因縁
それは俺たちが惑いの谷を抜け、六合目にある不惑の道を歩いている時のことだった。
「アイル……気付いてるか?」
「はい? どうかしましたか?」
「多分だけど、つけられてる」
「――ええっ!?」
「しっ、静かに」
さっきまでと変わらぬよう歩くように言うと、アイルはぎこちなく同じ方の手と足を前に出して歩き出した。
0点の演技にさすがに伝えない方が良かったかと思いながら、後ろの方へと意識を向ける。
足音は殺されており、物音は立っていない。
けれど後ろからは、粘っこい視線と敵意のようなものを感じた。
間違いなく俺らに敵対的な何かが、こちらを窺っているのがわかうr。
俺たちを見ても突然襲ってこないところを見れば、魔物ではないだろう。
魔物は基本的に、人間を餌としか思ってないし。
じゃあ何者かと言われれば……多分、人間だろう。
誰なのかはもちろんわからない。
頭の中に浮かぶのは、先ほどアイルから聞いた話だ。
失踪騒ぎとこちらを窺う視線……この両者が関係があるように思えてならない。
(ここで盗賊退治をすることになるとは思ってなかったが……要領は同じだ)
辺りを見渡しながら、警戒を続ける。
襲ってくる相手を賊と仮定しよう。
そしてその賊はここらを縄張りにしている。
この時点で、まず間違いなく俺たちよりここらへんの地理に詳しいはずだ。
となると襲われることを警戒しなくちゃいけない。
襲撃地点には、複数人が待ち構えているはずだ。
ここ、不惑の道はその名の通り迷うことのない一本道が続いている。
一本道が山の山頂を目指して何本も続いているような形になっていて、それらは終点で一つに交差するらしい。
一本道には胸の辺りまで伸びている覆いがあり、これはかなり材質が硬いために壊すことができない。
つまり一度道を選べば、その道を戻るか進めと言われているような仕組みになっている。
賊たちはここで……つまり逃げ道が限られているこの道で襲撃を行うのだろう。
であれば狙うポイントは限られる。
逃げるために距離を稼がなければいけない真ん中あたりか、長い道が終わり気が抜けた瞬間か……あるいはどこか、ドームの多いが壊れているような場所か。
まあおおよそその三つのどれかだろう。
先ほど感じた敵意は、恐らくドームの裏側にいる賊のものだと思われる。
帰らずの森みたいな障害物や隠れる場所が多いところだと、俺とアイルだけだと確認漏れが起きてただろうから、ここで襲ってくれてきてもらって正直ありがたい。
けどこんな一本道で待ち構えてるってことは、向こうもそれだけ自分たちの強さに自信があるということ。
盗賊だからといって、舐めてかかってはいけないな。
「隊列を変更しよう。一番前がメイ、真ん中にアイル、そして最後尾が俺だ」
「わ、わかりました」
「めえっ!」
後ろから感じる威圧感はさほど強くない。
そちらの確認をしながら全体の指揮を取るため、俺は最後尾に行くことにした。
一番危険がある全面にタンク役のメイを前に配置し、どちらにも援護ができるアイルを真ん中のポジションに置いた。
準備を整えるため、アイルにエンチャントライトを使ってもらいながら俺はトールを振って雷を溜めていく。
それから進んでいくことしばし、一度警戒を解こうかというタイミングで向こうに人影が現れた。
それは本来であれば後方であるこちらを向きながら仁王立ちしている男の姿だった。
細身で、にやついている不気味な男だ。
面識はなく、顔も知らない相手だ。
けれど俺はそいつの身体に彫り込まれているタトゥーに、ひどく見覚えがあった。
「『邪神教団』……っ!!」
全身にびっちりと彫られているその刺青は、俺を半殺しにしたあの男のそれと、よく似ていた――。




