天才じゃないと言いますが、間違いなく貴方は天才です
「非常に納得できないんだが」
整った顔を自ら歪ませて、婚約者である彼は向かいの椅子に乱暴に座った。
「また何かお聞きに?」
「……ああ! しかもこそこそと陰でな。不愉快にも程がある」
彼、クリフは近年知らぬ者はいないほど有名な人物だ。
眉目秀麗、品行方正に加え、身に宿る膨大な魔力を使いこなし、最年少での王宮勤めを果たした魔術師。話題性と見目の良さから各所に呼び出されるものだから、自然と知名度は上がり──人々がクリフのことを口にする機会も多くなった。
それが、クリフは気に食わないらしい。
「今日は……いえ今日も、なんとお聞きになって?」
「なんだ、アイリスもよく知ってるだろう。今日もあいつらは俺を『天才』だと言う」
忌々し気に舌打ちまで鳴らしたが、その唇はにやりと口端を上げていた。
気づいてはいるものの、アイリスは素知らぬふりをする。
「……それで、また?」
「ああ。間違いをそのままにはしておけないからな。隠れて妙な噂を立てる奴らに、丁寧に説明してやった」
クリフは正真正銘、努力家だ。
朝から晩まで勉強に訓練、魔術の他にも剣術や体術までこなしてきた。それゆえの名声。
生まれ持った膨大な魔力を思いのままに操るには、心身ともに鍛える必要があったのだ。
だからクリフは一言で片づけられる『天才』という言葉を嫌う。
──というていである。
「『天才』なんて呼ばれて喜んでるくせに」
アイリスの一言に、クリフのしかめ面がぱっと消えた。心底おかしそうに手を叩いて笑う。
「いや俺はちゃんと否定してるさ。嘘吐きにはなりたくない。だがどうしても俺を『天才』にしたいらしい」
天性の魔力量、それを操るための努力量、耐えうる精神力。魔術、剣術、体術どれもがトップクラスの実力を兼ね備えてしまえば、間違いなく『天才』で。
「はいはい、クリフは努力をしない『天才』ですものね」
「ちゃんと否定してるって」
「そんなの誰も信じていないでしょう」
嘘だと思わせるような言い方は、別に努力家だとは思われたくないからだ。
呆れたように向かいを見れば、真剣な双眸がアイリスを待ち構えていた。
「本当の俺はアイリスだけに知っててほしいからな」
不意打ちだったが、すばやく仏頂面を決め込んだ。
しかし、きっとお見通しなのだろう。頬は赤くなっていないはずだが、心臓の音が筒抜けなのかもしれない。
にやりと笑う婚約者に、今回もまた、負けたと思った。
彼はアイリスを喜ばせる『天才』なのだ。