつれた顔は変わらない。無理に元気を出しているように見えるので、僕は言い返してみた。

「そちらこそ随分お疲れみたいですけど」

「いや」一瞬顔に影が差す。「なんでもないよ。それより、自分の体を心配しなさい」

 と言って、すぐさま笑みが戻る。

 僕が怪訝な顔をすると、医者は話を変えてきた。

「君が寝ているうちに君のお姉さんが来たんだよ」

「姉さんが?」

「その時は帰したけど、不安そうな様子だったから、電話でもして早く安心させないさい」

 最後にお大事に、と言って医者は僕の隣の患者へ足を運んだ。




 電話は昼まで待つことにした。刑事である姉さんの都合を鑑みて、昼休みになる正午辺りに電話をするのが妥当だと思ったからだ。

 それまでベッドに何となく座っているのも暇なので、同室の患者に挨拶をしつつ、部屋に運ばれた昼食もそそくさと速めに終わらせた。食事は物足りなかった。塩気がもっと欲しく感じるのは、ジャンクフードに慣れきった若者特有の味覚のせいなのだろうか。

 病院内で携帯を使用するのは厳禁なので、公衆電話を探さなければならない。看護師さんから貰った鍵で、ベッド一床につき一つある貴重品入れから財布を取り出し、ポケットに入れる。折角なので、道すがら病院の中を見回ることにした。

 ここは総合病院で、内科、外科、神経科やら色々な区分けがある(因みに僕の病床は胃腸科だ。ベッドが足りなかったらしく、余っていた所に回ってきたらしい)。手摺が張り巡らされ、足の不自由な人にも親切な配慮は当然のこと、エレベーターも遠くから見ても広いのが分かる設計だ。蛍光灯も目に優しい光を発するものが使用されている。

 歩いていくうちにオキシドールだかエタノールだかの消毒液独特の臭いが、場所によって濃淡があることに気付いた。やはり病室に近づくと濃くなるようだった。交差する人間の殆どを医者や看護師、何らかの病気を抱えている人が占めている。

 人間と病は切っても切れない関係なのだろう。姉さんが勤める警察同様、病院はお世話にならないのが一番いい場所であるとつくづく実感した。

 病院の地理を表す掲示板を見ながら、やっと公衆電話のある場所に行き当たった。百円玉を数枚入れて、姉さんの携帯にかける。

 姉さんとまともに話すのは久しぶりだ。普段だと顔を突き合わせるのは深夜か早朝なので、じっくり言葉を交わす機会がない。

 だから姉さんと話すのは楽しみが半分――あとの半分は恐怖。

 ああ、僕は怒られるのだろうなぁ、と覚悟しつつ電話をしなければならなくなった。

 呼び出し音が五回、電話が繋がった。

「はい、塔ノ吾皐月(とうのあさつき)です。どなたですか?」

(いつき)だけど」

「樹!?」

 公衆電話がどのくらい硬貨を飲み込んだことか――案の定、僕は散々説教をされた。何故あんな場所にいたのかは適当に誤魔化したが、夜に外出したことが原因で、病院送りにされたのは否定できようもない。僕はそれを反論もせず甘んじて受け、姉さんの怒りが収まるのを待った。

「――心配したんだから」

 説教は最後にこう締め括られた。

「体の方は?」

 平静に戻った姉さんは言った。

「問題ないよ。医者も明日には退院できるって」

「まだ休んだ方がいいんじゃないの?」

「大丈夫。寝過ぎなくらいだよ」

「そう。これからは絶対に無理をしないでね、樹」

「分ってるよ。だけど姉さんこそ無理してるんじゃない? この際だから入院して一度休んだ方がいいって」

 僕はいつまでも寝ていられなかった。自分の身に起こった怪現象を解明しなければならないからだ。

 真実に辿り着くための手掛かりは四つ。

 古びた本屋。白髪の男。血溜まりに漬けた色の本。そして最後に印象に残った何かの影。

 そのために、僕は姉さんに嘘を吐いた。

 僕の本心を隠す冗談に姉さんは笑ってくれた。だがもし、電話ではなく直接姉さんと向かい合っていたら――嘘を見破られていたかもしれない。

「姉さん。昨日は来てくれたようだけど、仕事忙しくなかった?」

「仕事? 付き添ってやれなくてごめんなさいね――樹、一昨日は誰か友達と一緒にいた?」

「友達って?」

「その人があなたの携帯で病院に運ばれたのを知らせてくれたんだけど」

「いったい誰? その人」

「付き添いに誰もいないし、不審に思って消防の方にも問い合わせてもみたけれど、樹が倒れた場所には誰も居なかった……本当に知らないの?」

 僕はあの場所に一人で来たはずであって、そんな電話をかける人間がいる訳がない。となると、誰かが僕の友人と偽って携帯を使って姉さんに連絡した――救急車に連絡したのも、その人か?

 そんな必要があるのか? 目的は? その人は、誰なんだ?

 ますます増える謎。

「逆に僕が知りたい」

「……樹、最近物騒だから気を付けて、夜は出歩かないように」

「何かあったの?」

「事件が起きたのよ」

 姉さんが普段家族の前で出さない重い声で言った。

 こんな不吉な言葉を最後に、久しぶりの姉弟同士の会話は終わった。電話の向こうで、男性が姉さんの名前を呼んでいたからだ。

 それから僕は寝ていた分の世の中の情報の補給も兼ねて、姉さんが言っていたことを調べるためにテレビのある場所に移動した。そこは患者達が集う憩いの場のようなもので、簡易的な売店もある。僕はそこで缶コーヒーを買い、テレビが楽に見られる場所のイスに座った。

 テレビでは元は何らかの建築物だったであろう瓦礫の前で、レポーターが状況報告をしている。カメラは無残な残骸の横で、傷にまみれた重機が力無く佇んでいるのを映す。画面はそこでスタジオに戻され、アナウンサーは事件の詳細を話し始めた。


 昨夜未明に、ここから数キロメートル離れていない五ヶ所の地点で原因不明の爆発が発生。重傷者多数、死者が三人も出る未曾有の大事件であり、それに対して警察は原因の捜査と警戒態勢を敷くことを決定した。


 アナウンサーの報道は要約すると以上の通りだ。姉さんの言っていたのは間違いなくこれだった。

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