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人は求むる余りに……  作者: スリーS
警察官と成り損ないの死霊術師
13/15

A-part 6

 朝日が目に痛い。

 天から無限に降り注ぐ日差しが私を無理矢理起こしてくれた。まだ眠いのにありがとう、太陽。精一杯の皮肉だったが、目蓋を透過する日光は容赦なく睡眠を阻害させる。

「ん……今何時?」

 未だにうつつを抜かしながら、胎児のようにもぞもぞと体を動かす。呻きにも似た声に誰も答えてくれなかったので、仕方なく体を起こしてみる。寝ぼけ眼を擦りながら周りをみると、自宅のリビングにあるソファの上だった。

 はて、こんなところで眠っただろうか。

 毛布が体からずり落ちた。風邪を引かないように弟が掛けてくれたのだろう。私と違ってできた弟である。

 どうやら、仕事に疲れて帰宅した途端に睡魔という魔物にやむなく意識を売り渡してしまったのだろう、化粧も落としていない。上着は無意識の内に脱いだらしく、視線を下に向けるとワイシャツが皺だらけになっていた。寝癖がついてしまった髪共々、とても男性には見せられない。

 一つ大きな欠伸をする。

 未だ冴えない頭でダイニングに行くと弟の(いつき)がいた。高校の制服である紺色のブレザーを着て、マグカップに口をつけてテレビを見ている。かばんはテーブルの足に立てかけてあった。もう準備万端といったところだろう。

「起きたんだ」

「まず珈琲頂戴……」

「何か食べる?」

「……お願い」

 目が覚める魔法の液体と食事を樹に要求し、運ばれてくる前にテーブルに着く。

 塔ノ吾樹は来年で受験生になる歳の離れた自慢の弟だ。海外出張で両親がいない三年、私が親代わりになっている。この状況ではまるっきり逆のような気もするが。

 弟は気配りのできる少し寂しがりやな歳相応の男の子だが、好奇心が強く危なっかしい一面もある。

 この前も病院にお世話になったのだ。風邪をひいているのにも関わらず星を観察するためだとか言って夜間に出歩き、数日後に特異事件が起きた倉庫街で意識を失った。発見が遅れたらどうなっていたことか。見ず知らずの方が救急車を呼んでくれたから、大事に至らなかったものの――あれ?

「はい、珈琲」

 テーブルに置かれる白いカップに入った黒い液体。家に置いてあるのはインスタントだけだが、カフェインが摂取できれば用は足りる代物だ。

 さっき私の中で何かが引っ掛かったのだが――何かが繋がりそうな気がしたのだが、起きた直後の蕩けた思考では上手く回らず、樹の声で繋がりそうだったシナプスは切れてしまった。

 とりあえず珈琲を口に含む。

 頭がスッキリした。

「おはよう、樹」

「おはよ、姉さん」

 樹はキッチンに戻り料理の支度をし始めた。調理器具を引き出す音の後に、パチパチと油が跳ねる音――油を引いたフライパンに材料を投入したのだろう。

 私はテレビを見ながら出来上がるのを待つ。画面の時刻では七時過ぎを表示している。内容はニュースで、世界情勢を伝えるニュースを報道していた。

 しかし、香ばしく美味しそうな匂いには画面の向こう側は勝てない。

「どうぞ」

 さすが我が愛しの弟、仕事が早い。

 無意識に唾液を嚥下させた。差し出されたのはトーストにハムエッグと簡単なサラダ。

 樹は料理、洗濯などこの家のほとんどの家事をこなしている。それもかなりの熟練度だ。私と違って良くできた弟だった。

「いただきます」

 愛用の武器(フォーク)を手に取り、眼前に存在する(ちょうしょく)を完膚なきまでに殲滅しにかかる――全品目の咀嚼から嚥下までの工程を終了し、私は手を合わせた。

「ご馳走様でした」

 美味しかったです。

「……姉さん、聞いて欲しいことがあるんだけど」

 心地よい満腹感に浸っていると、樹が辛辣な面持ちで話しかけてきた。

 何だろうか。

 私は心当たりを探してみる。

 樹は遊びにお金をつぎ込むというタイプではないから、小遣いの前借りという話ではないだろう。勉強に関しては――大学入試のために塾に通いたいとか? もしかすると好きな女の子ができたのだろうか。しかも年上……だとしたら何としてでも卒業前に告白しなければならない。樹の恋が成就するように全面的にバックアップしなければ。

「話って何?」

「食事の後で悪いんだけどさ、でも話す機会って限られるし」

「私はなんでも聞くよ?」

「じゃあ……白骨化した遺体が発見された事件があるよね。あれってさ、姉さんが担当しているの?」

 当然惚気話なんか聞けるはずもなかった。

 しかし――樹が私の職業に関することで話してくるのは珍しい。

 樹は私が刑事であることは知っているが、オカルト担当の部署にいるのは告げていない。

「ええ、そうね」

「何か分かったことあった?」

「特に目立ったことはなし。でも――」

 これは誤魔化しではなく正直な気持ちだ。

 判明したことはほとんどない。犯人の目星さえ付いていない。報道されている以上は何も分かっていないのだ。私はどこかの資料室長のように自嘲気味に笑いたかったが、樹の前では抑えていた。

「何で、そんなこと聞くの?」

 警察には守秘義務があるので、樹との間には事件内容について触れないという暗黙の了解がある。しかし、その不文律を破ってまで話すとは余程大事な話なのだろうか。

「嫌な、予感がしたんだ」

 言い辛そうに目を伏せていたが、やがて樹は意を決したようだった。

 未来予知(プレコグニション)

 千里眼(クレヤボヤンス)

 咄嗟にそんな単語が頭を過ぎるのは一種の職業病だ。だが、樹の勘の良さはこれらの名称が妥当とでも言うように鋭い。失せ物を探させると簡単に見つけたり、くじ運が異常に強かったり、ここぞという勝負では負けたことがない。

 しかし樹は何の特別な能力も持たない普通の子供だった。十三年前のある日までは。

 中学生だった私は樹を見晴らしの良い公園でブランコに乗せて遊ばせていた。しかし私が少し目を離した隙に、ブランコは乗る人のいないまま規則正しく往復運動をしていたのだ。隠れる場所など何もなかったはずなのに、忽然と樹はその姿を消してしまった。

 私は焦って公園をぐるりと見回した。だが視線を戻すと、樹は元通りブランコに乗っていたのだ。

 そして樹はブランコを降り、こう言った。

『さっきのおじさんはどこ?』

 公園には私達二人だけだったはずなのに。

 当時の私は気にも留めず、見間違いと勘違いが偶然重なったのだろうと思っていたが、その日の深夜になって状況が変わった。

 私は黒板を引っかくような音に五月蝿いなあ、と寝ぼけつつ騒音の源に視線を向けると、樹が隣で叫び声を上げて暴れていたのだ。

 一大事だと思った私はすぐさま跳び起きて樹に声を掛けたが、一向に収まらずに金切り声を出し続けたままだった。次いで父と母が私達二人の部屋に駆け込んだ。父は樹が危険な状態なのを確認すると救急車を呼ぶために電話をかけ、母は樹に呼びかけ続けた。

 そうこうしている内に救急車は到着し、樹は母と共に救急車に乗って行ったのを覚えている。病院に運ばれた樹は高熱にうなされ、命の危険さえあった。

「その事件は特に気を付けて。危険だと思ったらすぐに逃げた方がいい」

 樹の助言はこの勘の良さから来たものだろうか。

 私達の間に重い雰囲気が漂う。

「……ありがとう。分かったわ、気を付けとく」

 私はこの空気を払うように本心を隠して明るく振舞った。

 折角樹が言葉にして心配してくれたのだ。この気持ちを大切にしなければならない。

「じゃあ姉さん。僕、学校に行くから」

 樹はかばんを手に取り、玄関に向かう。ドアを開ける音と、閉める音。

 私は皿を流し台に置き、水を溜める。それから更衣室に行き、皺だらけの衣服を脱いで洗濯物かごに無造作に入れた。一糸纏わぬ姿になって風呂場に入る。

 あの不安や懸念などが入り混じった表情。立ち去る時の樹の顔が印象に残る。

 取っ手を捻り、上部に設置してあるシャワーヘッドから出てくる散り散りになった温水を浴びる。

 白い霧が視界を遮る。シャワーから降る熱い暴雨は、私に付き纏う黒いもやを洗い流してくれなかった。

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