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惑いの谷


 四合目――大体山の中腹あたりまでやってきた。

 ここで俺達を待ち受けているのは、惑いの谷。

 なんでもとにかくやってきたものを惑わせる魔物や罠が多いらしい。

 ギルドの受付嬢さんからは、何が真実で何が嘘なのかわからなくなってしまうと真剣な様子で諭された。


「どこからが惑いの谷か、すぐわかるな」


「こんなに一気に高度が下がるんですねぇ」


 実際に到着してみると、谷というよりは大きな凹みといった感じだ。

 まるで巨大な魔物が地盤沈下でも起こしたように、一気にガクッと標高が下がっている。

 木々に覆われているせいでわかりづらかったが、それが途切れれば地面の高さが違うので一目瞭然だ。


 森が途切れた先にある凹地を、ゆっくりと進んでいく。

 障害物なんかはないので問題なく進めるかと思ったが、流石にそれほど甘くはないらしく……。


「いやぁ、三合目と比べたら随分と楽だなぁ」


「いやぁ、三合目と比べたら随分と楽だなぁ」


「「って、俺が二人っ!?」」


 周囲に気を付けながら歩いていると、突然隣に俺が現れた。

 何を言っているんだと思うかもしれないが、それは俺も同意見だ。

 どこからどう見ても見た目が俺と瓜二つの男が、こっちを見て驚いている。

 鏡でもなければ生き別れの双子と偶然であったわけでもない。

 これはこの惑いの谷で見られる現象の一つだ。


「ということはこのうちの片方が偽物ってことなんですよね……」


「なるほど、どこからどう見ても瓜二つです……」


「「――って、私までッ!?」」


 俺と偽チェンバー、どちらかが本物なのかを見極めるより早く、アイルも二人になった。

 お互いを指さしながら、「この偽物!」とか「本当のアイルは私です!」とか言いながらやかましく騒いでいる。


 戦って勝った方が本物だ、という決め方は実はあまりよろしくない。


 惑いの谷で通常ではあり得ないものを見る場合には、その理由はいくつかある。

 まず第一に、見た目を偽る魔物であるドッペルゲンガーだった場合。

 この場合の対処法は簡単で、ドッペルゲンガーを倒してしまえばいい。


 この魔物は見た目しか似せることしかできないため、本人ほどの戦闘能力はない。

 なので実際に手合わせをさせれば、すぐにどちらが本物なのかはわかる。


 厄介なのは二つ目、つまりは俺達が幻覚作用のある花粉を吸い込んだり、惑いの谷が生み出している幻術に引っかかってしまっている場合だ。

 この場合だと、俺とそっくりな見た目をしているこいつがなんなのかわからなくなる。


 たとえば斬り付けてみたら、それが俺が幻覚で勘違いしていたアイルやメイだったなんてパターンもあるわけだ。

 だから迂闊に戦って白黒はっきりつけるわけにもいかない。

 まずはこれが幻覚なのかを確認するために、気付け薬を飲んでみる。

 すっきりした清涼感を感じるが、それだけだ。


 気付け薬だとダメだったみたいなので、次に幻覚状態から冷めるための破幻薬を飲む。

 こいつは飲んでからしばらくの間、幻覚が効かなくなるという優れものだ(優れているので、当然かなり値が張る)。


 するとスッと、アイルが二人とも消える。

 俺の隣にいる偽チェンバーは変わらぬまま。

 つまりこいつはドッペルゲンガーか。


「種がわかれば、怖くねぇっ!」


 偽チェンバーは大した抵抗もできないまま斬られ、そのまま倒れ込む。

 死ぬと本来の姿が露わになるようだ。


 ドッペルゲンガーの見た目は、緑色の肌をしたのっぺらぼうだ。

 こんな見た目なのか……なんかちょっとグロいな。


「というか、アイルはどこ行ったんだ? メイもいないみたいだけど……」


 耳を澄ましてみると、少し離れたところからメイの鳴き声が聞こえてくる。

 走って向かってみると、アイルがズリズリと巨大な花の根に引っ張られようとしていた。


「め、めえええっっ!」


 メイがそれをなんとかして踏ん張ってくれているおかげでなんとか引き込まれずに済んでいるようだ。

 アイルを捕食しようとしているのは、俺の身長よりも高い巨大な紫色の花だった。

 あれはたしか――ラフレシア。

 人を状態異常にして捕食する食人植物で、ランクはCだったはずだ。

 

「むにゃ、すやすや……」


 ちなみに食べられそうになっているアイルはというと、暢気に寝ていた。

 ……いや、眠らされてるのか。

 多分睡眠効果のある花粉なんかを吸い込んだんだろう。

 気持ちよさそうな寝顔しやがって……後でお説教だぞ。


 トールを振り、軽く雷を纏わせながら接近する。


「ギシャアアアッッ!」


 俺の接近に気付いたラフレシアが、腕のように伸びた蔦をこちらに振るってくる。

 鞭のような軌道を描く攻撃を避けつつ、軽く一撃を当ててみる。

 するとスルッと簡単に蔦は切れた。硬度はそれほどでもなさそうだ。

 やっぱり純粋な戦闘能力自体はそれほど高くなさそうだな。


 既に気付け薬を服用し眠気とは無縁な状態になっている俺は、ラフレシアの花粉攻撃でも状態異常を食らうこともなく。

 何度か攻撃を繰り返すうちに、無事に討伐することができた。


「……はっ!? ここはどこ、私は……」


 記憶喪失ムーブをかますアイルの頭をぽかりと叩いてから、俺達はこの惑いの谷をさっさと抜けてしまうことに決めた。

 破幻薬が高いので、あまり長居したくない。

 懐に余裕はあるはずなのに、貧乏根性がなかなか抜けない俺たちなのだった――。




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挿絵(By みてみん)


作品の今後にも関わってきますので、書店で見かけた際はぜひ一度手に取って見てください!


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